科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

科学顧問は何をするのか?~EU首席科学顧問インタビュー(下)

宗谷 敏

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 2011年12月、EU初の首席科学顧問(CSA:chief scientific advisor)に招かれた英国Anne Glover教授へのオンラインメディア「 EurActiv 」によるロングインタビューの後半である。前半は、8月6日付本欄に掲載済み。

EU科学顧問:多くの政策は科学的証拠に基づいていません(後編)

Q: GMOs (遺伝子組み換え生物)を巡っては、人々に多くの不信感がありましたね。

 「世論について、あなたがそう述べることは正しいでしょう。なぜなら人々は GMO 農作物をめぐる多くの不安について聞き始めた1980年代と1990年代を覚えていますから。そして、GMO 農作物は商業的利害関係によって操られているとおそらく感じたでしょう」

 「しかしながら、それは一世代前の話です。私たちは前進し、挑戦は完全に異なってきており、もはやその議論がありません。その議論を再開するのは私の望むところですが、一点だけ完全に明確にしておきたいことがあります。私は GMO 農作物を推進しようとはしていません、証拠を奨励しようとしているのです。人々がその証拠を得て、次にリスク対利益を考慮してもらえれば幸いです」

 「同じように皆さんは、携帯電話、送電線や iPod の過剰使用のリスクを考慮するかもしれません。もしあなたが高音量で長時間にわたり iPod を聞くと、中年までに難聴になるという高いリスクがあることを私たちは知っています。もしあなたがそのリスクに注目するなら、それは労働力に寄与できず、生活の質も低下したその世代に対する医療とサポートの必要性を意味します。しかし、危険と利益が何であるか知っているから、人々はそこで選択をします」

 「GMO が違うのは、人々が本当のリスクと本物の利益に気付いていないことです。それについて語るのは良いことだと私は思います」

Q: あなたは政策立案への証拠の使用についてより正式なアプローチ、例えば政策に適用される証拠による検証を持ちたいですか?

 「とてもそれは欲しいです。もし、そこに意志があるなら、それ[それが導入されること]は常に可能ですが、人々はその価値を確信している必要があります。では、その価値とはなんでしょうか?価値とは、一つの政策のために科学的証拠を使うことで、その政策がより信用できるものになることでしょう」

 「例えば、GM作物についてなら、栽培するための規制をよりいっそう強化して、それが栽培されるのを難しくするのを望むと人々はよく言いますが、その主張には証拠がありません。しかし、その後で、人々はその科学的証拠をもう1つの別の問題を支持するために使おうとします。証拠について透明であることには、利益があります」

Q: あなたは予防原則を証拠に適用することには反対ですか?

 「いいえ、もしそれが適切に考え出されて実行されるなら、予防原則には何も悪いところはありません。私の考えでは、それはチャレンジ機能として有用です。もし、あなたが地球工学のように新しい技術に携わっているなら、空を雲で満たす[人工雨を降らせるために二酸化炭素をまく]のは素晴らしいことだと言うかもしれません。しかし、あなたは尋ねなければなりません:『私がそれを進めるのを可能にするためには、何を知る必要がありますか?』。それは物事の進歩に対するモラトリアムを意味しますか? いいえ、なぜなら私たちは殆どの分野で仕事を中止しませんから」

 「私たちは、ヨーロッパ世界で最高品質の知識を生み出す事実を利用する想像力豊かな方法について、考える必要があります。そして、その知識をヨーロッパやもっと広く世界のために提供する経路を、私たちは必要としています。個々の加盟国でも、欧州委員会でも、主に公的資金投入により私たちが生み出す知識を基礎として、最良の状態が必要とされる医療、生活の質や環境において、ヨーロッパのビジネスが成功を求められています」

 「私たちは、知識を生み出すことにおいて、私たちがあまりに予防原則的であるために、知識を使うのをためらっているうちに、私たちより先に他の誰もがそれを使うというというような事態を避けるためには、どのような形であっても手に後ろに縛るべきではありません。そこが私の心配の種です。なぜなら知識は国際通貨であり、私たちは人類が創出する知識を利用することにおいて最も遅い部類に属しています。それは正しいことであるはずがありません」

 「私は、人々が欲するものを知るために、それに関する意見を求めます。私たちは、常にリスクがあることを認めます。それは、私たちすべてが生得的に知っている何かです。自転車に乗るか、自動車を運転する人は誰でもリスクがあることを知っています、そして彼らはリスクを減らせても、リスクを取り去れません」

 ほとんどの人々が、車の運転よりも、飛行機旅行のリスクの方が高いと思っているが、1キロ毎についての事故率では飛行機の方がはるかに安全であるという事例から、Gloverは、その相違を分析する。
 自動車は、自分が管理するので、自らで対処ができると人々は感じるのだろう。「このことは、どのようにして証拠を政治家に理解させるのに成功するかについて、興味深い[例]です」と指摘した上で、「人は、まったくのリスクなしに、何かを手に入れることはできません」と、Gloverは結んでいる。

Q: あなたは、公的に科学における女性たちの役割を増大させる必要について話しました。欧州委員会による「科学における女性たち」キャンペーンのための先行宣伝ビデオが、性的差別を理由で非難され、取り下げられたことで最近物議を醸しましたが、あなたはこれについてどう思われますか?

(訳者注:2012年6月に、欧州委員会は、女性科学者育成キャンペーンのために10代の女子をターゲットにした「Science: It’s a Girl Thing !(科学は少女たちのもの!)」というPRビデオ を作成し、ホームページ上に公開した。ところが、派手な、しかし先端の流行からはズレたファッションをまとった女の子たちが意味なく練り歩く合間に、科学(者)を連想される画面が挿入されているという全く芸のない作りだったため、「ファッションモデル育成ビデオか?」、「ダサすぎる」、「今年の最も残念なビデオ」などの悪評にさらされ、早々にホームページから取り下げられたという事件について質問している)

 この件について、Gloverは「間違った理由により騒動になったと思う」と答える。自分は、このPRビデオに直接係わってはいないが、欧州委員会が科学や工学は少年たちのためにだけあるという考えを改めてもらうために、何かをしようとしたことについては完全に支持できると言う。

 「PRビデオのターゲットは非常に限定された十代の女子で、この層は高比率で科学を選択しない。一方、ファッションやコスメには大変興味を持っているから、それを無視する広告主は居ないだろう。インテリ女性を登場させても、それなら私でもよかったかもしれない(訳者注:これって笑いどころ?)が、それではアピールしない。批判の多くは、誰がキャンペーンの焦点がであったかについておそらく考えていない。しかし、欧州委員会は、多くの不快感が示されたことを悟り、ビデオを撤回した。そのウェブサイトには、多くの良い物があるから自分は当惑し、残念に思う」

Q: 米国と中国にも、CSA の役割がありますか?

 中国には誰もいないが、米国ではJohn Holdren [ホワイトハウスの科学技術政策局の部長]が、おそらく自分と同じ役割を果たしているとGloverは答えた上で、中国と他の国々(訳者注:日本も含む)に同じ役職者がいないという事実は、もしCSAのネットワークがあったならと考えると、失われた機会だと指摘する。

 特定の国が閉鎖的だったり、挑戦的だったりするのを識別することについて、科学者の間で証拠を論じて、政治家へその証拠をフィードバックする機会があれば、証拠を使って安全管理のセンスをもっとずっと向上させられるだろう、というのがGloverの考えだ。

Q: ヨーロッパで CSAs のネットワークを構築する考えをお持ちですか?

 Gloverは、現在ネットワークのための指名推薦をしてもらおうと、加盟国の省庁レベルに話を持って行っているが、ペースが遅いと不満も述べる。ネットワークが構築されれば、彼女は自分と加盟国の間に双方向の意志疎通システムを持てると期待している。

 その結果、欧州議会議員と閣僚が、すべての加盟国内で問題に関する科学的なブリーフィングを受けてからブリュッセルに集まれるから、彼らにとっても有用だとGloverは信じる。もし、ヨーロッパがそのように組織化されたなら、私たちはゲームに先行しているだろうと、Gloverは述べた。

Q: スイス CERN によるヒッグス粒子研究は何を達成しましたか?もし証明可能であるなら、それは科学のためのゲームチェンジャーでしょうか?

 「それは、すでに膨大な量のデータを作り、公表しています。何が重要であるかと言えば、今まで私たちのすべての生活の場にありながら捉え難かった粒子を探し出すことに導いたことです。 CERN は、3つのことを念頭に置いて、等しい分量で行います:科学と知識、移転-ビジネスと産業へのサポート-と教育です」

 「CERN は、陽電子放射断層撮影[陽電子放射断層撮影法走査]も作り出しました。陽電子は反物質粒子で、非侵襲的に人体をスキャンして、さまざまな問題に診断と治療を提供できます」

 Gloverは、その場にあった机を輸送することを例えに、ヒッグス粒子(HB)は、何がモノに質量を与えるのかという問題の基本的な性質を理解するのを助けるだろう、と結論している。(インタビュー記事終わり)

 先ず、GM食品に特段のリスクは無いとするGloverの見解については、GM反対派からのヒステリックな批判のコメントが列をなす。例えば、フランスCaen大学Gilles-Eric Séralini教授によるGMトウモロコシ・ラットスタディの解釈(これについては、2007年6月2010年1月に書いた)を振りかざして、「EU首席科学顧問Gloverはこれに反証してみせるか、黙れ!」などと迫る。

 英国の環境キャンペーン団体Friends of the Earth(FoE)も不快感を表明 し、「彼女は、科学よりGM産業を選んだ」と感情的な批判をした。おそらくGloverは、これらの批判について歯牙にもかけないか、「確固たるプラットフォーム(証拠の土台)」に基づいてはいないと一蹴するだろうけれど。

 しかし、EU全体では、このGlover発言も含め、域内で最近起きた表面的事象を並べてみても、GMOに対する敵意は和らいでいるのではないかという見方を示す別の分析記事もある。

 ところで、日本でも政府や学術会議にCSAを導入しようとする動きがあるらしい。ガラパゴスの方が住み心地のいいらしい社会科学者の先生などからは、欧米の真似をすればどうにかなるという時代ではない、といった否定的意見もあるようだが、Gloverも喝破したように「No!というのはたやすい」のだ。

 専門性が細分化している科学界からの人選の難しさや、結局「名誉職」に堕してしまうおそれはもちろんあるし、CSAを導入すればすべてが上手く行くなどと期待するのは、GMOだけで世界の飢えは解決するというのに等しい。しかし、共通する着眼点はツールとしての有用性が全く無い、ということにはならないことだろう。

 科学からすべての不確実性を排除はできないことも認め、科学のフライング(科学の最前線が一般人の理解を超えてしまう)への懸念が一方にあっても、Glover教授の言うように「証拠を調べるための安全確実なプラットフォーム」に依拠して正常に機能する限り、その科学的証拠に則った公共政策決定は、リスクを最少にするためにおそらく現在のところ最も有効なツールの一つだろう。

 Glover教授による「CSAのグローバルネットワーク」構想はなかなか魅力的な提案だが、いまだにCSAを持たないことは、日本の政治家にとって幸か不幸か?そして、国民にとってはどうだろうか?

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい