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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GMだから受け入れないで済むのか?~アイルランドのGMジャガイモ

宗谷 敏

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 2013年3月16日付米国Washington Post紙は、「Genetically modified potatoes are studied, criticized in Ireland」という記事をフィーチャーし、Japan Times紙はじめ多くのメディアがこれを転載した。

 記事の概要は次の通り。

 42歳の植物科学者Ewen Mullinsのチームは、アイルランド農業振興・食品開発局(Teagasc) 研究農場の温室で、ジャガイモ疫病に抵抗性を持つGM(遺伝子組換え)ジャガイモ株のクローンを培養してこの冬を過ごしました。

 Mullinsは、1840年代に母国アイルランドを襲った大飢饉(Great Famine)に常に思いを馳せます。数日で農作物全体を破壊する有害なジャガイモ疫病を引き起こす菌類(Phytophthora infestans)は、アイルランドの多湿で冷涼な気候を好み、ここ5年で新しい遺伝子型を獲得してさらにパワーアップしています。

 今春Mullinsらは、Teagascの隔離圃場に2000以上のGMジャガイモ株を移植して栽培試験を開始します。

 Mullinsは、この仕事には大きな公共利益があると信じますが、誰もが友好的であるわけではありません。遺伝子工学はヨーロッパで論争的なままであり、アイルランドの研究はそれに反対するキャンペーンを生みだしました。不可逆性のGM試験栽培は、オーガニックと伝統食品に対するアイルランドの評判を傷つけると、積極行動主義者は言います。

 しかし、GMジャガイモの提案者は、有害でコストがかかる農薬の使用を減らし、より貧しい国でジャガイモ疫病による損失を食い止めて収益を強化すると主張します。

 研究の最前線にいるオランダの科学者によれば、ジャガイモはコムギとコメに続いて消費される世界で3番目の作物であり、先進国より多くのジャガイモ畑を持っている発展途上国世界でますます重要になっています。

 今日、アイルランドのジャガイモ栽培面積は牧草地と穀物生産と比較して見劣りがします。それにも拘わらず、ジャガイモは、多くの家庭のディナーテーブルに毎晩上がるアイコン的な野菜のままです。

 ジャガイモ農民たちも、生物学的に設計されたスーパーポテトに対しては、消費者の受容に依存するとして用心深いです。「消費者がそれを買うのを望むかどうか分からないままそれを栽培することを決めることができません。ヨーロッパはGMに反対です。」

 聖パトリックの日(3月17日)は、新ジャガイモを植えるシーズンの伝統的なスタートです。一部の栽培者が彼らの畑に種子用のジャガイモを植えました。彼らは、シーズンが菌胞子の伝播に有利にはたらく冷涼多湿な条件であるなら、ジャガイモ疫病との闘いを覚悟します。5月の終わりから収穫まで、農家は天候に依存して、7日から14日ごとに殺菌剤をスプレーします。新しいジャガイモ疫病は、葉の代わりにすぐに茎を攻撃しますから、ジャガイモを栽培しようする誰もそれが容易ではないことを悟ります。

 殺菌剤スプレーなしでは、アイルランドのジャガイモ畑は1845年と1846年の収穫失敗を起こし飢餓が再来するかもしれません(当時、被害を拡大させたのは、英国の救助の遅れやアイルランドに住まない不在地主たちの無策による人災とも記事では説明されています)。百万人以上が飢餓と病気で死に、2百万程度がアイルランドを捨てて移民しました。今日、統合されたアイルランド共和国と北アイルランドの住民数は、大飢饉前の人口の4分の3に過ぎません。

 Mullinsらがテストしているジャガイモは、約半ダースのメキシコとアルゼンチンの野生ジャガイモ品種からのドナー遺伝子を使って、オランダ Wageningen 大学の科学者が7年前に開発した3つの品種の1つです。テストが成功すれば、欧州連合の承認を経て、オランダの大学は、独占権を避けて企業にライセンスを与えるでしょうと、大学のプロジェクトリーダーが言いました。さらに発展途上国は、人道的必要に応じて自由に入手が可能でしょう

 特定の国で、ジャガイモ疫病が依然として社会の食品安全管理を脅かしています。ベラルーシ、ルワンダ、インドとウガンダなどが主食としてジャガイモに大きく依存しており、より貧しい国がアイルランドや米国のように殺菌剤スプレーを準備できないから、単収を半減させています。

 Mullinsのテストは、去年の夏にたった24植物の初期的な査定から始まりましたが、GMジャガイモの実力は明白でした。記憶上で最悪の年の1つだったジャガイモ疫病のために、従来のジャガイモが直ぐに黒くなって崩壊しましたが、A15-031 として知られているGMバージョンは病原体を無視しました。

 Mullinsは、GMバージョンが有益な土壌微生物に悪影響を持たないか、新しい遺伝子型のPhytophthora infestansにも対応するかどうかを吟味しています。

 GM作物が非 GM植物と交雑するだろう、バイオ工学が大企業によって支配されるであろう-GMOsに対しての伝統的な議論のいくつかが 、Wageningen の保証という条件のもとで A15-031 には当てはまらないように思われます。トウモロコシと異なり、ジャガイモの花粉は遠くまで移動しませんし、仮にそうしたとしても、食べられるか、あるいは来シーズンの栽培に使われる地下の塊茎を変えないでしょう。

 Mullinsのプロジェクトでは、異なる植物体や動物などからではなく、ジャガイモがその近縁種から保護の導入遺伝子を得ます。これは、遺伝子上の禍々しい言葉遣いである「transgenic」の代わりに「cisgenic」と呼ばれます。2010年の欧州委員会の世論調査では、 transgenic の33%に対しcisgenic リンゴが55%の支持を得ました。

 欧州共同体27カ国の大部分が GMOsを栽培せず、いくつかが栽培を禁止しました。2010年の世論調査によれば、ヨーロッパ人は3:1でGM食品に反対します。そして米国と異なり、ヨーロッパでは1%以上GMOsを含む食品には表示が必要です。

 GMの反対者は、伝統的な育種でも同じ結果を得ることができると言います。

 Mullinsの試験栽培に対抗して、Burt-O’DeaはGMジャガイモが不必要であると証明しようとする組織 -SPUDS-を立ち上げました。グループは去年300人の園芸家と有機農家にジャガイモ疫病に抵抗する自然の品種を配りました。結果を報告した約25%が、ジャガイモ疫病に対して「90%」の効果があったと述べたとBurt-O’Deaが言いました。

 Burt-O’Deaは、David Shaw という植物科学者が2002年に北ウェールズで設立したSarvari Research Trustで開発された品種を配布しました。 Shawは、ソ連邦時代のハンガリーで育成されたジャガイモ疫病に抵抗力が強い苗木を評価しており、これまでに6つの商業品種を発表しました。

 しかし、それらのいずれの品種も味と歯ごたえがアイルランド人の好みには合わないため、大規模ジャガイモ栽培者が関心を寄せるとは思われません。「アイルランド人は乾燥したジャガイモが好きです」と、Mullinsが言いました。

 Mullinsは、彼のテストに自然に抵抗性がある品種も含めることを計画しますが、科学者として21世紀の技術を約200年前に多くの被害をもたらした病気に対処するために使うことにより興味をそそられます。

 「私たちは前進するために歴史を見なければなりません。問題は消え失せませんでした;それはもっと悪化しています。GMが答えであるかどうかは私たちにも分かりませんが、私たちは少なくともそれを調べるべきです」とMullinsが言いました。(記事抄訳おわり)

 アイルランドのオーガニックや環境保護団体は、「cisgenicという用語は、GM作物に抵抗感を抱く消費者を誤魔化す方便でしかない。遺伝子組み換えのプロセス自体は同じであり、そのプロセス自体にリスクがあるのだ」と主張している。

 昨年5月、英国の、Rothamsted農業試験場の研究者たちはGMコムギの試験栽培に反対して中止を求める人々と対峙し、意を尽くした説得でメディアと世論を完全に味方につけた。Teagascの研究者たちも、米国紙の援護射撃に任せず、この故事に倣えばいいと思う。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい