科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国科学界が叡智を結集してGMOsに出した答は?-NAS報告書

宗谷 敏

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2016年5月17日、National Academy of Sciences, Engineering及びMedicine(全米科学、技術、医学の3学会)は、GM(遺伝子組換え)作物・食品に関する2年に及ぶ調査の結果を纏めた報告書を公表した。本件は、日本も含め広く報道されているが、メディアはさまざまな切り口で書いているので、先ずは3学会からのニュースリリースをしっかり読んでみたい。

遺伝子工学と従来の植物育種との差異が明白ではなくなりつつある、GE(遺伝子組換え)作物についての新報告が述べます

National Academies of Sciences, Engineering及びMedicineによる広範囲に及ぶ研究は、遺伝子工学を用いた新技術と在来育種法という二種類の作物改善アプローチ間の明確な相違がぼやけているのを発見しました。さらに、健康や環境への微妙な、あるいは長期的な影響を検出するのは固有の困難を伴うことは認識されていますが、現在商業化されている遺伝子組換え(GE)作物と在来育種作物との間で、ヒトの健康リスクに関する相違を立証した証拠を研究委員会は発見しませんでした。同じく、GE作物による環境問題への決定的な因果関係を示す証拠も発見しませんでした。しかしながら、作物のGE特性に対する抵抗性の進化は、重要な農業の問題です。

新規作物・品種を規制する段階的プロセスは、それが開発されたプロセスより、植物の特性に重点を置くべきだと本報告書で委員会は薦めます。潜在的な危険(hazards)を示すかもしれない、意図されたあるいは思いがけない斬新な特性を持つ新規植物品種は-遺伝子工学か在来育種技法を使って開発されたかどうかに関係無く-安全性試験を受けるべきです。劇的に植物特性の微少な変化さえ発見する能力を増やす新しい「-omics」技術(訳者注:オミックスとは生体中にある分子全体を網羅的に調べる学問、” -omics” とは解析の対象によってゲノミクス(遺伝子)、 プロテオミクス(蛋白質)、メタボロミクス(代謝物)などを指す)は、新規作物品種の思いがけない変化を検出するために重要でしょう。

現在、商用GE作物の悪影響と称されていることと、ベネフィットと称されていることを査定するために、委員会はこれまでの20年に蓄積された証拠を用いました。1980年代から、果物の保存期間延長、ビタミン含有量増加、耐病性のような特性を植物に作り出すために、生物学者が遺伝子工学を利用しました。しかしながら、広範囲にわたる商業利用が行われた遺伝子組換えの特性は、農作物の除草剤耐性と害虫抵抗性のみです。

たった2の特性のみが広く使われたという事実は、委員会がGE作物のベネフィットとリスクについての全面的な、汎用化された陳述を避けた理由の1つです。既存GE作物の影響に関する主張が、それらの影響が遺伝子工学プロセスに一般に適用されるとしばしば想定します。しかし、異なった特性は異なった影響を持つ可能性が高いでしょう。例えば、作物の栄養素含有量を変える遺伝子組換えの特性が、除草剤耐性の特性と同じ環境や経済的影響を持つことはありそうにないでしょう。

今日まで商業GE作物のほとんどすべてを占めるトウモロコシ、ダイズとワタの遺伝子組換え特性の開発、利用と影響に関して約900本の論文と他の出版物を委員会は調べました。「私たちはGEと在来育種作物のデータを洗い直すために、文献を深く掘り下げました」と、ノースカロライナ州立大学昆虫学主幹教授で同大学遺伝子工学と社会センター共同ディレクターであるFred Gould委員長が述べました。さらに委員会は、GE作物を取り巻く問題への理解を広げるために、80名の多様な意見を持つスピーカーを招いた3回の公開集会と15回のウェブセミナーを開催し、公衆からの700通以上のコメントに目を通しました。

 この報告を発表するに当たり委員会は、読者が公衆から受け取ったコメントへの対応に当たる本報告書の場所を検索でき、報告の主な調査結果と勧告の論拠を見いだせるようウェブサイトを立ち上げました。「GE作物には莫大なベネフィットがあると感じる人たちと同様に、GE作物と食品に懸念を抱いている公衆のメンバーの意見にも慎重に耳を傾け、熟慮して応答することに委員会は注力しました」と、Gouldが言いました。

<ヒトの健康に対する影響> 委員会は、すべての利用可能な調査研究を慎重に精査しましたが、GE作物由来の食品消費に起因する直接的な健康悪影響に関する説得力を持つ証拠を1つも発見しませんでした。動物研究と現在市場にあるGE食品の化学組成調査が、ヒトの健康と安全性にnon-GEの対照食品より高いリスクを持つかもしれないという相違を開示しません。GE食品消費に直接取り組んだ長期的な疫学研究はありませんが、利用可能な疫学データは、どのような病気や慢性疾患とGE食品消費との関連性を示しません。

害虫抵抗性GE作物が、殺虫剤による中毒を減らすことによってヒトの健康にベネフィットがあったとするいくつかの証拠があります。さらに途上国のビタミンA欠乏に起因する盲目と死を防ぐのを援助するためにベータカロチン含量を増やしたコメのように、一部のGE作物がヒトの健康に役立つように開発されています。

<環境への影響> 害虫抵抗性あるいは除草剤耐性作物の使用は、農場の植物と昆虫の生態の全体的な多様性を減らしませんでした。そして、害虫抵抗性作物が時には昆虫多様性の増加をもたらしました、と報告書は述べます。ジーンフロー-GE作物から野生の近縁種への遺伝子の転送-は起きましたが、このことが環境への悪影響を示した例はありませんでした。全体的に、委員会はGE作物と環境問題との因果関係を示す確証を発見しませんでした。しかしながら、長期的な環境変化を査定する複雑性は、決定的な結論に達することをしばしば難しくしました。

<農業への影響> 利用可能な証拠が、GEダイズ、ワタとトウモロコシは一般的にこれらの作物を採用した生産者に好ましい経済的成果をもたらしたことを示しますが、成果は害虫個体数、営農方法と農業インフラによってさまざまでした。GE作物を採用し始めた頃は多くの小規模農家に経済的ベネフィットをもたらしました。しかし、これらの農家にとって永続的な、広範囲にわたる利得は、クレジットへのアクセス、値頃な肥料などのインプット、農事相談サービス、これらの作物から利益を得られる地方と世界のマーケットへのアクセスのような制度上のサポートに依存します。

害虫抵抗性作物を栽培したが、抵抗性-管理戦略に従わなかった地域では、一部のターゲット害虫が損害ももたらすレベルの抵抗性を発達させたことを証拠が示します。もし、GE作物を持続可能に使うなら、より統合されて持続可能な抵抗性-管理マネージメントが採算可能となるように、規制とインセンティブが必要でしょう。

委員会は、同じく多くの地域で、殆どの除草剤耐性GE作物に利用される除草剤グリホサートに対する耐性を一部の雑草が発達させたことを見いだしました。雑草の耐性進化は、統合された雑草-管理アプローチの使用によって遅れさせられますと報告書は述べ、雑草耐性管理により良いアプローチを決定するさらなる研究を推奨します。

害虫抵抗性GE作物が、害虫による作物の損害を減らします。しかしながら、委員会がGE作物の導入以前と導入後の数十年にわたる米国のダイズ、ワタとトウモロコシの全体的な産出増加率のデータを調べたところ、GE作物が産出増加率を変えたという証拠はありませんでした。

<規制は新規の特性と危険(Hazards)に注目すべきです> 植物の遺伝的特性を改善するあらゆる技術-GEか、在来育種法かにかかわらず-は、食品を変える方法なので安全性問題を引き起こすかもしれません、と委員会報告書は記述します。この点については、以前のアカデミー報告書で既に述べられていますが、規制されるべきはプロセスではなくプロダクトです、と新報告書も言います。

新規植物品種が安全性検査の適用を受けるべきかどうか決定することについて、規制当局が(意図されたあるいは思いがけない共に)植物品種の新規な特性がヒトの健康あるいは環境にリスクを招く可能性の程度、潜在的な害(harm)の重大さについて不確実性とヒトの曝露への可能性の程度に注目すべきです-植物が遺伝子工学あるいは従来の育種プロセスを使って開発されたかどうかにはかかわらず。これらの規制上のアプローチを可能にする ” -omics”技術が重要でしょう。

新規植物品種に関する米国の現在の政策は、理論的には「プロダクト」ベースです。しかし、USDA(米国農務省)とEPA(環境保護疔)は、彼らが開発したプロセスに基づいて少なくとも部分的にはどの植物を規制するかを決定します。しかしながら、遺伝子工学への古いアプローチが斬新さを失うに連れ、そして新興のプロセス-ゲノム編集や合成生物学のような-に遺伝子工学の現在に規制上のカテゴリーが適合し損ねるように、プロセスベースのアプローチはますます専門的な正当性を減じていますと、報告書は伝えます。

従来の育種と遺伝子工学との差異は明白ではなくなりつつありますと、新たに出現した技術系もレビューした報告書が指摘します。例えば、CRISPR / Cas9 のようなゲノム編集技術が、今や特定遺伝子の一つのヌクレオチドを置換して遺伝子変化を起こすことに用いることができます。同じ変化は、突然変異を誘導するために放射線または化学物質を使って、次に望ましい突然変異を持っている植物体を識別するためにゲノムスクリーニングを使う方法によっても起こすことができます-殆どの国の規制システムでは従来の育種であると考察されているアプローチ。いくつかの新興遺伝子工学技術が、植物体が従来の育種または自然で起こるプロセスを通して生産された植物から、遺伝的に区別することが難しい新規の植物品種を作る可能性を持っています。従来の育種によるある除草剤に耐性を持つ植物品種と、同じ除草剤に耐性を持つ遺伝子組換え植物品種とは、同じ関連したベネフィットとリスクを持つと予想されます。

規制当局は、新興の遺伝子工学技術系またはそれらのプロダクトがどのように規制されるのか、そして新しい規制方法がどのように使われるのかについて、公衆に情報を伝えるべきであり、同時にこれらの問題に関して公衆からの意見提供を求めるべきです。あらゆる問題が科学によってのみ答えられる訳ではありませんと、報告書は言います。 GE作物に関する政策は、科学、法律と社会的な側面を持ちます。

例えば、健康影響に関する証拠のレビューに基づいて、公衆衛生を守る目的でGE成分を含む食品に義務表示を課すことが正当化されると委員会は信じません。しかし、この問題は健康や環境の安全性への専門的な査定を越えて、社会的、経済的な選択を伴うことも委員会は指摘しました;究極的に、それは専門的な査定だけでは答えられない価値選択を伴います。

本研究は、National Academy of Sciencesからの追加支援と、Burroughs Wellcome Fund、Gordon and Betty Moore Foundation、New Venture Fund及びUSDAによる資金提供を受けています。National Academies of Sciences, Engineering, and Medicineは、複雑な問題を解決するために独立した客観的分析と助言を国家に提供し、科学、技術と医学に関連する公共政策決定を報告する民営非営利団体です。

National Academy of Sciencesは、連邦議会の議決とLincoln大統領の署名により1863年に設立されました。

さらなる情報

追加のリソース

委員20名の名簿(原文を参照)

執筆者

宗谷 敏

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい