目指せ!リスコミ道
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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中国製冷凍ギョーザ事件を機に、国や地方自治体主催による輸入食品のリスクコミュニケーションの機会が増えている。大いに結構なことのはずだが、時に首を傾げたくなるような内容もある。先日、横浜で開催された農林水産省神奈川農政事務所の輸入食品セミナーは、輸入食品に不安感を持つ消費者をさらに不安にさせる内容で、「だから国内自給率を上げましょう」という流れに、思わず考えさせられてしまった。
今回傍聴したのは、神奈川農政事務所が2月5日に横浜で開催した「ここが気になる輸入食品〜食の安全・安心セミナー〜」である。地方の農政事務所が輸入食品を取り上げるとどのようなリスコミになるのか、講演者の湘南短期大学相原まり子教授のお話も伺ったことがなく、「新しい話が聴けるかも」と期待して出かけたのだ。開催場所が、検疫所もあって市の輸入食品安全確保対策が充実している横浜だから、地道な安全確保対策がきちんと説明されるリスコミの王道が展開されるのだろうとの期待もあった。講演後の事業者取り組み報告事例は生協ユーコープ事業連合で、そのプログラムも王道である。当日の参加者は定員を超える70人で、開会挨拶でこの問題が今でも消費者の関心事であることが紹介された。
相原教授の講演内容の目次は、自給率の推移、輸入食品の監視統計、検疫所、違反事例、関連法律と続く。この目次だけみると輸入食品の安全性を担うお役所のような内容である。相原教授は看護学科の学生さんに教えているそうで、流れるような講義口調に、思わず学生になった気分である。しかし、ところどころにカチッと違和感がある。例えば、「輸入食品の有用性」のスライドでは、「国内にないもの入手できる」「価格が安い」に続いて「粗悪品」「生産地の衛生状態不明」「生産者の様子が不明」「製品の製造工程が不明」と説明される。あれれ、輸入食品は粗悪品ですか?
そうかと思うと、2008年度輸入食品監視統計に話が移る。届出件数、検査件数のうち1150件が積戻し、廃棄、食用外転用となり、中国の違反が多いことが紹介される。講演では検疫所の役割が簡単に紹介され、年間の違反事例がいかに多いか、その内容に時間の多くが割かれた—-。時にリアルな数字が用いられ、たとえばメキシコ産生鮮アボカド3040箱1万8240kgが残留農薬アセフェート0.02ppm検出により回収、廃棄処分などと残留農薬違反事例の代表として紹介される。だが、その数字の超過がどんな意味があるのかは、説明されない。そんなものまで回収されるほど、輸入食品の安全性は厳しく管理されているという事例なのかと思ったのだが、どうもそうではないらしい。
続いて「世界の食品衛生は日本には無関係ではない」というスライドでは、米国でサルモネラやリステリア菌の汚染が増加していること、生野菜や果実によるものが増加していることが紹介される。カリフォルニア州ではレタスで病原性大腸菌による食中毒が発生し、カット野菜やカット果実による汚染を大いに問題視しており、日本では食中毒の死亡者は4人なのに米国は5200人にも上るという。米国からカット青果物が日本向けに輸出されるわけでもないので、輸入食品の安全性とは直接関係ないと思うのだけれども、どうもそういう簡便なものがお嫌いらしい。
結局、日本が水際で輸入食品の安全対策のためにどのような施策を取っているかという具体的な話は聞くことができないまま、最後に食品安全委員会と食品安全基本法について紹介された。食品安全基本法では「情報提供、意見を述べる機会の付与、関係者相互間の情報と意見の交換、リスクコミュニケーション」が明文化されていることが紹介されて、リスコミの重要性についても触れられている。
まとめでは「消費者が食品の正しい知識を身に付ける」と、ごもっともなご意見とともに、「出来る限り地元で生産したものを選ぶ」「輸入食品は出来る限り多種類の検査を行う」と続き、「農薬やホルモン剤は世界共通の使用基準とする」という提言が行われた。相原教授のお話では「基準は国によって異なるから、できるだけ共通の使用基準が望ましい」ということだが、世界共通使用基準ってどういうことだろう。そういえばCodexやSPS協定の話は全く出てこなかったけど、それらを踏まえての話なのだろうか。謎である。また、スライドには明文化されていなかったが、いきなり「日本に輸入される食品添加物は年間46万トンもあると言う事実を皆さん、ご存知ですか?」と問われて、私の理解力はもう尽きてしまった。
最後に相原教授は配布されたレジメを読み上げ、食品の自給率が低下したことを憂慮して次のようにまとめられた。「国は輸入食品の安全確保に関する法規制を強化し、一層安全性の確保に必要な措置を講ずるとともに検査結果を公表し、発生した被害の対策を速やかに公表することが重要といえる。また消費者も知識を高め、極力良質な国内生産された食品を選択し国内依存度を高めることが重要である。国内生産が不可能な食品のうち、良質な食品を厳選輸入することが求められている」。
最後の一文「国内生産が不可能な食品のうち、良質な食品を厳選輸入することが求められている」が結論なのである。それって、タイ人が聞いたら怒るぞ!と思ってしまう。タイ在住の間、日本向け輸出の食品生産に携わるタイ人がいかに努力しているのか、生産者、工場の衛生管理者、学識者、行政関係者の話を聞いてきた。彼らは国内向けに作っている食品よりもはるかに厳しい管理手法で、一生懸命勉強して、飛び切りのものを作って日本に輸出している。それでも検査にひっかかってシップバックされている。商売だからと言ってしまえばそれまでだが、そんな場面を知ることなく「粗悪品」とか言って。タイ人は親切だからいいけど、中国人だったら怒って日本なんか売ってやらない、とか言われかねない(もう言われているか)。
続いて事業者の取り組みとして、ユーコープ事業連合安全政策推進部の担当者が、中国製冷凍ギョーザ中毒事故以降、品質保証体験をいかに再構築したかというとても具体的な話をされた。輸入食品のリスコミとして相応しい内容であった
セミナーでは質疑応答の時間も1時間程度設けられて、講師2人に加えて、農政事務所から所長、部長、課長の6人が前に座って消費者からの質問を受ける形で行われた。一般消費者から「添加物や遺伝子組み換え食品を、主婦としてどう付き合えばいいか、全体的な話よりも具体的な話を聴きたかった」という質問が出たが、これに対して相原教授は「遺伝子組み換え食品は安全性については不確定なところがあり、安全とはいえないと個人的には思っています」と答えた。
農政事務所事務所の回答としては「遺伝子組み換え食品はこれまで人類が食べたことのないもので、ごく最近出来た技術で長い間食べたことがなく、今の科学的知見は何ともしょうがない。今のところ安全である」と説明した。最後にとってつけたような安全と言ってはみたものの、何の説明もないままである。
さらに、「これだけ輸入食品の違反事例があるのだから、すべてのデータを公表してほしい」という質問に対して、農政事務所側の回答として「検疫所の関係で取り扱っているデータは、厚生労働省では分かっている。輸入食品の監視指導結果として公表している」であった。そう、違反事例の詳細は公表されてホームページで見ることができる。その概要も説明してほしかった。国産と輸入品の残留農薬超過事例がほとんど変わらないことが毎年公表されていることも。管轄が違えばそんな説明も難しいのだろうか。
これでは参加者の感想は、「輸入食品は違反だらけで、その実態もよく分からない」ということになってしまう。輸入食品に不安を感じる消費者が参加するリスコミで、余計不安にさせるような内容でよいのだろうか。会場からの「自給率40%という問題がずっと言われている。フランスを見習って欲しい。自分たちの食糧が確保できないということは、本当に人間の根源にかかわることで、これを危機と受け止めて欲しい」という意見に、農政事務所は「貴重なご意見で、私たちも自給率の向上に活かして行きたいと思う」としっかり受け止めた。それが狙いだったのか。
輸入食品イコール不安で、国産食品安全神話によって自給率の向上を目指す。これ自体は新しいことではない。食育の現場ではよく使われるし、相原教授の講演も食育として聴けば違和感はないのだろう。高校生の息子の家庭科教材にも同じようなことが書かれているし、期末テストには摂りたくない食品添加物一覧が出る。息子は、輸入青果物に用いられる防かび剤のOPP(オルトフェニールフェノール)やTBZ(チアベンダゾール)を、その1つとして覚えさせられるのだ。そんな現状を考えれば、相原教授のお話は、一般消費者にとって家庭科の延長にある、ごく普通の話に過ぎない。目くじらをたてることもないのかもしれない。
ただ、そのロジックを輸入食品の安全セミナーで持ち出すことについてはどうだろうか。消費者に対するキーメッセージが、食品自給率の向上であれば、正々堂々とそのテーマを掲げて議論すればいいではないか。何も輸入食品を持ち出して、消費者を釣ることもあるまい。
税金を使って国や地方自治体が行うリスコミはとにかく良いこととされ、その内容が検証されることはないのだろうか。検証するとすれば誰が主体となるのが望ましいのか。考え込んでいる。(消費生活コンサルタント 森田満樹)