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連載陣とは別に、多くの方々からのご寄稿を受け付けます。info@foocom.netへご連絡ください。事務局で検討のうえ、掲載させていただきます。お断りする場合もありますので、ご了承ください
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柏田雄三(昆虫芸術研究家)著
最近「昆虫食」という言葉をよく耳にするようになりました。昆虫は食料として世界各地で食べられてきました。イナゴ、蜂の子、ザザムシなどを口にされた方もおられることでしょう。旅行先の土産物店で見かけることも少なくありません。
昆虫食研究の三橋淳博士の著書には、世界でどのような昆虫がどのように食べられているのか、栄養面のデータ、文化的な側面に至るまで詳しく解説されています。近年では、見た目で逡巡されがちな昆虫を上手に料理する工夫についての出版、発表やそれを実行する企画も行われています。
世界的にはFAO(国際連合食糧農業機関)が2013年に発出した昆虫食に関するレポートが注目を集めました
食料としてばかりでなく、さまざまな分野で役立っている昆虫がいます。
人間にとって危険だとか、とんでもない食材を口にする生き物が自然界にはたくさんいて、哺乳動物の排泄物を片付ける一部の甲虫(こうちゅう)類もその仲間です。「ファーブル昆虫記」の初めに登場するフンコロガシはその一種で、これらの昆虫は「糞虫」と呼ばれ、環境におけるお掃除屋さんとして生態系の中で大切な役割を果たしているのです。
オーストラリアで海外から導入・放牧されたウシの糞を土着の糞虫たちが処理できずに、大量の牛糞が蓄積したうえ疫病を引き起こすハエの発生が問題になったとき、外国から導入、放飼された糞虫類によって問題が改善されたことが知られています。
古代エジプトでは「ヒジリタマオシコガネ(スカラベ)」が神聖な虫として崇められました。ツタンカーメン王の胸飾りなどでもその形を見ることが出来ます。
この記事では、そんな「糞虫」の読みに絞って話題を提供します。用語の使い方や読み方は大切なことです。「糞虫」の読みには主に「クソムシ」「フンチュウ」の二種類があるので、そのことについて整理してみました。大きな国語辞典が何種類も出版されているように、あまりきれいでない用語の話題となりますが、お付き合いいただければと思います。
「糞虫」は動物の排泄物(糞)に集まって分解するダイコクコガネ、センチコガネなど甲虫の一群を指す用語です。自分では昆虫採集をしていた子供のころから「クソムシ」と呼び、周囲の人もそうだった記憶があります。ところが、いまでは「フンチュウ」と読むのが一般的なようです。Wikipediaでも「ふんちゅう」の読みになっています。この二つの読みについて国語辞典や事典類、図鑑、単行本などを調べてみました。
以下「クソムシ、くそむし」をⒶ、「フンチュウ、ふんちゅう、フン虫」をⒷとして記します。
寺島良安が編纂した江戸時代中期の百科事典『和漢三才図会』には、「蜣蜋」(和名は久曾無之)(せんちむし、くそむし)の項目があり、当時からⒶの「クソムシ」の読みがあったことが分かります。「せんち」とはセンチコガネの名前にあるように便所(雪隠(せっちん))のことです。そこには、甲虫の絵と中国の『本草綱目』からの、糞を転がして穴に埋める糞虫の生態が記されています。
国語辞典の代表選手とした『広辞苑』(岩波書店)では、第1版(1955)から最新の第7版(2018)のすべてがⒶで、第1版と第2版では「屎虫」、第3版以降は「糞虫」の漢字が記されています。定義に大きな差はなく、第7版では次のようになっています。「①成虫・幼虫が動物の糞を食うコガネムシ科の甲虫の一群。ダイコクコガネ・マグソコガネ・タマオシコガネ(スカラベ)の類。②糞中にわく蛆。」
その他数社の国語辞典を調べた範囲でもすべてがⒶでした。『日本国語辞典』(小学館1972)には、Ⓑもありましたが「糞壺・糞溜に中に生息する虫、腐った土に生じる虫」と、いわゆる「糞虫」とは異なった定義で使われています。
事典や図鑑、全集ではどうでしょうか。『朝日=ラルース週刊世界動物百科』(1974)と『大百科事典』(平凡社1984)、『世界大博物図鑑1「蟲類」』(平凡社1991)ではⒶ、『日本動物大百科 昆虫Ⅲ』(平凡社 1998)、『昆虫学大辞典』(朝倉書店2003)ではⒷでした。
単行本、学会誌について発行年が古い順に列記します(出版社名は省略)。同じ著者による複数の本がある場合には、Ⓐでは新しい本を、Ⓑでは古い本を挙げました。これらのほかに、フリガナが無く読みが不明な本が少なくありませんでした。
Ⓐ「くそむし」と読む事例
『日本昆虫記Ⅳ』から「クソムシの巣」水田国康 (1959)
『どくとるマンボウ昆虫記』北杜夫(1961)
『少年少女ファーブル昆虫記 1玉ころがしの観察』中村浩訳(1979)
『少年少女ファーブル昆虫記Ⅰたまころがしの生活 改訂新版』古川晴男訳(1985)
『完訳 ファーブル昆虫記Ⅰ』 山田吉彦他訳(1989)
『手塚治虫の昆虫博覧会』(1998)
『命の細道あちらこちら』 栃本忠良(2018)
Ⓑ「ふんちゅう」と読む事例
『虫のはなしⅢ』梅谷献二編著の「自然の清掃人-糞虫の利用―」の項 桐谷圭治(1985)
『昆虫と付き合う本 生態研究の面白さ』長谷川仁編の「草原の緑を守る糞虫たち」の項 奥本大三郎(1987)
『昆虫博物館』 石井象二郎 (1988)
『変な虫はすごい虫』 安富和男 (1995)
『広島虫の会報』「広島県産 フン虫の記録追加(1)」 水田國康(1997)
『手塚治虫の昆虫博覧会』(1998)小林準治による解説部分
『昆虫にとってコンビニとは何か?』 高橋敬一(2006)
『ファーブルにまなぶ 昆虫記刊行100年記念日仏共同企画』から「糞虫の巣づくりと親子関係」の項 佐藤宏明(2007)
『昆虫未来学-四億年の「知恵」に学ぶ-』 藤崎憲治 (2010)
『昆虫はすごい』 丸山宗利 (2014)
『農学が世界を救う!食料・生命・環境をめぐる科学の挑戦』 生源寺眞一他編著(2017)
『応用動物学・応用昆虫学 学術用語集』日本応用動物昆虫学会(2019)
『博士の愛したジミな昆虫』 金子修治他編著から「多様なムシの集まり、食うか食われるか!」の章 安田弘法(2020)
『フン虫に夢中 ウンチを食べる昆虫を追いつづけて』
いどきえり 解説:中村圭一(ならまち糞(ふん)虫(ちゅう)館館長)(2020)
これらの調査で、江戸時代に「くそむし」の読みがあり、国語辞書編纂の言語学者は「くそむし」と呼ぶ一方で、昆虫学の世界では初めの「くそむし」から1980年~90年代に「ふんちゅう」へと読み方が変わっていったように見受けられます。1940年代ごろ生まれの何人かの昆虫学者や甲虫好きからは「昔はくそむしと言っていた」との体験談も得られましたが、二つの読みの歴史や変化などについてご存知の方には出会えませんでした。
上記の中で、水田国康(國康)氏が1959年には「クソムシ」、1997年には「フン虫」の読みを与えています。この間に何かの理由が生じたのかもしれません
最近では、漢字の「糞」を使わずに「ふん虫」「フン虫」とする表現が使われることもあるようです。イメージによって「糞」という文字まで遠ざけられているとしたら、お掃除屋さんの虫たちに気の毒な気がします。
それでも、「マグソコガネ」や虫の糞に似た形をした「ムシクソハムシ」、昆虫以外でも「クソミミズ」、植物では「クソニンジン」、葉などをつぶすと嫌な臭いがする「ヘクソカズラ」などの生きものの名前があります。ヘクソカズラは「クソカズラ(屎葛)」として万葉集に詠まれている歴史のある名前なのです。
名前が気に入らないからという理由だけで、嫌われることの無いようになってほしいと改めて思いました。
昆虫に関する膨大な数の著作物を調べきることはとてもできませんが、今回の調査は図書館通いに加え、お名前を割愛した何人もの昆虫の研究者や友人たちの協力を得て行ったものです。
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