科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

これからどうなる?食品表示一元化

森田 満樹

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 消費者庁は2012年8月9日、約1年間の議論を経てまとめた食品表示一元化検討会の報告書を公表した。報告書は新しい食品表示法と栄養表示の方向性を示したもので、26ページもあり、そのポイントはなかなかわかりにくい。「字を大きく高齢者用表示に」と伝えたメディアもあるが、報告書の真意はそこではない。

 FOOCOM・森田は食品表示一元化検討会委員として、毎回会合に出席し、意見を述べて来た。検討会は新法の方向性を決めたもので、具体的に新しい表示基準を決めたわけではない。報告書をまとめたことで、何が変わるのかと問われると、法律の名前が変わるものの、個別の表示基準はそのままで、具体的な変化には乏しい。しかし、この検討会の最大の成果は、現在の食品表示全体を俯瞰して、安全性確保に係る情報を最優先するという方向性をうち出したことだろう、と思っている。

 食品表示行政の半世紀の歴史を振り返ると、個別の品目ごとに義務表示項目を増やすことばかりに主眼がおかれ、表示項目の中で何が重要かが話し合われたことは一度もなかった。関係する法律が多く、それぞれの法律の所管が異なっていたせいであるだろう。2009年9月に消費者庁ができて、食品表示の法律が一元的に所管されるようになり初めて、義務表示項目そのものに優先順位をつけるこうした議論が可能となったのだ。

 本特集では、私がみる「報告書のポイント」と、一元化後の具体的な流れについて、まとめる。

 また、FOOCOMでは、2011年9月より「食品表示・考」のコーナーを設けて、食品表示一元化検討会の会合が開かれるたびに、傍聴した専門家に寄稿いただいてきた。2012年8月3日に開催された最後の様子は、食生活アナリストの板倉ゆか子さんがまとめてくださっており、報告書についても感想を記してくださった。非常に辛口のご意見である。こちらもぜひ、お読みいただきたい。(森田満樹)

  • 報告書のポイント ←8月12日
  • これからどうなる?食品表示一元化 ←8月12日
  • 食品表示・考 第12回食品表示一元化検討会 板倉ゆか子さん←8月12日
  • これまでの「食品表示・考」バックナンバー
  • 食品表示一元化検討会報告書←8月9日
  • 報告書の概要←8月9日
  • 報告書のポイント 

     消費者庁一元化検討会でまとめた報告書に沿って、新しい食品表示制度のポイントを7つにまとめてみた。(消費者庁も報告書の概要を一枚のペーパーにまとめているが、そのまとめ方とは異なることをお断りしておく)

    ●報告書のポイント(1) 新たな食品表示制度は、3つの法律が1つになる
     食品衛生法、JAS法、健康増進法の表示の部分を一元化して新しい法律とする。これまで同じ用語で法律によって定義が異なるものもあったが、定義も統一する、とした。

    (解説)それぞれの目的が異なる法律を、なぜわざわざ統一するのか、今のままでいいじゃないか、という声が一部で聞かれる。しかし、現在の食品表示制度はあまりにも複雑で、だれにとってもわかりにくいものとなっていた。また、2010年度の消費者基本計画にも、一元化は明記されている。
     検討会では一元化ありきというスタート地点に立ち、その方向性について議論を重ねた。3法に留まらず景品表示法も入れるべきという意見もあったが、食品にかかわる法律を対象にするという観点から、3法に絞り込むことになった。

    ●報告書のポイント(2) 消費者基本法の理念のもとに、食品表示制度がある
     消費者基本法の基本理念には「消費者の権利の尊重」とともに「消費者の自立の支援」が明記されている。これを受けて「食品表示は、単に消費者の自主的かつ合理的な選択のために必要な情報を提供するにとどまらず、特に食品の安全性を確保するために重要な機能を果たしている」とした。

    (解説)消費者庁が発足して、食品表示制度は消費者行政の傘の下に位置づけられた。このため新法の役割も、消費者基本法の基本理念から導いた記述になっている。法律の役割の記述については、検討会でも度々議論になり、ここに「消費者の知る権利」を明記すべき、という意見も複数の委員から再三にわたって出された。しかし、消費者基本法の中の消費者の6つの権利の中に「消費者の知る権利」ということばはない。結局、盛り込まれることは無かった。

    ●報告書のポイント(3) 新しい表示制度の基本的な考え方は、安全性確保と見やすさ
     食品表示の目的について「食品の安全性確保の係る情報が消費者に確実に提供されることを最優先」とした。そして、全ての消費者に伝えられるべき特に重要な情報は「アレルギー表示、消費期限、保存方法など食品の安全性確保に関する情報」と位置付けた。より重要な情報が、より確実に消費者に伝わることが基本であり、さらに食品表示の文字を見やすく(大きく)するための取り組みの検討が必要である、とした。

    (解説)食品表示における情報の重要性は、消費者によって異なり、検討会では様々な意見が対立した。しかし「安全性確保の情報が一番大事」という点では、コンセンサスが得られている。このため、報告書の随所に、安全性が優先されるという記述がある。現行の義務表示も、長年の議論を踏まえつつ、情報の確実な提供という観点から検証すべきとした。一方、安全性に直接関係のない、選択のための表示は、今後見直す際に、容器包装以外の表示も認める可能性を示唆した。

     一方、表示をわかりやすく伝える取り組みの中で「文字を大きく」する必要があるとされたが、その部分が強調されて報道されたことから、第12回検討会では、委員から「文字を大きくして、表示を簡素化するつもりか」と懸念する声も聞かれた。事務局は「文字を大きくするために、表示を簡素化するわけではない」と説明しており、たとえば商品名が大きく表示している場合に義務表示事項も原則より大きなポイントで記載する、といった取り組み案を示している。しかし、検討会では何ポイント以上にするのかを具体的に決めたわけではない。今後どのようにして「文字が大きく」できるのか、具体的な道筋までは示せなかった。

    ●報告書のポイント(4)  新たに義務付けを行う際は、優先順位をつける
     「安全性確保に係る情報を優先する」という考え方は、今後、新たに表示を義務付ける際にも活用する。また、より多くの消費者が重要と考える情報かどうか、コストが増加するかなどを総合的に勘案して、消費者にとってのメリットとデメリットを、バランスさせることが重要である、とした。

    (解説)今回の報告書を見て、これまで表示の拡大を求め続けてきた消費者団体や、民主党の議員連盟は、「消費者庁がコストのことばかりを書いて、消費者がこれまで積み重ねてきた権利をないがしろにするのはおかしい」と批判をしている。そのうえで「全ての加工食品に原料原産地表示を義務付ける」「遺伝子組み換え食品は飼料を含めて全て義務付ける」等々、松原 仁・消費者担当大臣に要請している

     最終的にとりまとめられた報告書は、検討会の議論の積み重ねがベースとなっている。消費者は多様であり、より多くの消費者が見やすい表示にするという観点のもとに、消費者の安全確保を第一に考えようとする姿勢は、今回の検討会ではブレていない。

    ●報告書のポイント(5) 中食、外食、インターネット販売は今後の検討課題に
     検討会では、主に容器包装入り加工食品を対象として検討を行ってきたが、中食、外食についても安全性の確保が重要という観点から、アレルギー表示について検討が必要とし、今後は新たな専門的な検討の場が設けられることになった。また、インターネット販売についても、実行可能性の観点からさらに検討の場を必要とした。

    ●報告書のポイント(6) 栄養表示が新法施行後5年以内を目指して義務化される
     国の健康・栄養政策や、国際的な動向も踏まえたうえで、検討会では新法の施行後概ね5年以内を目指して、義務化するという方向性を示した。ただし、実行可能性の観点から、義務化は消費者側、事業者側の環境整備と表裏一体となって進めるものとなる。対象食品は包装された全ての加工食品で、栄養の供給源の寄与が低いものは適用除外。対象事業者については、全ての事業者を対象にする一方で、家族経営のような零細な事業者は適用除外となった。また対象栄養成分については、あらかじめ決めてしまうと変更が容易ではないという理由から、決めていない。表示値は計算値方式を導入し、中小でも対応できるようにし、現行制度下でも義務化に向けて、栄養表示する食品の拡大を図っていく。

    (解説)栄養成分表示の義務化は、新法施行5年後だが、新法施行は早くても2014年で、経過措置期間まで含めると完全な施行は今からおよそ10年後にくらいになるだろうか。問題は、どこまで実行できるかだ。検討会では、義務化は事業者の負担が重く、消費者がどこまで活用するかもわからないとする反対意見も相次いだ。このため環境整備を進めるための取り組みが重要とされ、国によるデータベースの整備や支援ツールの充実や、栄養表示が消費者にとって活用できるようになるための普及啓発の取り組み等が盛り込まれた。先の長い取り組みになることは間違いない。

    ●報告書のポイント(7) 決まらなかったことは検討課題に
     報告書の最後「終わりに」では、検討会で決まらなかった今後の課題をあげている。(1)加工食品の原料原産地表示、(2)中食・外食、インターネット販売の取り扱い、(3)個別の表示事項(遺伝子組換え食品表示など)の3点である。このうち、加工食品の原料原産地表示については、検討会でも多くの時間が費やされて話し合いが行われてきたが、合意には至らず「一元化の機会に検討すべき項目とは別の事項として位置付ける」とされた。この検討の経緯は、報告書とは別添扱いでまとめている。

    (解説)加工食品の原料原産地表示の拡大は、ずっとくすぶり続けてきた問題だ。
     十数年前から議論が行われており、生鮮食品に近い加工食品から少しずつ義務表示品目が拡がってきた。現在の義務化の選定要件は「原産地に由来する原料の品質の差異が加工食品としての品質に大きく反映されるもの」のうち、「重量割合が50%以上」という2要件を満たすものされている。現行制度で22食品群と個別4食品まで拡大し、もうこれ以上増えようがない、というところまできている。
     その一方で、原料原産地表示の拡大は、民主党のマニフェストに掲げられていた。また、2010年度にまとめられた消費者基本計画でも「原料原産地表示の着実な拡大」は閣議決定されている。国産振興の期待も手伝って、さらに「全ての加工食品に義務付けるべき」という要望する団体もいる。彼らからすれば、今の選定要件など取っ払ってしまえ、というわけだ。

     検討会では、原料原産地表示の拡大のために、どんな新たな要件があるか、何度も話し合われた。前半の中間論点整理とパブコメを終えて、後半、消費者庁事務局は「誤認のしやすさ」を新たな要件に加えてはどうか、と提案した。しかし、誤認のメルクマールが曖昧で委員の納得を得られず、合意に至ることはなかった。

     検討会で拡大に反対する意見の多くは、コストがかかるからというよりも、食品によっては原料原産地の表示をどうしてもできないものがある、という理由によるものだった。たとえば小麦粉のように、一定の品質を確保するため常に様々な産地の配合比率を変更するような製品は、原料原産地がその都度変化するため、対応できない。ジュースのように、濃縮還元果汁を海外から調達する場合も、複数の産地がブレンドされるのが常である。さまざまな産地から原材料を調達して、品質も調整するような加工食品は、産地をあらかじめ決めて容器に印刷しておくことは困難である。

     こういったものまで表示を義務付けるとどうなるか。事業者は、海外に工場を移転して製造し、できた最終製品を輸入せざるを得なくなるという。輸入品であれば原産国の表示だけで、原料原産地表示は表示しなくてもよいからだ。たとえば、日本国内のジュース工場であれば、中国、チリなどと原料の原産地を数多く並べなければならないが、国内企業がチリに工場を建てて容器に入れて包装し輸入すれば、まったく同じ原材料であっても、チリと書きさえすればいい。
    義務化拡大を無理に進めると、国内食品産業の空洞化を招く恐れがある。検討会ではこの点を取り上げ、輸入品にも同じく原料原産地表示を義務付けるべきという意見も出た。Codexでは原料原産地表示は検討されておらず、この表示に熱心なのは世界でも韓国と日本だけだ。

     加工食品の原料原産地表示の拡大は、消費者庁ができる以前から「食品の表示に関する共同会議」で議論され、その後も消費者委員会の調査会で検討され、それでも結論が出なかった難しい課題である。

     当面は現行の義務表示項目が維持されたまま、これまでどおりの選定要件で表示の拡大が検討されることになる。この選定要件がある限りは、大きく拡大することはないだろう。しかし、報告書では今後の検討課題に位置付けられており、政局を睨みながら、時期を見て別の検討の場が設けられる可能性は残されている。(森田満樹)

    これからどうなる? 食品表示一元化

     検討会の報告書を受けて、新しい法律はいつできるのか?
     消費者庁は新法の立案作業に着手し、年内の成案、来年1月以降の法案国会提出を目指している。法律が成立し公布されてから1、2年で新法が施行される予定なので、順調にいけば2014年か15年には新法が施行されることになるだろう。また、新法施行後の経過措置期間として、さらに1、2年が設けられ、その後、新法に基づく表示に完全移行となる。消費者庁は、来年度以降に細かい施行令や施行規則を作成して、新法施行にあわせて準備を整えていく。

     それでは法律ができて具体的に何が変わるか? と聞かれると、答えに詰まるところである。まずは法律の名前が変わる。検討会では法律の名前は話し合われていないが、おそらく食品表示法(仮称)といったところだろうか。栄養成分表示がかなり先だが、義務化されることになる。具体的に変わるのは、そんなところだろう。

     検討会では「安全性の情報を優先させて見やすくする」という方向性は示せたものの、具体的にどう変わるかということは話し合われていない。それもそのはず、検討会は新法の総論を示すもので、具体的な各論となる表示基準を決める場ではなかったからだ。

     それでは今後、誰が検討課題や具体的な基準を決めるのだろうか? その鍵を握るのが消費者委員会だ。消費者委員会と消費者委員会食品表示部会は、これまでも度々、食品表示一元化検討会について消費者庁事務局に報告を求め、意見を述べてきた。今回も検討会の終了後すぐ、2012年8月7日に第97回消費者委員会が開催されて、議題とされた。ここで、消費者委員会、同食品表示部会がこの先、どのような役割を果たすのか、原料原産地表示など検討課題をどうするのかが話し合われている。会議の様子は現在、動画でみることができるが、その内容を抜粋して3点にまとめてみた。

    (1)個別の表示基準については、消費者委員会食品表示部会で審議を行う

     「消費者委員会と同食品表示部会は今後どのように絡めばいいのか」という委員からの質問に対して、消費者庁は「消費者委員会食品表示部会の役割は表示基準に対する審議であり、新法をどうするかについては所掌の外である」と答えている。消費者庁はこれから法案の立案作業に入るが、検討会がまとめた報告書をもとに進める。法律の進捗については、消費者委員会や同食品表示部会に報告はするが、検討項目とはしない。そして法律ができたら、今度は政省令や告示といった下位法令にあたる個別事項の表示基準について、消費者委員会の同食品表示部会で検討を行うという枠組みだ。現在でも、食品衛生法やJAS法の個別具体的な表示基準については、消費者委員会食品表示部会の審議で議論を重ねて決めており、新しい法律でもおそらく同様である。

         (2)加工食品の原料原産地表示の今後の検討の場はどこへ?

     「加工食品の原料原産地表示等が今後の検討課題とされているが、消費者庁は検討会をいつ頃までにつくるのか、戦略はあるのか」という委員の質問について、消費者庁は「加工食品の原料原産地表示と、遺伝子組換え食品表示については、既に現行の消費者基本計画において着実な拡大と閣議決定で決まっており、今回の一元化検討会とは別に、消費者庁として組織の中で検討する」と答えている。また「検討会というが、報告書の『終わりに』には、別の検討会を開くということは言及していない」とも答えており、当面は消費者庁の内部で検討し、検討会を設けるつもりはないようにも聞こえる。個別項目の審議は食品表示部会が行うものなので、そこで議論される可能性もある。

         (3)法律は一元化しても、監視執行体制まで一元化するわけではない

    「表示が一元化して、執行はどう一元化するか報告書に何も書かれていない。この執行体制をどう整理するのか」という委員の質問について、消費者庁は「食品表示法を一元化するから、執行も一元化すべきだと単線的には考えていない。現在、JAS法、食品衛生法、健康増進法、景品表示法とそれぞれにおいて監視・執行体制が異なり、現段階においても相当複雑な執行体制で、複線的である。執行を一元化すれば執行力を弱める事にもなりかねず、今後は維持し強化していく方向で考えている。検討会のような場で結論を出すのは難しいので、意見は出たものの報告書には盛り込んでいない。法律を作る執行部分には書かねばならないので、立案の中では考えるが、執行力を弱体化させないということは維持したい」と答えている。法律が一元化されても、監視・執行体制は当面変わることはなさそうだ。

     以上が消費者庁と消費者委員とのやり取りである。このことから見えてくるのは、検討会では法律の部分を決め、消費者委員会では表示基準の部分を決めるという、それぞれの役割分担だ。食品表示一元化検討会では「安全性を確実に伝える見やすい表示」という方向性を示したが、これがどこまで法案に盛り込まれて、この先具体的な表示基準にどこまでその考え方が受け継がれるだろうか。これから始まる個別の表示の見直しの際に、検討会の報告書の主旨がちゃんと活かされるのだろうか―これからもFOOCOMの「食品表示・考」で引き続きお伝えしていくつもりである。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。