科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

TTIP交渉の難問を確認しただけ?~Vilsack米農務長官の訪欧

宗谷 敏

キーワード:

 約1カ月前、USDA(米国農務省)のTom Vilsack長官が訪欧した。米国・EU双方に1,000億ドル(740億ユーロ)の経済効果をもたらすと言われるTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)だが、交渉開始から1年を迎え様々な障害も浮上しており、特に農業・食品関連分野は最も厳しい懸案事項の一つになっている。

 Vilsack米農務長官の訪欧は、(直接の交渉担当者ではなく)農業分野の代表者としてTTIPが成立した場合の相互利益を強調し、EU側の理解を求める(または圧力をかける)ことを意図したものだ。Obama政権からこのようなミッションが出たことは、交渉の難航振りを裏書きする。農業分野におけるTTIP交渉テーマは、関税及び原産地規則、関税割当、セーフガード、輸出及び国内補助金などに整理されているが、どれを採ってみても一筋縄ではいかない難題である。規制・制度上の相違から、先鋭的に対立している具体的案件は以下の通りだ。

 先ず、EUが成長促進ホルモン使用(エストロゲンの高濃度残留とそれによる発ガンリスクの関連可能性で論争中)牛肉と二酸化塩素による食肉殺菌処理を禁止し、逆に米国がEU産牛肉の輸入を規制している問題。次に、EUのGM(遺伝子組換え)作物・食品承認作業は時間がかかりすぎ貿易障害になっていること。そして、GI(Geographical Indications:地理的表示)に対する双方の考え方の相違などである。

 これらを踏まえて、Vilsack長官の訪欧日程と報道を追ってみる。

2014年6月16日 ルクセンブルグEU加盟29カ国の農業大臣と会見。これは上記の米国側アジェンダによれば、「TTIP交渉への農業のリーダーによる関与の重要性を強調し、意欲的な農業パッケージを開発するために貿易交渉者と専門的知識を共有するよう促す」となっているから、「農業分野の合意なくしてTTIPに成立なし」と強調した筈だが、昼食会(ビジネスランチ)だったので、具体的内容に関してメディアは伝えていない。

 但し、注目されるのはPolitico紙の、同盟国的立場にある英国の環境・食料・農村地域省(DEFRA) Owen Paterson大臣と当日朝1時間の個別協議を行い、基本概念で合意したという記事だ。Vilsackは、食品安全性問題で行き詰まっている米国とEUのアプローチを和解させるために、英国が「橋渡し」をして欲しいと希望したという。英国政府が国内GM推進に熱心なのは隠れもない事実だが、EUからの脱退世論すらある現状で、「橋渡し」機能が十分果たせるかは疑問だ。

6月17日 ブリュッセルにおいて、欧州委員会農業・農村開発総局(DG-Agri)Dacian Ciolos 委員(ルーマニア出身)と貿易政策について会談。この御同役同士の面談は、今回訪欧の目玉だったようで、記者レクやリリースもあり、APReutersなど各紙が伝えている。

 Vilsackは、双方が市場を開き、共通言語である科学を尊重して「非科学的障壁」を排除するために共通の目的を持つべきだと基本姿勢を述べる。

 GM作物に関しては、「約450の商用品種のうちEUは輸入のために約50を承認したに過ぎない。畜産向けに年間3千万トンを輸入しながら、広範にわたる買い渋りのために小売り業者がほとんどGM食品を置いていない。米国では平均18カ月であるのに対し、EFSA(欧州食品安全機関)の安全性承認から上市までが4年もしくはそれ以上かかるのは認めがたい。規制上のプロセスが調和されることを要求する」というVilsackに対し、Ciolosは、EUは交渉に「very committed(非常に熱心に取り組んでいる)」と述べたに留まる。

 欧州委員会の通商担当委員Karel De Gucht(ベルギー出身)が、公衆に多くの論争を起こす問題について不可侵領域を既に開示しており、TTIP の下で食品安全性法規を変えないだろうと述べている。そして、GM食品とホルモン処理牛肉はこれに相当するとJohn Clancy委員会報道官がこの会見でも改めて確認している。従って、Ciolosの立場としては迂闊な言質を与えられないのだ。

 GIに関しては、特定の産地に限定して独占権を与えて貿易振興に繋げるため様々な貿易協定に盛り込もうとするEUに対し、単にトレードマークとして保護されるのみの米国との間に隔絶がある。EUのGI制限は、米国の乳製品に打撃を与えかねないと警戒する米国議会下院から、Vilsack とMichael Froman米国通商代表は5月に圧力を受けている。これを意識してか、Vilsack は、会見後EUのGI規則と米国のトレードマークのシステムの間に「sweet spot(最適合意点)」を見つけることを望んだと付言する。

 興味深いのは、米国で顕在化しているGM食品表示談義だ。科学的に立証されないGM食品リスクの仄めかしを米国政府はたいへん憂慮している、米国の食品表示は栄養成分とアレルギーのような警告に限定されておりGM食品に表示すれば安全性に問題があると誤解されるだろうと前振りしてから、一部のEUの一部が(交渉で)提案しているGM食品表示は解決にはならないとVilsack は主張する。一方で、バーコードにGM情報を加え、スマートフォン(または店舗のバーコードリーダー)で読めるようにするのが、(消費者の知る権利に応える)終局的解決かもしれないという持論も展開した。

 ホルモン処理牛肉と塩素殺菌処理鶏肉に対して強硬に輸入拒否の姿勢を貫くEUに再考を求めたVilsackに対して、WTO(世界貿易機構)係争での妥協であるホルモンフリー牛肉輸出を米国は(カナダのように)TTIP下でもっと増やせばいいと、Clancy欧州委員会報道官は取り付く島もないコメントを返している。

 Vilsackのアジェンダには、欧州委員会エネルギー担当委員Gunther Oettinger(ドイツ出身)とEU議会農業委員会議長Paolo de Castro(イタリア出身)との会見もセットされていたが、これらの結果詳細は不明だ。

6月18日 フランスを訪問し、パリにおいてStéphane Le Foll農相と会談とアジェンダにはあるが、EU内でも嫌米、反GMの現チャンピオン国だけに見るべき成果はなかったようで、メディアも殆ど触れていない。

 むしろ、食品・農業関係者との面談において「米国とフランスの農家は相違より多くの共通点を持つ」と強調することによって民間の説得にVilsackは注力したかもしれない。一時は許されていたGMトウモロコシMON810を、政府が栽培禁止したことに対して不満を抱く農家もあるからだ。また、世界的に猛威を振るう豚流行性下痢ウイルス:Porcine Epidemic Diarrhea virus (PEDv)に対し、米国Harrisvaccines社が開発したワクチンの予備的研究が「有望だった」とするUSDAの発表を伝えた

 Vilsackの当地におけるもう一つのミッションは、OIE(World Organization for Animal Health:国際獣疫事務局)Bernard Vallat事務局長(フランス出身)訪問だ。OIE側発表によれば、抗菌剤使用、動物福祉基準(OIE傘下の「動物の衛生と福祉のための世界基金:World Animal Health and Welfare Fund」への寄付金提供を含む)、新たに発生した人畜共通伝染病とObama政権が提唱する「The Global Health Security Agenda」(国境のないウイルスに対するサーベランスなどの国際協調)などについて話合われた。

6月19日 アイルランドを訪問し、ダブリンにおいてAn Taoiseach Enda Kenny首相とSimon Coveney農相と会談し、その後Coveney農相と農相が所有するキルデア郡の酪農場を見学した。話合いは、TTPIのメリットと合意へ向けた協力要請だ。

 ここでは、既にブリュッセルでも披露されていたが、Vilsackから今回の訪欧最大の手土産が発表される。今後の2カ月で実施される米国による当該国施設のBSEに関する最終点検の結果が良ければ、アイルランドとオランダからの牛肉輸入を16年振りに再開するというのだ。

 さて、以上のVilsackミッションを総括すれば、(裏の話合いは知るべき手段もないが)少なくとも一般紙が報道している限りは、成功したとは言いがたい。各難問の根深さを測定し確認しただけで、GMOsやホルモンビーフなどは、EU安全性法規を変えないという大前提からTTIPの交渉テーブルにすらない、とするEU側の強烈な肘鉄を食らったからだ。

 ただ、TTIPはパッケージ交渉だから、様々なテーマがありテーマやサブテーマ間でのトレードオフもありうる。米国が農業テーマでは不退転の決意を持っているぞ!という意志表示だけは、伝わったかもしれない。

 TTIP交渉の第6ラウンドは、7月14日からブリュッセルにおいて開催される。EU側アジェンダには、当然乍ら単語として「genetically modified」も「hormone-treated beef」もない。米国側から「2.2. Technical Barriers to Trade」や「2.3. Sanitary and Phytosanitary Measures (SPS)」で言及されるのかもしれないが、果たしてVilsackミッション効果は反映されるのだろうか。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい