科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

中野 栄子

日経BPグループ勤務。03年~10年まで食の機能と安全を考える専門サイト「FoodScience」のウェブマスター

FoodSicenceその後

全頭検査の二の舞か

中野 栄子

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 4月に寄稿したまま、その後が続かなくて申し訳ありません。野暮用に忙殺されている間に、世の中は大変なことになっていました。4月末には、生の肉料理ユッケを食べた幼児を含む4人が腸管出血性大腸菌の食中毒によって亡くなるという悲惨な事故が起こり、7月に入ると、全国で放射性セシウムに汚染された稲わらを餌として与えた牛の肉から、規制値を超える放射性セシウムの検出が相次ぎ報告されました。今年は、牛肉にとって大変な厄年のようです。

 実際、ユッケ事件を引き起こした渦中の焼き肉店は経営が破綻しましたし、ほかにも多くの焼き肉店が倒産の危機にさらされていると聞きます。福島第1原子力発電所の事故の影響による食品の放射性セシウム汚染については、流通各社が風評被害防止に躍起になっています。

 ブランド牛で有名な山形牛を生産する山形県では7月24日、国の暫定規制値である1kg当たり500Bqを超える590Bqの放射性セシウムが検出され、25日には山形県が全頭検査を実施すると発表しました。1kg当たり500Bqの放射性セシウムに汚染された牛肉を、人体があびる放射線量に換算すると0.0065mSvで、1kg当たり1000Bqの牛肉なら、0.013mSvとなります。

 私が幼少期を過ごした1960年代は、その頃世界中で繰り広げられた核実験の影響を受け、おそらく福島第1原子力発電所事故の1万倍もの影響を受けているのではないでしょうか。そして、今はいい歳なので毎年人間ドックを受けており、レントゲンやらCTスキャン、MRIなど、思いっ切り放射線をあびています。加えて私は海外旅行が大好きで、休暇はいつも海外。成田-ニューヨーク間の片道飛行で受ける放射線量は0.1mSvということは、飛行機に乗るだけで年間1mSvは軽くあびている計算です。

 だからというわけではありませんが、美味しそうな山形牛が規制値を超えたために廃棄されたりするのを見るのは忍びないですし、国が買い上げるとなると税金の使途を追求したくなります。いっそ、お安くしていただけたら、滅多にありつけないご馳走を堪能するのに、と思うのです。もちろん、「規制値を超えても安全だから食べろ」といっているのではありません。身の回りにある放射性物質について、放射線量という量の概念をもって理解し、自分で納得する行動をとるべきだと思うのです。

 「子どものことを思い、ガイガーカウンターを買い、食材はすべてチェックしています」という若いお母さんをテレビで見ましたが、一方で「休暇は毎年家族でハワイです」と言っていたりします。ハワイの休暇が悪いのではなく、生鮮食品は信用できないと不安に思う気持ちが本当に気の毒です。

 そして、最悪なことに全頭検査をしようという意見まで飛び出しました。全頭検査とは聞き覚えのある言葉です。そう、2001年に日本で初めてBSE(牛海綿状脳症)が確認され、人々の食に対する不信感が一気に高まり、その信頼回復のために始めた検査が全頭検査です。ただし、全頭検査をしても、若い牛が感染している場合は検査をすりぬけることもあることから、科学的には意味がないとされています。BSEの全頭検査と同様、今回も検査によって安全を確保することが目的ではなく、風評被害防止のために「すべて検査をしています」という態度表明が目的のようです。

 27日は、流通大手のイオングループがプライベートブランドの国産牛について全頭検査を実施すると、テレビニュースで報じているのを見ました。映像で見る限りは、牛肉の大きなブロックを、ガイガーカウンターのような機器を当てて検査していましたが、それが全頭検査なのでしょうか。厚生労働省が有効だと示している全頭検査は、試料となる牛肉は1頭当たり正肉部分1kgをサンプリングし、フードカッターで細切、均一化したものを、数千万円もする「ゲルマニウム半導体検出器」を1時間稼動して調べます。計測したデータも、バックグラウンドデータなどと照らし合わせて、信頼性などを検討します。

 イオンのホームページを見ると、「ゲルマニウム半導体検出器」で検査をするとしているので、厚労省が認める確かな方法なのでしょう。しかし、テレビの映像では、この「ゲルマニウム半導体検出器」ではなく、門外漢が見ていかにも「放射線量を測定しています」と映る別の検査の様子が印象に残るものでした。

 BSEと同様に、検査の科学的な結果よりも、検査をしているポーズが国民を安心させることのようです。BSEで全頭検査が始まって10年、震災前は全頭検査についてほとんど話題にしなくなったと感じましたが、決して食のリスクへの理解が進んだのではなく、ほかの食の不安要因が増えたことなどが重なって、全頭検査問題自体が風化されつつあったというのが実態でしょう。そして、今、まさにBSEの全頭検査の二の舞が起ころうとしています。

 BSEは、厳格なリスク管理によってBSEリスクを抑えることに成功したのに、全頭検査こそがBSEリスクの低減に役立ったとの幻想が今でも強く残っています。食のリスクを下げるのは、あくまでも適切な管理によってであり、検査をしても下げることができません。検査は、管理が適切になされているかどうかの確認のために行うものです。こうした食のリスクへの考え方が10年前に逆戻りした感で、残念な気分です。もっとも、千年に1度の大震災であり、食のリスクへの考え方も、もう一度スタート時点に立ち返り、理解し直すチャンスと見れば、少しは希望が持てそうです。私自身、我が身を振り返る好機とらえ、ここで気を引き締めて勉強を続けていきたいと思います。

 ところで、福島第1原発の事故以来、放射性物質の除染方法が取り沙汰されており、松永和紀編集長も『「健康食品で解毒」を信じてはいけない』と書かれておられます。事故後1カ月たった頃だったか、被ばくに効く(放射性物質を除染できる)という健康食品を販売し、1000人以上から約2400万円を騙し取った男らが逮捕されるという事件がありました。その健康食品には、被ばくに効くという医学的な根拠がないというのが逮捕の理由です。

 「やっぱり出たか」と思ったのが率直なところです。というのも、人々の不安につけこんで、その不安を解消する商品ですよと言って売りつけるのは、詐欺の常套手段であり、これまでにも世の中に新たな不安が出てくると、その都度新たな詐欺商法が出てきたからです。

 そして、類似の商法としてここ数年ずっと気になっていたのが、食品添加物に対して不安を抱いている人に「これなら安心ですよ」と言って「無添加食品」を売る無添加商売。実は冒頭の野暮用とは、この商売の仕組みを知り、多くの人が不安に陥ることから回避できたらという願いから、これをテーマにした本を作っていたのでした。近畿大学准教授で経済学者の有路昌彦さんにお願いして『無添加はかえって危ない』(日経BPコンサルティング刊)を著してもらいました。8月1日より全国書店で発売します。アマゾンや日経BP書店などネット書店にも置いていますので、サイトを覗いていただければ幸いです。

執筆者

中野 栄子

日経BPグループ勤務。03年~10年まで食の機能と安全を考える専門サイト「FoodScience」のウェブマスター

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食、健康、医療を中心に取材執筆活動継続中。その中から、やっぱり気になる「食への誤解」をコミュニケーションの観点で考えます