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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

インドの農民自殺とBtワタ再考~神話vs.統計なのか?(上)

宗谷 敏

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 昨年12月24日アップの「GM大国インドの混迷~Btナスの挫折とBtワタへの毀誉褒貶(下)」 の最後で、GM(遺伝子組換え)のBtワタ種子と農民自殺の関連について少し書いた。しかし、筆者としてはやや食い足りない思いもあった。2013年1月26日と27日に、偶々この問題に関する海外の最新記事が2本発表されたので、それらを上・下2回に分けて紹介し、この問題を考えていく一助としたい。

 最初のものは、1月26日付カナダNational Post紙の「The myth of India’s ‘GM genocide’: Genetically modified cotton blamed for wave of farmer suicides」 で、ライターはカナダWestern Ontario大学でジャーナリズムを専攻する学生で同紙インターンのRubab Abid嬢。以下筆者抄訳、文中のリンク先も筆者調べ。

「インドの『GM大量虐殺』神話:農民自殺の波の原因とみなされるGMワタ」

 それは、記録史上で人の自殺の最大の波と呼ばれます。

 30分ごとにインドの農民が打ちひしがれて自殺します(訳者注:眉をひそめない読者はいないだろうが、実は13年連続3万人以上が自殺している日本では20分ごとである。もちろんこういう比較法を訳者は好まないけれど)-人権擁護運動家は言います-高価なGMワタ種子の導入に関係する金貸しと破壊的な政策による負債によって。

 Charles皇太子は「多くのGM作物の失敗から一部生じている、本当に恐ろしくて悲劇的なインドの小規模農家自殺率」について語り、それを「GM大虐殺」と英国Daily Mail紙が名付けました。

 ただし、自殺をGM種子だけに関連づけることは全く事実に反します。

 「農民自殺問題を、農民個人や農村あるいは市町村の問題だけに正当化することはできません-もっとずっと広範な政治・経済的問題です」と、(カナダ)York 大学のRaju Das開発学教授が言います。

 農民にスポットライトが当てられますが、一般住民の自殺率が2倍も高く、若い女性でさえもっと高いインド人の自殺危機は忘れられています。

 農民自殺の急増を南部のMaharashtra州が報告し始めた1995年に、農民自殺問題が最初にメディアの注目を浴びました。

 国中の他の州も農民自殺の増加に気付き始めました。

 しかし、米国のMonsanto社がBtワタとして知られるGMワタ種子をインドの農民に売り始めたのは7年後-2002年-です。この種子は殺虫成分を含み、より高い単収を導きましたが、通常のワタ種子よりも最高で10倍ほど高価でした。

 数年のうちに、農民が種子代金の負債を抱え、返済出来ずに自殺に走るという物語が形成され始めました。 もう一つのバージョンはGM作物が効果を発揮せず、負債を招いて自殺に導いたというものでした。

 これは、否定することがなかなか難しい物語です。

 人権と世界の正義センター(CHRGJ)(訳者注:米国New York大学ロー・スクールの内部組織)が2011年に発表した報告書は、農村のインド農民への高価なGM種子の販売が増大する自殺危機の大きな要因であったと主張しました。

 「アグリビジネス多国籍企業が、インドの新市場のグローバル化を利用しました…インドの農業へのGM種子の導入を積極的に推進することによって」と報告書は述べます。

 しかしながら2008年、64の政府、民間財団、途上国世界の飢えを終わらせることを目指す国際的・地域的組織の連合である国際食糧政策研究所(IFPRI)は、完全に異なった結論に達しました。

 「インドで Btワタの使用を農民自殺の主因として批判することは不正確なだけではなく、完全に間違っています」と報告書は述べ、インドの Btワタの導入がそれまでより高い収量を実際に産出し、殺虫剤使用を40%近く減少させる効果があったと述べました。

 2009年に、(米国)Cornell大学農業政治経済学のRon Herring教授が、多くのインドの農民は時代遅れの農法に頼っており、しばしば不規則なモンスーンシーズンに依存していることを指摘しました。

 「『ホワイトゴールド』(訳者注:ワタを指す)の誘惑は強力です」と、彼が書きます。 「水なしでは、ワタ(栽培)は失敗します。潅漑のない薄い赤色土層における危険は非常に高い。農民たちはこれを知っていますが、代替作物はたいていの場合もっと悪いです。 ワタはかなりのリスクを伴いますが、多くの場合家庭の財政状況を好転させうる可能性を持つ唯一の換金作物です」

 Das 氏が付言します。「英国人が去って60年後の現在でさえ、インドの農地の70%はモンスーンに依存します。それは、もしモンスーンが来ず、降雨がなければ、そこは干ばつになることを意味します。そして政府は、潅漑用水私設に十分な投資をしてきませんでした」

 彼は、農民たちが多くのプレッシャーにさらされたと言いました:政府助成金のカット;安価な外国からの輸入品;着実な医療民営化;教育費の高騰と基本生活費の増加。

 そして、もしインドの農民がGM種子は経済的ではないと分かったのなら、なぜそれを捨て去らなかったのでしょうか、 Herring 氏は問います。

 「小作農は、元来単純で騙されやすいことと同様に、狡猾な市場経済の代表者による被害を受けやすい存在です」と、 Herring 氏は(答えを)引用しました。

 「この物語だと、ここ10年インドのワタ農民が、だまされたことに気付きませんでした-あるいは利益と損失を区別できないほど計算が理解できず、そのためにだまされているかどうかさえ分かりませんでした(ということになります)」

 「このストーリーについて印象的なことは、インドの農民-記述中ではたいてい小作農呼ばわりされながら-は、このような無能力の高いレベルにありながら、かくも長期間生き残ってきたということでしょう」

 しかし、インド国内の自殺は、全国に蔓延した危機です。

 トロントにある国際医療研究センターの部長で、インド全国の自殺率を調べた最近の研究 (2013年1月23日付BBC紙の関連記事)の共同執筆者Prabhat Jhaは、一般住民人口における自殺者は、特に若いインド女性の数が高いため、はるかに厄介な問題だと言いました。

 「農民の自殺は確かに重要な現象ですが、もし自殺について心配しているなら、もっと大局的な視野に立つ必要があります」と、彼が述べます。

 「インドにおける自殺の本筋は、農民ではなく、自ら生命を断っている15歳から29歳の間の若者たちです。ですから、私が思う最有力の見出しは、これほど多くのインド人の若者たちがなぜ自殺しますか?なのです」

 インドにおける農民の死者数は、一般住民よりずっと少ないのです。この報告によれば、農業従事者の自殺死者率は10万人あたり約7人であるのに対し、インドの全体の自殺死者率は10万人あたり15人に近いのです。

 そして農場自殺の数が1995年と2002年の間(訳者注:Btワタ導入以前ということ)に急増しましたが、最近の傾向としては下がるか、平行です。

 「実際、私たちの研究は、農業以外の職種の男性の死者数は2倍であり、つまり農業従事者より事務系の職業、学生たちと他の職種により多くの死があったことを見いだしました」と、彼が言いました。

 Herring 氏は、農民自殺とGM種子の話は、多くの人々が見限るには、あまりにも説得性のある物語であったと言いました。

 「インドにおける Bt ワタ大惨事の物語は筋が通っており、世界的規模で流布されます;それは人々の注意を引きつけて、人々を行動に駆り立てます。しかし、同じくそれはどのような実証的分析も、生物学上の根拠もありません」と、彼は書きました。

(National Post紙の抄訳終わり、2月18日掲載予定の「下」に続く)

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい