科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GM食品反対派最後の砦も陥落か~ヒトさえ遺伝子組換えされていた

宗谷 敏

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 例えば、GM(遺伝子組換え)食品反対派にアタマを冷やしなさいと呼びかけたNeil deGrasse Tyson博士の主張を振り返ってみよう。すべての食べ物―植物と動物―は、artificial selection(人為淘汰、人為選択)によって、ある特定の特徴を強めて、他を抑制するようにシステマティックに遺伝子組換えされてきた。それがラボで行われるだけではないか、という説得である。

 このように主張する科学者は、Tyson博士だけではない。しかし、反対派は決して納得しない。通常行われてきた交雑育種は同一の種の間での遺伝子転送だから自然のもの(交配が人為的に行われてきたことは常に無視される)である。しかし、GMは異なる種から外来遺伝子を持ってくるのでまったく違うものだと反論する。トマトとサカナを組み合わせた不気味なアイキャッチャーを示してこれは自然界では起こらないことだから、自然や神の摂理に反しており、未知のリスクが潜在するにちがいない、という訳だ。

 神学論争めいた「種の壁」論議は、GMのスタート時から脈々と続いており、GMに反対する理由の根幹をなしてきた。しかしながら、科学はこの反対派の錦の御旗をも吹き飛ばしてしまったというのが、2015年5月22日にReuters紙に掲載された 米国Cato研究所のSwaminathan S. Anklesaria Aiyarによるコラムだ。

 Aiyarが述べている要諦は、ヒトが後から便宜的に区分した「種の壁」を、自然が過去長年にわたり遺伝子流動(gene flow)という自然現象によってあっさり乗り越えてきたということだ。この現象は、DNA情報が世代間で伝達される垂直移動(vertical gene transfer)に対し、遺伝子の水平移動(horizontal gene transfer)として知られている。

 GM作物、食品が商業化された当時、水平方向への遺伝子転送はバクテリアのような単純な生体でしか起こらないと科学界では考えられていた。しかし、最近の研究が、ヒトも含めて複雑な種においても同じく普通にこの現象が認められることを示した。

 Aiyarの論拠となっている研究は、英国Cambridge大学の研究者たちが2015年3月13日、Genome Biology誌に発表した論文である。 Aiyarに先立ちEconomist紙は、この研究論文を「Genetically modified people」と題して2015年3月14日にセンセーショナルに報じている。

 Cambridge大の研究者たちは、常に拡充され続けている遺伝情報に関する公共のデータベースを調査することにより、少なくともヒトの145の遺伝子が、先祖(猿人は数百年前、原人は約180万年前から存在)によって菌類や海藻類のような他の種から拾い上げられたことを示唆すると結論した。

 識別された菌類からの1つの遺伝子が、細胞をバラバラにならないように保持するヒアルロン酸の統合に役立つ。海藻は、脂肪と肥満に結び付けられるもう1つのヒト遺伝子に関係すると見られる。血液型を定義するABO 坑原たんぱくシステムは、バクテリアから供給された。

研究者たちは、ヒト以外にも9種の霊長類、12種のミバエ、4匹の線虫を調べたところ、平均して霊長類が109、ミバエが40、線虫が173の水平方向に遺伝子転送された遺伝子を持つことを発見したという。

 Aiyarのコラムだが、実はメキシカン・ファストフード大手のChipotle Mexican Grill社が2015年4月27日に発表した全米初のGM成分フリーレストランチェーン宣言に対する批判として書かれている。Chipotle社のマーケティング戦略は、米国各紙の見出しを賑々しく飾ったが、Washington Post紙LA Times紙などの有力紙は概して批判的に報じた。

 Aiyarの論旨も、外来遺伝子の侵入は、ヒトをモンスターにはせず、むしろ有益であったと考えられる。反対派は、自然界の遺伝子転送は種が順応するために十分な時間があったと論難するかもしれないが、自然な遺伝子転送が起こった時は常にワタやナスに Bt 遺伝子を挿入することと同じリスクを伴ったハズであり、さらにGM作物は商業化される前に安全性のために実地試験される。

 Chipotle社の顧客を含めて、すべてのヒトは遺伝子組換えされているのに、同社の「GM栽培は環境にダメージを与えるかもしれない」、「多くの国がGM作物の使用を制限するか、禁止している。広範にわたる GM栽培と消費の帰結的意味のすべてが理解できるには、多くの研究がまだ必要とされることは明白だ」という主張はいかがわしいと結論している。

 Aiyarは経済・政治学者であり、テーマもChipotle社批判にあることから、Cambridge大研究の意味と外来遺伝子や遺伝子流動について、もう少し詳しく知りたい読者にはGenetic Literacy ProjectのJon Entineが2015年5月26日に発表した「GMO myth busting: Crops (and humans) safely composed of ‘foreign’ genes」がある。

こちらは、NBT(New Breeding Techniques, 新育種技術)なども絡めて論じているので難易度は上がるが、白井洋一氏がFoocomに書かれたNBTの解説その規制に関する論考が良いガイドになるだろう。

 これらを読んで、筆者なりの感想をいくつか書いておく。先ず、GM食品のヘルスリスク問題は、Chipotle社に対する有力各紙のバッシングでも明らかなように、少なくとも米国においては科学的に詰んでいる(例えば、Skeptical Raptor)。Chipotle社の主張は、「(そんなことが出来るのかは別にして)GM栽培と消費帰結的意味のすべてが理解できるにはもっと研究が必要」という無限ループを持ち出すだけで、むしろ環境リスクに力点があると感じられる。従ってAiyarの批判もそちらにフォーカスされている。

 GM食品表示騒動も、GM食品が既に市場にあることを前提とした話であり、主な構図は確保された安全性vs消費者の選択権という形になっている。ラジカルなGM反対論者のJeffrey M. Smith(Non-GMビジネスを推進するGM食品検査会社のステマ工作員でもある)が、米国内でのポジションに危機感を抱いたものか、政治的理由からGMにキビしいロシア中国に向けて秋波を送りはじめたのは興味深い。

 それでも、公衆の漠然とした不安とそれを煽る反対派の主張やそこにつけいるNon-GMビジネスは終わらないだろう。残念乍ら科学が感情に勝つのは難しいし、反対派は次に遺伝子流動や水平方向への遺伝子転送に伴う潜在的リスクをあれこれ考えて持ち出してくることも予想できる。

 一方、Jon Entineや白井氏の論考からは、いまやGMという定義やスコープが、NBTなどの登場で揺らいでおり、その規制法についてもコンセンサスが確立されていないという問題が浮き彫りになってくる。

 一般に膾炙している「genetically modified organisms」と、米国政府などが好んで用いる「genetic engineering」と「biotechnology」というコトバを比較して、「process vs product」という考え方(作出方法ではなく製品ベースで議論すべき)を提案しているAnastasia BodnarのBiofortified Blogは、小文ながらいいところを突いている。

 NBT(利用食品)が、消費者にスンナリ受け容れられるかどうかは今後の問題だろうが、GM周辺を巡る議論の土壌や背景が複雑・細分化してきて、一般消費者が容易についていけないものになりつつあるのは憂慮すべきことかもしれない。このあたりをフォローする研究者やサイエンス・ライターからの積極的な情報発信が従来以上に望まれる。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい