科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

ざわわ ざわわの小麦畑周辺~コムギを巡る海外の話題

宗谷 敏

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 2014年4月末から訪米した日本の製粉業界幹部ミッションに対し米国小麦協会(U.S. Wheat Associates)は、米国、カナダ、オーストラリアで多くの農家がGM(遺伝子組換え)コムギへの歓迎を表明している現在、輸入国も受容を考慮すべき時期だと説得を試みたと伝えられている。もちろん米国からNon-GMコムギを買い続けることも可能だが、その場合には応分のプレミアムを支払うことを覚悟してもらいたいとも。

 この米国業界の動きは、6月5日に発表された米国、カナダ、オーストラリア3カ国のコムギ生産者、製粉業界を代表する16組織によるコミットメントへと繋がる。5年前に結成されたこのコムギ栽培三国同盟の陳述は、バイテク(GM)コムギを支持し、3国の商業栽培開始の同期化を目指す。Non-GMコムギの供給にも責任は持つが、輸入国に対しGMコムギの微量混入(LLP)に関する合理的な政策の採用を促す。

 様々な状勢からGMコムギがただちに商業化される可能性は低いが、交雑育種では対応出来ない、あるいは時間的に余裕がない案件が目白押しで、コムギの品種改良を巡る最近の海外における話題は豊富だ。

<中国のウドンコ病抵抗性コムギ>

 まず、7月20日のNature Biotechnology誌に掲載された中国科学学会(Chinese Academy of Sciences)の発表論文から。

 この研究は、コムギウドンコ病(powdery mildew)を引き起こす病原真菌(fungal pathogen)に対する抵抗性を6倍体パンコムギ(hexaploid bread wheat)に与えることに成功したというものだ。しかし、使われた技術はGMではなくTALENとCRISPR/Cas9によるゲノム編集(Genome Editing)だという。育種利用ではNew Plant Breeding Techniques (NBT)とも呼ばれるゲノム編集技術については、ゲノム編集コンソーシアム事務局(広島大学理学研究科)のホームページや、6月30日の朝日新聞朝刊18面「科学の扉」などに解説があり、農産分野における研究に関しては農水省の農林水産技術会議などで見られる(但し、一般消費者向け情報としてはGMに比べると殆ど纏まっていない)。

 中国チームは、ウドンコ病菌に対する防御を抑制しているタンパク質をコード化する遺伝子を削除することによって抵抗性を持たせた。6倍体コムギでは殆どの遺伝子が3つの類似したコピーを持つためこれらのすべてを同時に削除できたというのが、「技あり」らしい。

<国際コムギゲノム解読コンソーシアムによる成果>

 次に、中国チームの発表に先立つ7月18日のScience誌では、国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IWGSC)が、パンコムギゲノムのドラフト(ほぼ完全な)配列解読に成功したと発表した。有用品種の開発が加速化することが期待されるこの件については、日本からコンソーシアムに参加した(独)農業生物資源研究所などによるプレスリリースやScience誌の日本語版ハイライトに詳しいのでそれらを参照していただきたい。

<グルテンフリーコムギの開発>

 さらに5月に遡ると、スペインの研究者たちがJournal of Cereal Scienceに発表したセリアック病患者のためのグルテンフリー食品開発に関する論文も興味深い。

 交雑育種によりグルテンを減じたコムギを作ることは難しく、もっとも有望視されているのはRNA干渉 (RNAi)技術を用いてコムギや他の穀物のグルテンを減らすか、「silencing(静かにさせる)」ことだ。グルテンフリー食品(穀物)の開発には、大きな潜在的市場が存在する。

 セリアック病の患者数は200万人程度の米国だが、さまざまな体調不良の原因をグルテンに関連付けて推測したり、ダイエット効果を期待したりする消費者も多く、今やグルテンフリーが食品業界の一大トレンドになってきており、2017年には市場規模が70億ドルに達すると見込まれているからだ。

 2003~04年頃のAtkins Diet(低炭水化物ブーム)のように一時的な流行に終わったものもあるが、グルテンフリーに関してはFDA(食品医薬品局)が、2013年8月2日にグルテンフリー の定義や表示規則Q&Aを公表している。因みに、グルテンフリーと表示できる閾値は検出限界でもある20ppm未満だ。FDAの措置は、セリアック病患者を対象とする表示の属性としては一種のアレルギー識別表示なのだが、皮肉にも患者以外のブームを後押しする結果を招く。

<コムギサビ病Ug99の脅威>

 最後に、コムギサビ病(Puccinia graminis)Ug99については海外メディアへの露出頻度も高いが、直近では6月10日のNational Geographic誌や、5月7日のDaily Monitor紙などがある。

 通称コムギキラーのUg99は、名前が示す通り1999年にウガンダで発見された。現在までにイエメン、イラン、インド、バングラデシュとネパールあたりまで侵攻が確認されており、パキスタンやオーストラリアも危うい状況にある。さらに、ヨーロッパや米国にまで被害が及べば、世界の食料安全保障が脅かされる可能性もあると恐れられている。

 Ug99は、カビ菌によるサビ病で、胞子による感染性が強い上に2010年には突然変異種まで発見され、今では6種類が確認されている。このようにして、インフルエンザウイルスと同じように順応性の高いUg99は、従来からのコムギ品種が持っている大部分のサビ病抵抗性遺伝子を打ち破ってしまった。

 各国のコムギ育種家や研究者は、Ug99に抵抗性を持つ遺伝的ツールの発見や品種開発に躍起となっている。時々ラボからの成果実戦投入も伝えられるが、Ug99の進化との厳しいレースを強いられており、いまだ決定打とはなってはいないようだ。この分野で期待に応えられる技術は、開発スピードの早さからまさにGMなのだが、反対運動による消費者受容への懸念や、複雑な規制によってままならないのも現実だ。

 以上、コムギを巡るさまざまな様相を見てきた。ゲノム編集もRNAiも外来遺伝子を導入していないからGMとは異なり、むしろ自然界でも起きる突然変異に近いが、難しい問題もある。先ず、リスク評価に関する国際的なコンセンサスが存在せず、考え方や扱いが各国・地域でまちまちなこと。英国の研究者からは、EUはゲノム編集にGMの規制を適用せず規制軽減を望む声も上がっている。そして、食卓への直接的メリットもあるものの消費者受容が未知数であることだ。イノベーションなんでも反対派は、隠れGMだぞと消費者不安を徒に煽る。

 NBTなどに目が行きがちだが、GMコムギだって「silencing」ではない。英国の害虫抵抗性オーストラリアの干ばつ耐性をはじめいろいろ試験栽培が行われている。除草剤耐性GMコムギを完成させたが2004年に一旦ギブアップしたMonsanto社もカムバックしてきており、パイプラインはGMに限定されないが、Big Agグループもコムギに無関心な訳がない。

 国内メディアの無関心もあって、日本はこういう世界の動きからは無風地帯だ。生産国側の差し迫ったニーズやそれに基づく外圧から、突然受け入れを迫られて慌てるのはいかにもマズい。消費者が、偏らない情報に精通することにより全体像を把握して、リーズナブルな判断を下せるようにメディアも含め関連業界と行政は、日頃からもっと海外情報提供に努力すべきだと思う。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい