GMOワールドⅡ
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている
公衆の理解と消費者からのウケが依然はかばかしくない上に、GM(遺伝子組換え)作物の開発と規制をクリヤーするための時間(平均13年)やコスト(100万ドル以上)も、近年大きな障害になっている。そこで、これらの弱点を克服するために、開発者たちは様々な代替もしくは補完技術を模索しており、ここに来てRNA干渉(RNAi:RNA interference)プロセスを利用した害虫・雑草制御が米国では話題になり、GM大御所のMonsanto社も目の色を変えているという。
<あまり話題にはならなかった地方紙の先行記事>
先ず、25年間Monsanto社に勤務したJohn Killmerが率いるセントルイスの新興バイオ企業Apse社をフィーチャーした2015年4月10日のSt. Louis Post-Dispatch紙に注目したい。
同社は、RNAを直接植物体にスプレーすることにより、RNA干渉プロセスを通じてその植物の特定のトレイト(特徴)を抑制するか、変える方法を開発している。
「traits on demand」と名付けられたこの技術は、最初から種子自体にトレイトが組み込まれたGMとは異なり、例えば干ばつが起きたらその時点でRNAをスプレーするという必要に応じたアプリケーションが可能となる。そして、GMとの決定的な違いは付与した変更が子孫には一切遺伝しない。
最初に実用化されると思われるのは畑でスプレーされたRNAが浸透した作物を食した特定の害虫をノックアウトする制御方法だが、開発段階でクリヤーすべき問題もある。それらは、費用対効果が高い低コストのRNAの生産方法と、植物体の細胞内部へRNAを浸透させるデリバリーメカニズムの開発だという。
<Monsanto社を絡めたので大ブレークした科学誌記事>
8月11日に、MIT Technology Review誌がベンチャーのみならず大手開発企業、就中Monsanto社(他にはBayer社とSyngenta社)も、「RNA BioDirect」と名付けたRNAスプレー技術に着目しているというAntonio Regalado氏(同誌の生物医学シニアエディター)による長文記事を掲載し、反響を呼んでいる。詳細な内容の全てを紹介することは出来ないが、整理した形で要約してみたい。
<Monsanto社の入れ込み振りとその理由>
Monsanto社のRobb Fraley最高技術責任者(CTO)は、RNAスプレーについて「(GMOsに対する)汚名、集中的な規制上の研究とコストを持たない」、「信じがたく」、「驚異的」な技術と絶賛している。
同社のトウモロコシ、ダイズとワタなどの除草剤耐性と害虫抵抗性GM作物種子は、米国市場を席巻し続けているが、耐性雑草や害虫の拡大問題は看過できない様相を呈しており、依然年間販売額約50億ドルを誇るフラッグシップ除草剤「ラウンドアップ」も、IARC(国際がん研究機関)から「グループ2A:人に対しておそらく発がん性がある」に分類されるというケチがついた。
同社にとって「RNA BioDirect」は、耐性雑草・害虫問題や規制コストを回避し、GM種子と除草剤への依存体質を緩和する。さらにこの技術の美点としてターゲットをピンポイントで絞り込むことが可能であり、非標的の生物には一切影響を与えないと考えられており、まさに夢の生き残り戦略となる。
このような状況こそが、Monsanto社がSyngenta社の買収工作に拍車を掛けている理由でもある。Syngenta社は、種子よりむしろ農薬(殺虫剤)にフォーカスしている企業であり、2012年に5億2300万ドルでベルギーDevgen社を買収し、RNAi 技術開発にも熱心なのだ。
Monsanto社による具体的な開発パイプラインのトップは、2020年上市を目指すコロラドハムシ(potato beetles)をターゲットとしたジャガイモへのRNAスプレーであり、さらにかなり先となるが、スーパー雑草の「ラウンドアップ」抵抗性遺伝子を働かなくさせるRNAi製品も計画されている。また、スプレー以外に、ネキリムシ(rootworm)を殺すよう設計されたRNA含むトウモロコシ品種も、2010年の終わりまでに規制当局の認可(現在は規制未整備)に備えた準備がされている。
<もちろんハードルも、そして規制は?>
RNAiや遺伝子サイレンシング技術の作物への利用は、例えば1994年のFlavr Savrトマト、1996年のパパイヤリングスポットウイルス(PRSV)抵抗性パパイヤ、最近の褐色変化しないリンゴなどで実績(製品・技術の細部では各々異なるが、煩瑣になるため詳述しない)がある。
新展開のRNAスプレーは、Monsanto社にとっていいことずくめのようだが、光が影を伴うのは世の常であり、Regalado氏もなかなか手厳しい(当然Fraley博士だってこの点は認識している)。
先ず、最初に挙げたRNA自体の価格は、技術革新により1g当たり50ドルと大分値頃感が出てきており、Monsanto社は10倍もあれば1エーカー分のスプレーに十分だと推算している。
次に、植物体内部へRNAを浸透させる方法だが、シリコン界面活性剤を添加すると、RNAが植物体表面の気孔から植物体全体に広がることがラボで確認された(この手順はEPSPS遺伝子を絡めてもう少し複雑なので、原文を読んで下さい)。
そして、安全性については、ヒトは長年にわたりRNAを食してきたので、ヘルスリスクは無いし、ユビキタス分子から作られたスプレー(液)は土壌中で素早く分解するため、環境へのリスクも一切無いとMonsanto社は主張している。
しかし、この論法はGM作物とグリホサートがデビューした時に同社が行った説明とまさに同じであると既視感を抱いたRegalado氏は、あまり信用していないように思える。健康と環境影響へのより詳細なリスク評価を求める声は専門家の間にもあるし、もちろんMon敵反対派は、RNAを野外に大量にバラ撒いたら何が起きるか分かったもんじゃない、と不可知論を繰り出して攻め立てる。
難しい判断を迫られているのは規制当局だ。RNA導入トウモロコシについてはMonsanto社と既に協議に入っている。しかし、リスク評価はケースバイケースで行うのが基本であり、RNAスプレーの方は現行法規では想定されておらず、規制の方法が無いようだ(ということは、帰結的に今のままならお咎めなしになる可能性が高い)。
以上、ごくかいつまんでMIT Technology Revie記事を要約してみたが、これを読む限り嫌われようが、憎まれようが、ともかくこの新技術を実用化させるパワーを持つのは、やはりMonsanto社(その時には社名が変わっている可能性がなきにしもあらずだが)なのだろう。
また、連邦議会から新規技術の展開にフォローできるようバイテク規制全体の見直しを要求されている規制当局の今後の動向も注目されるところだ。
<用語の解説など>
RNA(リボ核酸、ribonucleic acid):DNA(デオキシリボ核酸、deoxyribonucleic acid)とRNAは共に遺伝物質の核酸だが、DNAが二重らせん構造なのに対しRNAは単鎖構造、DNAの塩基構成がAGCTなのに対しRNAはAGCU、DNAは遺伝子を作り、RNAは遺伝子情報をコードするDNAとたんぱく質を仲介する働きをする(例外的に一部のウィルスでは遺伝子を作る)。
RNAには、基本的に働きの異なるmRNA(メッセンジャーRNA)、rRNA(リボーソームRNA)、tRNA(トランスファーRNA)の3種類があるが、生体内での挙動や構造に応じてncRNA(ノンコーディングRNA。 tRNA、rRNA、mRNA型などを含み、さらにnucleotidesが短いsiRNAs=small interfering RNA、miRNAs=microRNAs 及び piRNAs= PIWI-interacting RNAsと、長いncRNAなどとにも区分される。農作物への応用研究については、中国科学アカデミーなどが2014年に論文発表している)、ribozyme(リボザイム、リボ酵素、触媒として働くRNA、1989年にノーベル化学賞)、dsRNA(二重鎖RNA、2006年ノーベル生理学賞)など便宜上さまざまな分類がなされている(wikipediaなどより)。
「知恵蔵2015」、「朝日新聞キーワード」、「日本大百科全書(ニッポニカ)」による「RNA干渉」の解説
「脳科学辞典」より慶應義塾大学 医学部 分子生物学執筆「RNA干渉」
油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている
一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい