投稿コーナー
連載陣とは別に、多くの方々からのご寄稿を受け付けます。info@foocom.netへご連絡ください。事務局で検討のうえ、掲載させていただきます。お断りする場合もありますので、ご了承ください
連載陣とは別に、多くの方々からのご寄稿を受け付けます。info@foocom.netへご連絡ください。事務局で検討のうえ、掲載させていただきます。お断りする場合もありますので、ご了承ください
秋の青空を背景にして、たわわに実をつけた柿の姿は日本の原風景の一つと言えるでしょう。
私の住む家の近く(埼玉県)を散策しただけでも、富有柿、次郎柿、甲州百目柿、江戸一柿、御所柿、太秋、筆柿、鶴の子などの品種が豊かに実っていました。一方で品種名がわからないと農家に言われた柿も珍しくありません。さらに皇居東御苑まで足を運んで、今ではあまり栽培されなくなった禅寺丸などの古品種6種類に出会えました。
カキには多くの品種があります。江戸時代に書かれた『農業全書』には品種の数が非常に多いこと、『本草綱目啓蒙』には200余種あること、最近発行された三輪正幸著の『カキ』(NHK出版)には一説には1000以上の品種があることが紹介されています。驚いたのは筑波常治著の『農業博物誌3』(玉川大学出版部)での記述です。「カキの品種があまりに多いので、農林省興津園芸試験場が1910年~11年(明治43年~44年)に全国に呼び掛けてカキの品種を蒐集したところ、たちどころに5,000品種も集まり、それでさえ「唯此種の調査の一端にすぎず」というありさまだった」と記されていました。
このように品種に富んだカキについて、江戸時代の元禄10年(1697年)宮﨑安貞編の『農業全書』では、「柿の七絶」という言葉で、カキが他の木よりも優れていることが述べられています。宮﨑安貞は、大倉永常、佐藤信淵とともに「江戸時代の三大農学者」と呼ばれた人物です。「柿の七絶」という言葉は、江戸時代中期に寺島良安により編纂され、正徳2年(1712年)成立した日本の類書(百科事典)『和漢三才図会』(わかんさんさいずえ)の中にも記載されています。
この言葉についてさらに調べると、江戸時代のこれらの本がオリジナルではなく、はるか昔の唐の時代に、中国の学者で文人の段成式が著した『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という書物に「柿の七絶」の記述があり、7つの項目や順序までが日本の『農業全書』や『和漢三才図会』と同じであることが分かりました。はるかに古い時代の中国から伝わってきた言葉だったのです。
「柿の七絶」と呼ばれる柿が持つ優れた七つとはつぎのような性質を指します。(カッコ内は著者注)
一 久しくいのちながし(木の寿命がたいそう長い)
『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)」の「柿の七絶」より
二 日かげ多し(日陰を多く作る)
三 鳥の巣なし(鳥が巣を掛けない)
四 虫の付く事なし(虫が加害しない)
五 霜葉愛しつべし(紅葉がとても美しい)
六 実すぐれてよき菓子なり(果実がすぐれておいしい)
七 落葉田畑に入て却て肥ゆる物なり(落ち葉を田畑入れると土地がますます肥沃になる)
『農業全書』では、「柿を植えておくといろいろ役立つことがあるので、余地があるなら屋敷周りに必ず植えておくこと」を勧めています。さらに、「世のなかの役に立つ木は人家から遠い人の行き来の稀なところでは、どんなに肥えた土地であっても生育しないのが道理である。なかでも実の大きい果樹は朝夕人家の煙に触れ、根の先が家の下まで伸びはびこるほど近くに植えておかないと、実は良くならないものだ」と記され、柿と人間の生活とが近いことがよく示されています。
柿はそのまま食べるだけでなく、渋柿は干し柿にしたり、剥いた皮を干して甘みを出すために漬物に入れたりすることもよく行われています。
栽培している人には品種名や渋柿か甘柿であるかや、渋柿ならば渋抜きの方法、柿の木の枝は折れやすいので、全国各地に「柿の木から落ちると命を失う」という俗信があって、危ないから柿の木に登ってはいけないと教えられた子供のころのエピソードなどを教えてくれる人もいます。これは私も親から何度も言われたことです。それらの話の中で特に私の印象に残ったのは「江戸一柿」と「鶴の子柿」でした。
「江戸一柿」は、果頂部に同心円状のクラック(条紋)を生じる果実と生じない果実が同じ木に混在するカキです。条紋を生じた果実は全体または部分的に甘くて、美味しく食べられました。条紋があることで見た目から敬遠され、市場には余り出回らないようです。(上の2個は渋く、下の2個が甘い)
「鶴の子柿」は、京都の宇治の茶園で霜よけに使われてきた完全渋柿です。七絶の二の「日かげ多し」につながるように思われます。
ここ埼玉県の「鶴の子柿」は同名ですが、別品種の甘柿です。渋抜きせず、そのまま美味しく食べられました。
「柿の七絶」に対して、柿の産地である奈良県が、平成29年ごろに「新・柿の健康七絶」として、柿が健康に寄与する優れた七つの性質を取り上げていることをWeb上で知りました。そこでは、カキが持つ、豊富なビタミンCやミネラル類、食物繊維や低カロリーなどが挙げられています。
「柿の七絶」が栽培者の視点から書かれているのに比べると「新・柿の健康七雑」はどちらかというと消費者の視点から書かれているのが特徴です。
しかし、健康に良いからと言って無制限に食べてよいわけではないでしょう。
江戸時代の『本朝食鑑』は生柿をたくさん食べることを戒めていますし、『農業全書』も、「果樹を食べるのは大人も子供もほどほどにして食べすぎるな」と記しています。
柿をたくさん食べると、胃の中に「柿胃石」ができ苦しむばかりでなく、取り出すのに手術を要することもあるようです。いくら美味しくても一度に食べるのはほどほどにしたいものです。
参考文献
『カキ 12か月栽培ナビ』 三輪正幸 NHK出版(2022年)
『柿』今井敬潤 法政大学出版局(2021年)
『農業博物誌2』 筑波常治 玉川大学出版部(1979年)
『農業博物誌3』 筑波常治 玉川大学出版部(1983年)
連載陣とは別に、多くの方々からのご寄稿を受け付けます。info@foocom.netへご連絡ください。事務局で検討のうえ、掲載させていただきます。お断りする場合もありますので、ご了承ください