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アジアのバイオ燃料政策に日本は役割をどう果たす?

森田 満樹

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 新年度を迎えた昨日1日より、日本では値上げに踏み切った食品の品目が拡大しているが、ここタイでも、食品の値はじわじわと上がっている。値上げは、国際的な原油価格や穀物価格の高騰によるものだが、代替エネルギーとなるバイオ燃料の需要増大が穀物価格の変動に大きな影響を与えている。バイオ燃料といえば、トウモロコシやサトウキビを原料としたバイオエタノールが知られているが、今、アジアでは食糧と競合しないセルロース系などの植物に着目して、バイオ燃料の拡大を目指す動きがあることをご存知だろうか。先日、日本の農林水産省とAPEC農業技術協力作業部会がバンコクで開催した「バイオ燃料政策に関する国際シンポジウム」を傍聴する機会を得た。ここから、アジアを中心としたバイオ燃料の取り組みについて紹介する。

 「バイオ燃料政策に関する国際シンポジウム」は去る2月25、26日、バンコクの国際会議場で開催された。会議の目的は、来る洞爺湖サミットに先駆けて、日本型バイオ燃料拡大対策をアジアへ発信するというもので、日本におけるバイオマス戦略が基調講演として紹介され、持続可能なバイオ燃料生産の利用拡大を目指して、アジア各国の政策担当者によるパネルディスカッションが行われた。

 バイオ燃料には、バイオエタノール(糖質、でんぷん、セルロース系が原料)とバイオディーゼル(植物油、廃食油が原料)の2種類があるが、生産量は年々増加の一途をたどっている。特にバイオエタノールは世界の生産量の7割を米国とブラジルが占めているが、トウモロコシやサトウキビを原料とするため食糧と競合して穀物高騰を招き、生産者や酪農家にも大きなダメージを与えていることは周知のとおりだ。

 食糧と競合しないバイオ燃料の開発が果たして可能か—-。日本におけるバイオマス戦略では、食糧の安定供給を前提に掲げて、未利用物質系や廃棄物質系のバイオマスを中心にモデル事業や研究が進められている。2007年末時点で、国内7カ所において規格外のコムギや木材廃棄物を用いたバイオエタノールの実証試験が行われたそうだが、実用的なプラントはまだなく、その生産量は僅か30kLに過ぎない。

 今後は食料の安定供給と環境持続性に配慮しつつ、30年には6万kLという目標を掲げて、生産を増やしていくという。そのためにイネわらなどのセルロース系からのバイオエタノール生産の研究や、バイオマスに適した品種の創出など品種改良を進め、実証試験を行い、減税措置を講じて普及に拍車をかけるという戦略だ。

 品種改良の実例としては紹介されたのは、食用の通常のイネに比べて高収量のイネ「北陸193号」で、背丈が高くて味はおいしくないが、2倍の収量がありセルロース部分が多い。コメを休耕田に植えて収量を確認する実証実験も行われており、コスト面での課題は残すものの、日本におけるバイオ燃料の創出という点で注目されている。また、品種改良の延長として遺伝子組み換え技術も視野に入れているのかどうか担当者に質問したところ、今ある技術はすべて使う、遺伝子組み換え技術も当然その中に入るということで、さらなる国産バイオ燃料の拡大を目指すという意気込みだ。

 その後のディスカッションの中で、アジア各国のさまざまな取り組みが紹介されたが、バイオ燃料政策の光の部分に異を唱えた国がインドだ。インドの政策担当者は、インドではバイオ燃料政策で産業界が浮き足立っているが、貧しいインド人から食を奪っているのではないかと問題提起を行った。

 インドでは深刻な水不足に悩んでおり、バイオ燃料生産を拡大させることで、水不足はいっそう深刻化する一面があるという。インドでは8億人もの人口がいるが世界のエネルギーの3%しか消費せず、水資源は4%に過ぎない。インド人の7割が雨水利用の中で、サトウキビの栽培は持続可能ではなく代替生産方法を探らなければならないという。また食糧生産と競合しないジャトロファ(アブラギリ:写真)であれば、バイオディーゼルの原料として乾燥地でも育つためインドでは栽培を拡大させる計画があるが、実際には生育条件などかなり厳しい。

 こうしたバイオ燃料はgreen fuelと呼ばれているが、荒廃地で生産を始めると二酸化炭素を大気に排出することになり、水も使う。このため必ずしもgreenなどと呼ぶ根拠はなく、もっと研究が必要だろうと彼は言う。研究の一環として、酵素を使ってセルロース系植物をバイオ燃料として活用する第二世代の研究開発も今後期待したいとしている。

 一方、中国では米国、ブラジルに続いてエタノールガソリンが世界第3位の生産量を誇っているが、昨年5月に農業省が農業バイオマス開発計画の基本戦略をまとめ、バイオマスエネルギーは農業にやさしく再生可能であることを目指して、人の食糧と競合するものは認めないものと発表した。これによって、これまでバイオ燃料生産に使っていたトウモロコシの使用が禁止され、ソルガムやスイートソルガムといった人の食料と競合しない食物繊維やイネわらなどを原料として、今後バイオ燃料を国際的競争力のあるものにしていきたいとして、現在の取り組みを中心に紹介をした。

 ところでタイのバイオマス政策だが、かつてはブラジルよりエタノールを輸入していたが、現在、輸入は全廃されて、サトウキビのモラセスなどを原料とした国産エタノールの生産に力を入れている。タイでは農産物の生産過剰対策より、バイオマス政策に国を挙げて取り組んでおり、エタノール開発や利用においてさまざまな税制優遇措置がとられている。現在ではレギュラーガソリンと同価格で10%エタノール混合ガソリン(E10)が販売されているが、2011年までにすべてのガソリンをE10にするという目標も立てられている。

 一方、バイオディーゼル対策はバイオエタノール対策ほど進んでいないものの、パーム油を中心に生産が行われている。さらに食糧生産を脅かすことなく栽培可能なジェトロファの研究が、各地で実験的に行われているが、最近の実験結果によると、土地によってのジェトロファ収穫量はばらつきがあることが分かってきたという。乾燥地で生産が可能なはずのジェトロファにも灌漑と肥料が必要であることが明らかになってきたのである。

 また、収穫コストも割に合わず、農家の経済性に貢献できそうになく、環境影響も不確かなジェトロファ栽培には慎重に取り組む必要性が紹介された。ジェトロファはフィリピンやアフリカの一部でも、バイオディーゼルの燃料として積極的に栽培されているが、外資系の資本が入る事例もあって、結局住民から耕作地を奪っているのではないかと言う問題点も指摘され始めている。

 ディスカッションの最後に座長の東京大学大学院の横山伸也教授が「バイオ燃料政策は、バラ色の未来が待っているわけではなく、かといってすぐに辞めたり悲観するべきものでもない。経済ベースで実験が可能となって第一世代、第二世代と進んでいくと、実用化のハードルもどんどん高くなっているとも思う。予算も知識も限られる中で、バイオ燃料作物の種はつぶさず、選択してその成果を刈り取るため、研究者間の情報交換や正確な分析評価が必要となる。アジア地区には大いなる太陽エネルギーがあり、気候条件や水資源をうまく利用して、食糧供給に影響を与えない持続可能なバイオ燃料の開発に向けて歩んでいきたい」と結んだ。

 多くの問題を抱えながらもバイオ燃料は、化石燃料の代替として世界中で注目されており、アジア諸国も温暖化防止の対策、地域経済の活性化、エネルギー安全保障の向上といった観点から、バイオ燃料政策に今後も取り組むであろう。その一方でバイオ燃料政策を地球環境問題として捉えたとき、果たしてエネルギー問題を解決でき、かつ食糧生産と共存できるバイオ燃料生産が可能だろうか。今回の会議を通してさまざまな問題点も浮き彫りになった。

 日本は国土が狭くて資源も少なく、バイオ燃料の生産量という意味では、諸外国には及ばない。しかし未利用のバイオマスのポテンシャルは十分にあり、今後は品種改良や酵素技術などの研究を通して、いかにコスト的に見合うものにするのか、研究開発のけん引役としての役割が期待されている。(消費生活コンサルタント 森田満樹)