科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

つまり相当やられたってことです~Monsanto社の死んだフリに?

宗谷 敏

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 「風車に突撃するのは非生産的です」というMonsantoドイツ支社広報担当者Ursula Lüttmer-Ouazane女史の印象的な文学的修辞を伴い、「Monsanto gives up fight for GM plants in Europe」などという見出しが世界の各紙を賑わしたのは、2013年5月31日から数日間だった。

 Monsanto社が、ヨーロッパにおいてGM(遺伝子組み換え)作物を広げる試みを断念した(新規栽培承認申請をしない、製品輸入と食料・飼料への利用承認申請は継続)、というのが各紙による解釈(正確にはTaz紙の情報によれば、と断っているが)だ。つまり、情報源はLüttmer-Ouazane女史とのインタビュー抜粋を掲載した5月31日付ドイツの左翼系日刊紙Tazだった。

 さすがにReutersともなれば、Monsanto米国本社の広報責任者Thomas Helscher博士から、Lüttmer-Ouazane女史発言の裏を取ろうと試みている。Helscher氏から完全否定する言辞を引き出せなかった(後述)故に、5月31日付 Reutersも「Monsanto backing away from GMO crops in Europe」というヘッダーを掲げた。

 先ず、火元となったTaz紙が掲載したLüttmer-Ouazane女史の発言から。「私たちはもはや栽培のためにヨーロッパでのロビー活動をせず、そしてGM作物のためにどんな新しい認可も求めてはいません」。「私たちは今のところこれ(GM作物)が広範の受け入れを持っていないという結論に達しました」

 次に、Reutersが伝えたHelscher氏の発言。「私たちは、農民と政治的に広範な支持があり、規制システムが機能しているところだけでGM種子を販売するつもりです。私たちが信じる限り、現在のヨーロッパでは主にスペインとポルトガルなど少数の国々がこれらに該当するだけです」

 これらの発言や見出しは、EUでMonsanto社は、GM種子をプッシュすることから完全な後退状態にあるという世界的な印象を読者に与えた。しかも、Tazの見出しは、「Sieg fur Anti-Gentech-Bewegung: Monsanto gibt Europa auf (反GMO運動の勝利: モンサント、ヨーロッパをギブアップ)」となっており、5月25日に世界で催行された「反Monsanto行進」と結び付けられている。GM反対派が多国籍企業から勝ちを得ることは稀なので、どんなにささいな勝利でも溜飲を下げるに値する。

 しかし、この「Monsanto社がヨーロッパをギブアップ!」の見出しだけで歓喜のシャンパンを抜く前に、「ちゃんと事実関係を検証してみろ、Monsnato社の欺瞞的PR作戦につまり相当やられたってことでしょう」と分析してみせたのが、6月4日カナダのGlobal ResearchにF. William Engdahl氏(「Seeds of Destruction」の著書があるエコノミスト兼フリーライター、彼も媒体も反GM色が濃いことには要注意)が寄稿した「“The Monsanto Protection Plan”: Monsanto’s Deception Game on GMO in Europe」である。

 Engdahl氏は、Monsantoドイツ支社と米国本社のホームページに掲載された関連情報に注目する。先ず5月31日のドイツ支社声明「今やメディアはMonsantoがドイツとEUで GM種のマーケティングを止めたという報道で洪水状態です。それは正しくはありません・・・」

 次に同じく5月31日の米国本社声明「当社が、ヨーロッパの農民顧客に販売している高品質の通常(非GM)のトウモロコシ、ナタネ、野菜種子ビジネスは堅調です。当社は、ヨーロッパで農民と政治的に広範な支持があり、規制システムが機能しているところでだけGM種子を販売すると従来から説明してきており、現在のところこの条件に適合するのは主にスペインとポルトガルなど少数の国々です。当社CEO Hugh Grantが、Financial Times紙に2009年に語った通り『ヨーロッパは、しかるべき時に、しかるべき決断をするでしょう』。現在ヨーロッパで栽培されているGM作物は、害虫アワノメイガに耐性があるトウモロコシだけであり、栽培面積はヨーロッパで栽培されている全トウモロコシの1%以下です」

 Engdahl氏は、これら二つの声明の興味深い相違を指摘する。ドイツ支社は、EUで GM種子のマーケティングを終わらせたという報道を誤報として公式に否定し、通常の種子育種と農薬の販売に専念するというEUにおけるビジネスの現状説明以上の何ものでもない。

 一方、米国本社は、最初にEUでGM種子を拡販する政策には一切の変更もなく、EU加盟国のスペインとポルトガルで GM種子拡販を継続すると明確に述べている。 そして
Hugh Grant CEOのEUが将来GMへの姿勢を軟化させるのを期待するという発言を引用し、EUにおける GMトウモロコシの現況を述べているだけだ。EUでのGMを停止するという発言はどこにも見当たらない。

 次いでEngdahl氏が指摘するのは、報道と声明の疑わしいタイミング。TAZ インタビューは、モンサントにより巧みに仕組まれた欺瞞的PR作戦ではないのかというものだ。先に触れた「反Monsanto行進」で盛り上がった反感に対するガス抜き効果を狙ったのではないか、という推測である。確かに、報道と声明が同日に発表されているのは、あまりに用意周到との印象を拭えないかもしれない。欺瞞PR作戦の先例として、ターミネーター技術とMonsanto社の関わり合いについてEngdahl氏は付録的に述べているが、これは氏の研究テーマの一つだったらしくなかなか詳しい。

 お断りしたように、科学者ではないEngdahl氏のポジションは反GM、嫌Monsantoであり、GM安全性に関しては2010年のアルゼンチンAndres Carrasco教授による胚にラウンドアップを直接注入した乱暴な実験や、主流科学界と権威筋からは全否定されている2012年のフランスGilles-Eric Seralini教授によるNK603 Rat Studyなどの無批判な援用が文中には目立つ。

 それでも敢えて取り上げたのは、筆者も一連の本件報道には等しく違和感を覚えており、Engdahl氏の分析は一つの解釈としては面白いし、単なる報道の流布に留まらず原点に戻るアプローチ(科学論文なら掲載誌まで遡る努力、この場合はMonsanto社の声明読解)はGMへの賛否を超えて正しいと考えたからだ。

 もう一つ、この論考には重大な指摘が含まれている。それは、5月25日の「反Monsanto行進」が、Greenpeace、BUND、Friends of the Earthなど従来からのラジカルな反 GMO組織からは一切の関与なしに、facebookを利用した草の根運動によって組織された初のデモンストレーションであったという事実。このことは、Monsanto社と GMO カルテルにとって最も警戒すべき事態だったろうというものだ。

 個人的には、Monsanto社(のビジネスモデル)に対する憎悪と、GM技術に対する反対は、そろそろ分けて考えてはどうかと思うのだが、なかなかそうは行かないのが世の常、「風車に突撃している」のが実はどっちだか分からないくらいヒール(悪役)が強大であればあるほど芝居は盛り上がるようだ。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい