科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国とEUにおけるGMOへの反科学活動最前線

宗谷 敏

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 米国において、インターネットで最も閲覧されているナチュラル・ヘルスのニュースウェブサイトがNatural Newsだ。このポータル全体へは毎日約22万人が訪れて約41万回閲覧されており、Facebookには120万人のフォロワーがいると言われる。

 これを創業し編集するのが、「健康警備隊(Health Ranger)」を自称する富豪のMike Adamsだ。Adamsの略歴は、1967年カンザス州生、中西部の大学で理学士号取得、1993年コンピューターソフトウェア会社を起業して成功、これを2003年に売却して財を成しNatural Newsを創設する。現在はテキサス州オースティンで妻と牧場に暮らす。

 「ワクチンは有害」、「HIVはエイズを起こさない」、「Microsoft社が人口削減のために優生学を実践している」といった主張を繰り返しバラ撒くNatural Newsは、科学系論壇や専門家筋からの評判がすこぶる悪い。科学懐疑主義(skepticism)を扱うライターのBrian Dunningが2011年11月に発表した「最悪の反科学ウェブサイト10傑(Top 10 Worst Anti-Science Websites)」は、「恐ろしいまでに巨大な影響力と、その酷い情報品質のために」Natural Newsをトップに挙げている。

 2014年7月21日、そのMike Adamsが遺伝子工学(及びその象徴Monsanto社)を支持するジャーナリストと科学者をナチスによる大量虐殺行為になぞらえて、彼らに対する暴力を提唱しているともとれる、とても正気とは思えない論説をNatural Newsに掲げた(リンクにはAdamsによる後日の言い訳序文が加えられている)。

 この記事に対して、7月22日7月24日に問題視するコメントを掲げたDiscover誌のKeith Kloorはじめ、多くの識者からの批判が相次ぐ。

 ところが、7月24日に、Keith KloorやMark Lynasらを含むMonsanto社への協力者リストがネット上に現れ、ターゲットとなる具体名(ジャーナリスト13名と出版社7社、科学者のリストは作成中)が曝されたことにより、議論はさらに紛糾する。

 Adams自身は、作成者不明のこのリストに関して、反GM(遺伝子組換え)グループの評判を貶めるためのバイテク推進派による罠だと推測している(上記序文)。Natural News 自体が巨大な「陰謀論の殿堂」であることを考えると、Adams自身がここで改めて陰謀論を持ち出すのは滑稽だ。Natural Newsの高人気は、医療陰謀論を特に信じ易い米国人の性向とも無関係ではない。

 Adamsの言動に触発された不幸な事故でも起きない限り、米国のこの話は反科学や疑似科学に凝り固まった「金持ち奇人の暴走」レベルで済むかもしれないが、EUにおける反科学の動きはもっと深刻だ。

 現欧州委員会の任期は2014年10月31日までであり、José Manuel Barroso委員長(ポルトガル)も、Jean-Claude Juncker氏(ルクセンブルク)への交代が決まっている。Barroso委員長の政策の中で目玉の一つだったのは、2011年12月のEU初の首席科学顧問(CSA:chief scientific advisor)職の設置であり、英国のAnne Glover教授 が初代CASに就任した。

 分子生物学と細胞生物学を専門とするGlover教授は、GM(作物・食品)へのエビデンスベースの政策採用を促すなど、科学的事実を防御するために率直な意見を述べることを恐れない姿勢を貫く。まるで「鉄の女」Margaret Thatcher元英国首相の血脈を引くようなGlover教授に対し、あのうるさいEUのGM反対NGOも直接の論戦を挑めず、「鬼神も之を避く」状態の沈黙を余儀なくされてきた。

 EU初というCAS就任直後の騒ぎに比べ、その後のGlover教授のメディアへの露出は決して多くはなかったが、それは活動量と比例していた訳ではない。例えば、2014年6月12日の指令(directive)2001/18/EC(GMOsの環境中への放出に関する指令)改正に関するEU環境閣僚理事会の合意は、Glover教授の「stealth work」だったであろうという指摘もある。

 また、6月23日のNature誌は、任期6カ月を切ってEU各国政府科学顧問ネットワーク(ESAF)の設立を急ぐGlover教授へのインタビューを掲載した。ESAF設立構想は、エビデンスベースのEU政策決定をさらに促すために、Glover教授のCAS就任以来の悲願でもある。

 一方、2013年5月24日のEUにおけるネオニコチノイド系3殺虫剤(クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム)の暫定禁止措置に関しては、せっかくのCASが機能しなかったではないかという英国農作物保護協会(CPA)などからの怨嗟の声もあり、Glover教授もツライところだ。

 このような状況を踏まえて、欧州委員会の刷新に当たり、遂に反GMのNGOsが目の上のタンコブGlover教授とCASに対して牙を剥く。7月22日、Greenpeaceなどの環境保護9団体(後にFriends of the Earthも加わり13組織以上に膨張)が、Juncker次期委員長に宛ててCAS職の撤廃を求める公開状を送りつけたのだ。

 CAS撤廃の理由は「基本的問題として、1人にあまりに多くの影響力を集中させて、綿密な科学研究を弱体化させる」というものであり、「CASから欧州委員会委員長への助言の内容が公開されておらず不透明だ」とも批判している。

 NGOが勝機到来と見たのには、欧州委員会新委員長人事が密接に絡む。EU加盟国の中でもルクセンブルグは国策として筋金入りのアンチGM姿勢を貫いており、Juncker次期委員長は、その国の元首相(1995年から2013年までの長期政権)だからだ。

 そして、ここからもう一つの対立的構図が浮かび上がる。EUでのGM支持国の突出した旗頭であり、欧州委員会にCAS職設置を提案しGlover教授を送り込んだ英国が、Juncker次期委員長への選任に猛反対した。もし、CASが撤廃されれば、英国のEU離脱論には拍車がかかるだろう。こういう裏事情は別として、Glover教授とCASを護ろうとする動きも、EU米国のメディアや科学者たちから活発化しつつある。

 以上、米国とEUにおける最近の反科学活動を見てきたが、実は、殆どの国語辞典にはない「反科学(antisciense)」という言葉を定義すること自体なかなか難しい。それは、対語である「science」の多様性にも起因する。例えば、英語版Wikipediaの「antisciense」の項目は、「Antiscience is a position that rejects science and the scientific method.・・・」と始まる。しかし、「science」や「scientific method」が一般的な科学を指すのか、科学万能(原理)主義を指すのかでは「antiscience」の解釈もまた大きく異なるし、議論も切り分けられるべきだ。

 ともかく、反科学を巡る米国での主な争点には、進化論や幹細胞研究(これらには宗教観が絡む),気候変動の原因(これには科学リテラシーが絡む)などがある。また、米国における反科学ブームの台頭が、GM作物の本格的商業化が開始された1990年代半ばと一致していることは興味深い。

 以後、反科学活動が先鋭的に表出している一つのテーマがGMOであるのが米国とEUだが、我が国ではどうだろう。先ず、日本では一部マニアの領域に留まっている種々陰謀論と共に、反科学主義にそれほど勢いがある訳ではない。但し、原発事故を契機に一部の社会科学者からは反科学の勢いが強まっているようだ。彼らは、GMに対しては欧米の反対論を鵜呑みにして(つまり、エビデンスベースの専門的検証能力を欠いた)論陣を張っていた。

 筆者は、科学vs.反科学といった二項対立論議を元来好まないが、ことGMOに関してAnne Glover教授と、空中浮遊術写真まであるヒンズーカルトのGM反対派Jeffrey Smithを信奉するMike Adamsのどちらをより信じるかと問われれば、答えには躊躇しない。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい