科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

EUのGM作物環境放出指令改正へのリアクションを読み解く

宗谷 敏

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 2015年1月13日欧州議会は、Directive(指令)2001/18/EC「GMOs(遺伝子組換え生物、この場合主に農作物を指す)の環境中への放出に関する指令」の改正について票決し、賛成480票、反対159票、棄権58票でこれを可決した。

 この結果、今春中の欧州委員会によるGM作物承認制度(全体の)見直しと年内と見られる施行をもって、EU加盟28カ国はEU栽培承認済みGM農作物(現在のところMonsanto社のGMトウモロコシMON810系統のみ)の各国内栽培について制限または禁止することを許される。と一言に言っても、例の通りそのシステムの細部はかなり複雑だ。

 この改正の原案は、2010年7月に(前)欧州委員会によりGM作物承認迅速化のトレードオフとして提案され、紆余曲折を経て2014年6月の環境閣僚理事会合意に到る。細かな諸条件に関する妥協テキストを巡り難航した加盟国間の非公式交渉が2014年12月に終わり、漸く法制度改正のアガリである欧州議会議決に漕ぎ着けた。とはいうものの、欧州議会の割れた票決はこの問題の難しさ、合意の厳しさを浮き彫りにしている。

 欧州議会で論じられたテキストは公開されているが、関連他法令の条文引用の嵐でGM規制関連法体系を隅々まで知悉していない者がこれを解読するのはいささかハードルが高すぎる。

 むしろ、各ステークホルダーのこの改正に対するリアクションを報道各紙から追い、その裏を考える方が、改正の意味や論点を理解するのには手っ取り早そうだ。対立二極による妥協の産物にありがちなことだが、実はこの改正もGM反対・推進両派からの評判は芳しくない。特に、勝利の美酒に酔うべきハズの反対派が納得していないのはなぜか?

 反対派のGreen EFAグループ(欧州緑グループ・欧州自由同盟)の党首であるMEP(欧州議会議員) Rebecca Harms(ドイツ)は、EUが共通のアプローチを必要とするときGM制度のパッチワークになるから、これは良くない制度だと述べている。彼女の望む着弾点がEUにおけるGM全面禁止だったとしても、域内調和と統一市場の原理原則を覆す共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)の綻びを批判するこの主張に限っては正論だろう。

 改正のポイントを見ると、前提としてEFSA(欧州食品安全機関)によるGM作物に対する科学的リスク評価は揺るがない。人畜無害、環境影響は無いという評価がEFSAから出されれば、その結論はEUとして従来通り不動のものだ。GMには諸々のリスクありと主張するラジカルな反対派は、ここから既にして不満である。

 従来の法制度では、自国においてGM作物栽培をしたくない加盟国は、ヘルスリスクや環境リスクを(科学的に)証明、正当化して、緊急輸入制限条項に訴えるしか手段がなかった。これを採用した加盟国(オーストリア、ブルガリア、ギリシャ、ドイツ、ハンガリー、イタリア、ルクセンブルグ及びポーランド)は、「神聖EFSA帝国」からは科学的根拠の欠如を指摘され、欧州裁判所からも違反・違法裁定を下され続けた。

 改正ではこれらの国や国内地域に、固有の文化や社会経済性などの理由によりGM作物栽培を禁止できる柔軟性を与える。しかし、健康や環境リスクを理由とすることは許されない。ここに一部の反対派が「虚偽の解決」、「トロイの木馬」だと怒る原因がある。Greenpeaceの報道官Marco Contieroは、「加盟国が禁止令を正当化するために環境問題を持ち出すことを阻止する制度である」と述べている。つまり、「GM栽培を禁止してもいいが、貴国はそれらの安全性については暗黙のうちに認めたよね、ハイ、終了!」という踏み絵構造になっているというのだ。

 具体的承認手続きにおいては、EUによるGM作物の栽培承認(10年毎の更新も含む)作業に当たり申請しているバイテク企業に対し、加盟国は自国またはその一部を除外するよう個別交渉することができる。この交渉が不調に終わったとしても、加盟国側は上述の理由に基づく栽培禁止を依然として全うできる。

 しかし、反対派の不満や懸念には終わりがない。域内には今後GM栽培国(おそらく英国やスペインなど)と禁止国(おそらくフランスやドイツなど)が併存することになるが、栽培国から周辺非栽培国へのGM越境によるコンタミネーションを予防する緩衝地帯設置などに関し、法案テキストでは加盟国は十分に注意を払うことを保証すべきという努力目標を掲げただけだ。

 当然ここには2003年トレーサビリティと表示規則Regulation (EC) No 1830/2003や慣行、オーガニック、GM農作物の共存ガイドライン 2003/556/ECなども絡んでくるのだろうが、反対派が望んだコンタミネーションが発生した時の経済的損害賠償に関する具体的制度は盛り込まれなかった。

 一方、推進派からのクレームを見ると、バイテク業界団体のEuropaBioは、加盟国が「科学的ではない根拠によって」 GM作物に反対することを許すから、この法律は革新を傷つけると批判した。農民は、彼らが欲するどのような農作物でも自由に栽培できるべきだというのだ。

 Monsanto社の広報担当者Brandon Mitchenerも、米国農家が同じGM技術で生産レコードを達成しているのに、増産が証明された安全な技術を若干の加盟国が妨害するのを許すのは見当違いだ、と冷ややかだ。

 少し視点を変えて、EUの農産物需給とGM作物を考えると、コムギ中心の穀物の自給は十分(新規加盟国の生産格差などについてはここで論じない)だが、飼料用となるダイズ・ダイズ粕とトウモロコシ(ともに代表的GM作物)は恒常的に輸入依存体質である。

 従って、域内飼料・畜産業界にとって、GM作物(輸入)承認の遅れは致命的であり、EFSAの安全性評価済み12GM作物の早期EU承認を強く要望している。TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)交渉における米国からのプレッシャーもあるだろう。EUのGM作物承認に常に反対し作業全体を遅らせている特定の加盟国を懐柔するためにGM栽培フリーゾーンを認めるのが、欧州委員会による苦肉の策だった。

 しかし、思わぬ代償も伴う。科学的・合理的な思想を一貫してGM政策のバックボーンにしてきた欧州委員会は、情緒的ともいえる文化や科学を離れた社会経済性を改正の根拠にした。帰結的に、GMについては科学的証拠のみを重んじるべきという政治的スペクトルに及ぶ信念と主張を崩さないEU首席科学顧問(EU Chief Scientific Adviser :CSA)Anne Glover教授(英国)を斬り、ポストも撤廃せざるを得なくなった。一方、EFSAの安全性評価を尊重し続けることで、バランスを取ろうとする。極言すれば、この矛盾の匂いこそ反対・推進両派の制度不信・批判の感情的・論理的な源流ではないだろうか。

 このように自己矛盾を抱えてしまった欧州委員会(おそろしくクレバーであるのは間違いないが)によるGM法制度全体への合意テキストのインプリメンテーションがどのような形になるのかは興味深い。しかし、それがどのような体裁を取っても、この調子ではGMOsを巡るEU内の論争は終わりそうにもない。そして、反対・推進両派の戦線が、EFSAや欧州委員会を対象とした総力戦から、各加盟国単位の局地戦、陣取り合戦に移行するだろうという見立てだけは、正しいように思える。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい