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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

傍聴くんが行く

食品安全委員会意見交換会 トランス脂肪酸の評価書案について

森田 満樹

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 食品安全委員会がトランス脂肪酸のリスク評価書案をまとめ、パブリックコメントも募集中です(18日まで)。11月1日にはリスクコミュニケーションを開催しました。食品安全委員会・新開発食品専門調査会の山添 康座長が講演を行い、その後質疑応答・意見交換が行われました。ここでは後半の意見交換のやり取りを中心に、お届けします。

(概要)
 トランス脂肪酸をめぐっては、摂取量の多い欧米では冠動脈疾患を増加させる可能性が高いことから、様々な対策が講じられている。日本でも一部の市民団体やメディアの関心が高く、表示について消費者庁でも検討が行われてきた経緯がある。

 そこで日本人の食生活におけるトランス脂肪酸摂取のリスクはどの程度か、食品安全委員会は2010年3月に自ら食品健康影響評価を行うことを決定し、専門調査会で計7回の審議を行い、2011年10月に評価書案をまとめた。評価書案の結論は「日本人の通常の食生活では健康への影響は小さく、脂質に偏った食事をしている人は留意が必要だが、現実の食生活では問題はない」というもので、これまで消費者庁などで説明されている内容と、ほぼ同じだった。

 1日の意見交換会に参加したのは、食品事業者がほとんどで、消費者の関心は薄くなっているという印象を受けた。質疑応答では「ここ数年で食品事業者の努力によってトランス脂肪酸含有量が減少した分、飽和脂肪酸が増加した」という点について、質問が集中した。食品安全委員会の2010年度調査によると、食品企業の低減努力によりマーガリンやショートニング等のトランス脂肪酸の含有量が、ここ数年で全体として数十%減少したことが報告された。しかしその分、飽和脂肪酸の含有量は増加しており、製品によっては2倍以上増えたものもある。

 飽和脂肪酸はもともと心疾患のリスク要因として知られており、新たなリスクが増大しているのではないかと、質疑応答に参加している食品事業者は懸念しているのだが、食品安全委員会の回答は明確ではなかった。また、トランス脂肪酸の摂取量調査を今後も継続して行うべきといった意見も出された。

(質疑応答)
関連団体A氏)疾患とトランス脂肪酸の摂取量の関係では、摂取量が多くなると心疾患が増えるとしているが、その根拠となるコホート研究をみると対象としている人は40代、50代が圧倒的に多い。これを若年層に延長していいのか。トランス脂肪酸摂取量がエネルギー比1%未満というWHOの目標について、年齢層によって検証すべきではないか。

山添座長)欧米の疫学データから、若年齢層しかも摂取比率が違う層にどう外挿できるかという点について我々も議論した。欧米での心疾患の事例をみると、欧米ではトランス脂肪酸摂取量がエネルギー比7%という背景がある。日本人の1%未満の摂取量レベルをそのままスライドして、同じように心疾患が減るかというのは現実には考えにくいというのが結論である。7%の場合にトランス脂肪酸の摂取を減らせば心疾患はさらに減るという疫学的データはある程度わかるが、既に1%未満を切っているような日本の現状に対して、さらにトランス脂肪酸を減らすのはどれだけのメリットがあるのか。トータルとして結果については、判断できない。むしろ外挿できない可能性が高いというのが今回の結論だ。対象者のデータでは、若年層は現在注意をすべき集団で、このまま推移して高い摂取量が続けば、リスクを考えなくてはならないが、現在は注意喚起でできるだけ抑えるようにすればいいのであって、この集団が心疾患のハイリスク集団になるとは考えていない。

菓子メーカーB氏)本日の講演資料の「14食品中のトランス脂肪酸含有量の推移」「15食品中の飽和脂肪酸含有量の推移」のところ。われわれもトランス脂肪酸を減らすように努力をしていますが、相対的に飽和脂肪酸が上がってくる、この点についてはどうだろうと思いつつも、トランス脂肪酸を下げたのですが、やはり今回の調査結果で飽和脂肪酸が全体として上がっている。気になるところは、全体として疾病リスクが上がったのか下がったのかという点だが、この資料のどこをみても書いていない。われわれがやってきたことが正解だったのか、不正解だったのか、非常に気になる。

山添座長)トランス脂肪酸を工業的に減少させれば、当然のことながら飽和化をするので飽和脂肪酸は増えてくる、これは致し方ない。その場合にトータルの脂肪の摂取量の観点からどういうことになるが、日本人全体としては脂肪酸の摂取量は増加をしていないと判断した。この程度の摂取においては、トランス脂肪酸を減少させて飽和脂肪酸を増加させても、脂肪としてのリスクが増大することは考えなくてもいいのではないかと考えている。飽和脂肪酸になれば生体内でβ酸化によって容易に処理される。飽和脂肪酸はもちろん貯蔵にもいくが、トランス脂肪酸のほうがより処理されにくいので貯蔵されやすい。そういう点を考えると、現時点での摂取のレベルにおいては、リスクが上がると考えなくてもいい。

B氏)評価書案の結論である72ページの最後に「トランス脂肪酸低減に伴い、含有量の増加傾向が認められた飽和脂肪酸の摂取について、『日本人の食事摂取基準(2010年度版)』での目標値の上限を超える性、年齢階級があることから今後とも留意が必要である」とされている。この文章のとおり、トランス脂肪酸の低減に伴って飽和脂肪酸の目標値の上限を超える階級があるということは、もともとそういう階級があったのか、トランス脂肪酸を下げることで新たにそういう階級が出てきたのか。そこを知りたいのですが。

山添座長)これは、記憶がはっきりしない。事務局は、これは資料で確認できますか。私が変なことを言うとまずいので、事務局に確認します。(間があるが事務局からは回答なし)おそらくは、前からも変わらないのではないか、非常に脂肪に偏った食事をしている人はもともとから、摂取が高いためにそういう結果になると。
 今、申し上げたように個人個人は下がっていても、脂肪の摂取のもともと高い集団が存在している。そういうことで、エネルギー値として高いものが存在するので、そういうものはやはり低減をする必要があるという注意喚起が必要だというふうに理解していただければと思う。

学識者H氏)天然物は反芻牛からがあるということですが、欧米ではどのくらいの摂取量があるか。

山添座長)乳製品のチーズの摂取が非常に多い国は摂取量が多い。日本の場合はチーズの摂取量がかなり低い、日本の場合はトランス脂肪酸の摂取は工業由来のものが多い。欧米の正確な数値はわかりません。
事務局)評価書案の12ページに、欧米各国のトランス脂肪酸の寄与率が掲載されているので参考にしてもらいたい。

油脂メーカーC氏)工業的なものと天然のもので、疫学調査では乳製品由来のトランス脂肪酸では健康影響は無いという。同じトランス脂肪酸なのに、影響があったりなかったりするのはなぜか。

山添座長)大きな謎だ。なぜ、家畜由来のものは問題がないのか、それは量の問題か、他に一緒に取っている脂肪酸など複雑な問題があるのか、結論は出ていない。
事務局)評価書案の47ページに反芻動物由来のトランス脂肪酸との関連データを出しているので、ご参考にしてもらいたい。

食品メーカーD氏)企業努力でトランス脂肪酸がかなり下がったというが、そのせいで日本人の摂取量が1%未満になったのか。それともその前からそうだったのか。今後トータルエネルギーの摂取量が下がり、さらに低減していっても、エネルギー比1%未満の規制を残していくのか。

山添座長)食品安全委員会の調査で、平成18年度と比較してもらうとわかるように、22年度はサンプリングが若干は異なるが、市場に流通しているメジャーなものは、トランス脂肪酸の含有量はかなり下がったという感触をもっている。企業の方々が関心を持って、製法を変えたりして、トランス脂肪酸は下がっていると思っている。もう一つの問題として栄養素のバランスは、総エネルギー摂取ということになるが、エネルギー摂取による比率という考え方はそれほどかわらない。
事務局)今日のスライドの年齢別のエネルギー比率の数字は、18年度の調査のデータで出している。22年のエネルギー摂取量が下がっているということは、評価書案の31ページに記載しているので参考にしてもらいたい。

食品関連メーカーE氏)事業者もこの数年の間、減らす努力をしてきた。それが今日の報告の中にもあると思うが、一方で、飽和脂肪酸が増えている。脂肪摂取全体を減らしていくというコミュニケーションは消費者に対してしておるが、一方で飽和脂肪酸がこれだけ増えてきたということについて、健康影響はどうなのかということをもう少し詳しく教えてほしい。

山添座長)その点は確かに議論の対象になった。しかし、今回は評価に飽和脂肪酸の問題を混ぜてしまうと、トランス脂肪酸の問題点がごっちゃになるので、まずはトランス脂肪酸について結論をきちんと出すということだ。今後、その飽和脂肪酸の実態が非常に問題になるようなことが懸念されるような報告がされたら、もう一度きちんと考えなおして評価をするということになった。今回は、指摘はされたが、飽和脂肪酸の議論はしないでおこうということになった。

農林水産省F氏)今日のスライドで、トランス脂肪酸は共役トランス脂肪酸を除くということだったが、概要の説明の途中で、共役トランス脂肪酸もトランス脂肪酸ですという説明があったし、評価書案の中でも共役リノール酸もトランス脂肪酸ですという説明がある。今回の評価は、共役トランス脂肪酸を含めた評価なのか。含めないのかを明確にして頂きたい。

山添座長)基本的には孤立した二重結合のものをトランス脂肪酸としており、共役トランス脂肪酸は含まれないとして評価している。

生協連G氏)日本人にとって、トランス脂肪酸の摂取によるリスクは問題ではないという評価だった。しかしA氏からもご指摘あったように、欧米のように摂取量の多い人のデータを用いて検討していることもあり、日本人のような低用量摂取の疫学データが不十分であること、また小泉委員長のご挨拶にあったように若年層の食生活の変化をこれからどう重視していくかという点で、基礎データとして日本人のトランス脂肪酸の摂取を継続的に把握しておくほうがいいのではないか。国民栄養調査の中に位置づけるべきだと思うが、難しいのか。

山添座長)今日の議論にもあったように、トランス脂肪酸の問題と飽和脂肪酸のリスクのように、結局脂肪の中に同様の疾患に寄与する要素がある。その中で非常に際立ってトランス脂肪酸の影響が大きい場合は、取り上げる必要があるが、今回の結果、現在の使用実態からみれば、それほど突出した危険因子とは考えにくいという範囲にある。常にみていく必要があるが、現時点ではそれだけ取り上げていく必要はない。

G氏)今回の質疑応答でも、飽和脂肪酸の影響はどうするのかという質問がいくつもあったかと思うので、基礎データとしてトランス脂肪酸のデータがあれば、飽和脂肪酸、トランス脂肪酸どっちを優先すべきか、という検討材料になると思ったので発言した。

食品事業者I氏)評価書の疾病のリスクとして、これまではなかったアレルギー性疾患との関連についても検討がなされている。これは学術的にみてもオーソライズされると理解したほうがいいのか。

山添座長)どういう健康影響の報告があるのかという観点で一応、公の形でオープンにしたほうがいいということで公表している。しかしその内容については、今後多くの研究によってきちんと評価される必要がある。すなわち、逆に言うと、懸念の表明はされていても、今回のトランス脂肪酸と因果関係は明確になっていない、という段階だと理解をしている。

I氏)それでは警鐘を鳴らしていただいたと。今後の評価は変わるかもしれないということか。
山添座長)そうだ。

(感想)
 日本人の食生活の現状からみると、トランス脂肪酸の健康への影響は小さい。それでもトランス脂肪酸は危ないとして、今から2年前、当時の消費者担当大臣の福島みずほ氏はは表示の義務化を求め、栄養成分表示全体を巻き込んで検討が行われている。食品事業者はトランス脂肪酸低減のために、原料をパーム油にかえたり、製造工程の水素添加の方法をかえたり、様々な努力をした。

 そうやって下げたら、今度は飽和脂肪酸が増えた。わかっていたことである。あちらを立てればこちらが立たず、心疾患のリスクをむしろ上げてしまったのではなかろうか…。意見交換会では食品事業者のこうした苦悩の声が聞かれた。この問いに、食品安全委員会は、明確に答えられなかった。

 それにしても、トランス脂肪酸のリスクはほんの小さなリスクである。それをさらに下げるために、産・官・学を上げてがんばったのに、報われぬ努力をしたのではないか。それは誰のために?消費者のためである。トランス脂肪酸は危ない、下げてくれ、表示をしてくれとさんざん騒いだ消費者が、意見交換のこの場にいない。すっかり忘れてしまったのだろうか。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

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