科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GM食品表示~Codex総会でなにが決まったのか?

宗谷 敏

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 2011年7月4~9日 スイス(ジュネーブ)で開催された第34回Codex  総会において、米国政府が反対することを止めた結果、GM(遺伝子組み換え)食品への表示が認められた、これは消費者権利の大勝利だ、と米国のConsumers Unionがリリース し、カナダを中心にいくつかのメディアがこれをフォローした。しかし、この話の背景はそんな単純なものではなさそうだ。

第34回Codex総会までの簡単なレビュー

 Codexが、GM食品への表示検討作業を開始したのは、実に19年前の1993年に遡る。「遺伝子組換え/遺伝子操作技術由来食品及び原材料の表示」の検討を付託された食品表示部会(CCFL)は、そもそも本表示が必要・不必要を巡るEUと途上国の勢力と米国グループとの対立と論争に終始し、有効な具体的進展を見ないまま第38回(10年5月、ケベック)を迎える。

 これに先立ちCodex執行委員会からは、2011年までに結論を出せないならしかるべき措置を採るという勧告が、CCFLに対し突きつけられていた。従って、第38回では、検討作業を継続するか、それとも中止するかという議題自体の存続に係わる討議となった。

 結果として、議長国(カナダ)により検討存続が表明され、修正案などがステップ3  として開示された。さらなる合意形成を目指し、この会議で決定された作業促進会議が、10年11月にベルギー(ブリュッセル)において開催された。しかしながら、ここでも完全合意には至らず、11年5月9日~13日の第39回CCFL(ケベック)を迎える。

 ここで漸く合意が得られ第34回Codex総会に提案された(ステップ6へ)成果物は、第39回CCFL議事録のAPPENDIX III「PROPOSED DRAFT COMPILATION OF CODEX TEXTS RELEVANT TO LABELLING OF FOODS DERIVED FROM MODERN BIOTECHNOLOGY」だ(当該部分の議事 録はパラグラフ120~157参照)。世界が約20年を議論に費やした結果がたったの 一枚紙なのは、議論の難航振りを象徴しているとも言えよう。

Consumers Unionのリリースを検証

 では、Consumers Unionがリリースした内容のうち主要な4点を検証してみよう。

(1)延び延びになっていたGM食品に表示するガイダンスについて合意した。

これは事実だが見方は玉虫色だ。いくつかのメディアが誤記していたように、合意されたこの一枚紙は一般的なCodexの表示のためのガイドラインではない。これは独立したCodex文書(A Stand-alone Codex Texts)扱いになり、具体的に記載されているのは、「Compilation of relevant Codex texts」(適切なCodex文書の編纂)というGM食品表示にも適用できると考えられた既存のCodexの規定のうちから10項目をリストアップしたものだ。これが、米国政府関係者からの「なにも従来と変わってはいない」という主張の根拠になっている。

(2)米国政府代表団は、反対を取り下げた。

これも現象的には事実だが、20年近く反対し、国益に鋭敏な米国が、そう簡単に懐柔されたという訳ではない。米国は、文書のConsiderations(考慮すべきこと)に「この文書は、近代的なバイオテクノロジーから得られた食品が、単にそれらの生産方法だけで他の食品と異なることを示唆したり、意味したりすることを意図してはいません。」という一文を滑り込ませることに成功している。妥協の裏には理由がある。

(3)GM食品表示を望む国は、もう国際法上のWTO(世界貿易機関)からの挑戦の脅威に直面しないだろう。

これは微妙だ。確かにCodexに基づいた表示制度は、WTO(世界貿易機関)訴訟の対象にはならないだろう。が、仮に、寄せ集めたガイダンスのすべてに矛盾しない各国独自の表示制度を策定したとして(途上国にとっては、かなりハードルが高いかもしれない)も、それがWTOへの楯になるかどうかは、実貿易上へのインパクトに帰着して、ケースバイケースのような気がするからだ

 (4)消費者がGM食品を食べた結果、アレルギーなどを起こしたなら規制当局にそれを報告できる(市場でのアフター・モニタリングが可能になる)。

 理屈ではそうかもしれないけれど、Codex加盟国がCodexの安全性評価ガイドライン(「適切なCodex文書の編纂」中に当然ながら含まれている)を遵守すれば、理論上そういう事態にはならないだろう、ということは無視されている。

 結論として

 Consumers Unionなどが熱望してきたのは、憎ッくきGM食品への義務表示をCodexに認めさせることだったはずだ。しかしながら、当初の意気込みとは違ってCCFLの実態は、作業自体が時間切れ放棄寸前にまで追い込まれてしまっていた。

議長国カナダの名誉を賭けた必死のハンドリングにより、ようやく最少の合意に至ったのは、もし、任意表示をする場合には、こことここに注意して齟齬がないようにしなさいよ、という教育的指導文書のみである。

 義務表示化を求めて来た彼らにとって最悪の事態は避けられたが、望ましい結果とは完全に異なっていた。「酸っぱいブドウの法則」的なConsumers Unionのリリースと、それを良く確認もせずに担いで増幅したメディア(不思議なことに今現在では、殆どの記事へのリンクが失われている)は、いつもながらお騒がせなことである。

 

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい