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執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

若い女性の「痩せ方」にモラルを

平川 あずさ

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加齢とともに、身体にかたるみが出てきたり輪郭が変わってきたり・・・・自分の中では若い頃の自分の意識のままなのに、ショーウインドウに映る自分の姿を見て愕然とする経験をした人は少なくはないのではないだろうか。そんな話を聞けば、若い女性たちの「痩せ願望」は今から努力しなくてはと、ますます強くなるだろう。けれども「痩せ」にも超えてはいけない一線がある。

●遺伝子の働きが変化し、三世代先まで続く健康リスク

年をとってから体型が変化するのがイヤだからと、若いうちからそれに備えて「頑張り過ぎる」傾向になる人が多い。多くの若い女性たちが持っている「痩せ願望」がもたらす低栄養は、三世代先までの子どもたちの健康を脅かすとされ、問題になっている。

「妊産婦の栄養状態が大変乱れている」と指摘するのは、産婦人科医の福岡秀興氏(早稲田大学理工学術院理工学研究所研究院教授)(*1)。福岡氏によれば、今でも専門家の間ですら言われている「小さく産んで大きく育てる」は間違いで、妊娠可能な女性たちの痩せが、妊娠女性の低栄養状態を生み、さらに出生体重2500g以下の子どもが生まれてくる連鎖を起こしているという。この子どもたちはお腹の中で、低栄養状態を10ヶ月過ごしているので、遺伝子の働きが飢餓の代謝に適応するように変化してしまうというのだ。飢餓の代謝に慣れているということは生まれてからの栄養素の吸収率が高いとも言える。このことが「過栄養状態」の環境下ではマイナス要素として作用することにつながる。

2,500g 未満で生まれてくると、大きくなって糖尿病になったり、高血圧になったり、心筋梗塞になったりなど、いわゆる生活習慣病になるリスクが高いということが分かっている(*2)。福岡氏によれば、痩せている女性のほうが 2,500g 未満の子どもを出産する確率が高く、さらには、「出産時」のみではなく「妊娠時」の痩せが問題であることもわかってきているという(*3)。そうなれば、栄養バランスについては高校生のときからずっと気をつける必要がある。

さて、ユニセフのデータによれば、インドや中国の一部などの発展途上国において2500g以下の低体重出生児は2千万人以上いて、この原因は明らかに紛争によるものや飢餓からくる低栄養である。低栄養による低体重出生児は先進国ではどれほど多くはないのだが、日本は先進国の中では例外でずば抜けて高い。平成28年度の人口動態統計によれば、低体重出生児は、男8.4%、女10.7%となっている(図1)。

性別にみた出生時平均体重及び2,500g未満出生数割合の年次推移-昭和50~平成26年- http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/81-1a2.pdf

性別にみた出生時平均体重及び2,500g未満出生数割合の年次推移-昭和50~平成26年-
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/81-1a2.pdf

(図1の説明)出生時平均体重はこの39年間で男女ともに約200g減少した。年次推移をみると男女とも減少傾向であったが、男は平成21年以降、女は17年以降横ばいとなっており、平成26年は男3.04㎏、女2.96㎏となっている。また、全出生数に対する2500g未満出生数割合をみると、男女とも増加傾向であったが、近年は横ばいとなり、平成26年は男8.4%、女10.7%となっている。妊娠期間別出生数割合をみると、早期(満37週未満)は緩やかな増加傾向にあったが、近年は横ばいとなっている。正期(満37~41週)は昭和60年代前半頃まで増加していたが、その後は横ばいが続いている。過期(満42週以上)は、昭和55年に6万9873人で全出生数の4.4%を占めていたが、年々減少し、平成26年は2435人で0.2%となっている。

日本では経済格差が広がって貧困問題が生じているために、発展途上国と同じように低栄養による低体重出生児がじわじわと増えてきているという説もある。しかし日本の場合は、多くの女性たちは、経済的理由ではなくて強い「痩せ願望」が低栄養問題を引き起こしていると考えられる。これは明らかに、選ぶ「食品」、口に運ぶ「食べもの」一つで解決できるものだ。

●身体の「細さ」ではなく、肉体美や身体機能のアップを
物質的に恵まれた日本では、一見すると栄養の不足によって体調を崩している人がいるようには感じられないが、厚生労働省の平成25年度国民健康・栄養調査を見ると、実際には多くの栄養素に摂取不足が見られる。とくに摂取状況が思わしくないのは20代の女性である。(図2)

図1

これを見ると、20代の女性は多くの栄養素に摂取不足が見られる。とくに欠乏がひどいのは、ビタミンではA、ミネラルでは鉄だということが読み取れる(*4)。これだけでも大変な状況だが、実際にはこのデータは「平均値」なので、個別で見るとさらに状況は深刻だと推測される。そして、摂取不足のいずれもが妊産婦に必要な栄養素である。

妊産婦の痩せすぎを防ぐためには、その前段階の女子大学生や女子高校生の痩せすぎを防がなくてはならない。さらには、女子高生の痩せすぎを防ぐにはその前からの食教育が重要になる。子どもにどんな食事をさせるのかは、やはり親の影響が大きい。子どもが「痩せたい」といっても、まずは痩せる必要がある状態なのかどうかを、親子で話し合う必要があるだろう。たとえ痩せる必要があったとしても、野菜サラダなどの低エネルギーのものだけを選ばせたり、安易に整腸剤を与えたりするのではなく、栄養素のバランスを考えて欲しい。栄養価の高い食品をバランスよくそして適量摂取することが、痩せていても美しい肉体を作る。美しさは「痩せ」ていることとイコールではない。正しい姿勢であったり、その背骨を支える筋肉と適度な脂肪こそが、美しい肉体の基本となる。

腸の働きが活発になれば栄養素の吸収もよくなり、皮膚の形成に必要な栄養素が行き届き美しい肌状態を保つことにつながる。よく噛んで食べれば顎が発達して、顔の輪郭もしっかりとする。そして何より、よく食べてよく身体を動かすことは、元気になれる。「痩せている(細さ)=美しい」と思っている若い女性がいるとすれば、美しさについても、今一度考え直して欲しい。

一方で、子どもの頃からの「食」と生活習慣の積み重ねが生殖機能を司ることはいつの間にか軽視されているように感じる。私たちが子どもの頃は、祖母や母や周りの人、いや社会的にも、女子の身体についてもっと気を配ってくれていたように思う。祖母の時代では、そもそも医療が今よりも進歩していなかったから、2500g以下の低体重では無事に生まれてくることは少なかったのではなかろうか。たとえ無事に出産してもすぐに亡くなってしまうケースもあっただろう。そのため無事に出産するためにもきちんと食べなさいと言われていたと思う。近年では医療が進歩したおかげで、低体重児でも無事に生まれてくることが多くなった。その結果、別の問題が生じてきたといえよう。
また、妊婦に不足しがちな栄養素はサプリメントで取ることができるようになったと考える人もいるかもしれない。しかし、普段の食事が大切なのであり、サプリメントはあくまで「補助」であることを再認識しておきたい。食事の場合はゆっくりと消化されるので、血中に栄養素は少しずつ適度なペースで身体を巡り赤ちゃんにも少しずつ届く。サプリメントを主にしているようなケースでは、急激に栄養成分が血中に入るため、瞬間的に高濃度になったとしても一過性で結局は尿中に排泄されるものもある。すべての栄養素が十分に使われるわけではなく、期待通りの栄養が母体に届かないのである。

痩せたお母さんからは栄養不足の赤ちゃんが生まれ、その赤ちゃんが大きくなって妊娠すると(たとえその時点では栄養が十分ではあっても)次の世代の赤ちゃんも低体重で生まれる可能性が大きいことがわかってきた。ということは、妊娠する以前から痩せすぎを避けていなければならない。三世代先までの健康リスクを考えたら、自分さえよければいいでは済まされない。「痩せ方」にもモラルが必要だ。

*1 2016年7月27日開催「第43回メディアミルクセミナー」(Jミルク主催)の取材を元に執筆。

*2  de Boo HA, Harding JE. The developmental origins of adult disease (Barker) hypothesis. Aust N Z J Obstet Gynaecol. 2006 Feb;46(1):4-14.

*3 Jpn.J.Nutr.Diet. 2010;68(1):3-7.

*4 参考;医と食. vol.8 No.4特集http://itoshoku.com/2016/08/01/8-4/

執筆者

平川 あずさ

食生活ジャーナリスト、管理栄養士。公益社団法人「生命科学振興会」の隔月誌「医と食」副編集長

あずさの個別化栄養学

食べることは子どものころから蓄積されて、嗜好も体質も一人一人違う。その人その人の物語に寄り添うNarrative Medicineとしての栄養学を伝えたい