九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
NHKの放射能報道のスタンスが、わからない。今回は前回に続き、NHK首都圏スペシャルについて取り上げる予定だったのだが、10月17日放映のNHK「あさイチ 日本列島・食卓丸ごと調査」が今、話題になっている。その内容が、すわ方針転換かと思われるほどだったので、今回は予定を変更してそちらを取り上げたい。
○「食事からはほとんど検出されない」調査結果に、ひとまず安心
朝の生活情報番組「あさイチ」では、これまで食品の放射能汚染についてたびたび取り上げている。総じて国の対策については批判的、不安な消費者を代弁する内容が多く、中にはりんごペクチンによる内部被ばく対策を紹介するなど、首を傾げるようなものもある。
しかし今回は様子が違う。「毎日の食卓がやっぱり不安、と言うお母さんのもやもやをすっきりと解消!」するため、個別の食品ごとの検査ではなく、実際の食事からどのくらい摂取しているのかNHK独自の調査を行い、その結果を発表したのだ。
今回、NHKが行った調査は、全国7家族(福島2家族を含む)の1日分の食事をミキサーにかけた7日分、合計49サンプルの放射性セシウムを測定するもの。サンプルは9月中旬に集められ、測定は首都大学東京の福士政広教授が、ゲルマニウム半導体検出器を用いて高い精度で行っている。その結果、放射性セシウムが検出されたのは5サンプルで、7家族中5家族のそれぞれ1日分だけが検出された。検出されたのは、北海道、福島須賀川、東京江戸川と目黒、大阪で、数値は全て10Bq/㎏以下。福島郡山と広島では検出されなかった。
この結果を「常識を覆す驚きの数字」として「ほとんど検出されていない割合が高く、市場に出回っている食品は安全かと思う」と紹介している。専門家の立場からは、立命館大学名誉教授の安斎育郎さんが「これだけ汚染が広がっているので日本中蔓延しているのではないかという懸念をもっていたが、調べてみるとそうでもなくて安堵した」とコメントした。
調査に参加した東京の主婦も「これまで東北と関東の食品を避けてきたが、この結果を見て本当に安心した。もうがんばらなくていいんだ。全国の家族も、少なくて本当によかった。今までやってきた行動が風評被害に加担していたのであれば、反省したいと思います」と言っている。この番組を見て、ひとまず安心と胸をなでおろした視聴者も多かったのではないか。視聴者から寄せられたファックスには「安心して涙が出てきました」というものもあった。
○これって方針転換?それとも予想できなかっただけ?
それにしても、NHKはこれまでさんざん心配だ、やれ全量検査だ、ベクレル表示だ、暫定規制値高すぎだ、と言ってきた。ここにきて安心をアピールするのは、方針転換だろうか? しかし番組を繰り返しみてみると、どうもここまで数値が低かったとは予想していなかったようで、その結果にただ驚いているようにもみえる。「常識を覆す結果」とか「おー!びっくり」とか、いちいち表現が大げさだ。
ちなみにFOOCOMでは9月29日の編集長コラムで「給食の放射能調査は妥当か」という記事を掲載しているが、検査結果の数値は「福島県内であってもかなり低くなることはほぼ確実、厚労省の推定値から逆算すると、給食一食分はあっても数Bqである」と予想している。今回の調査結果は、驚くようなものではないと思う。
番組では結果に加えて、今回の調査の取り組みについても自画自賛しているようにみえる。安斎教授は「この調査、僕がやりたいと思っていたのにあさイチに先を越された。個別の食品検査は何百ベクレル、何十ベクレルとあるけども、結局とりまぜるとどれだけ食べているのか知りたいところ。あさイチの企画としてヒットだ」と絶賛している。視聴者からも「あさイチ、よくぞやってくれました」と感謝のファックスが届く。
今回行われた調査手法は、食品添加物などの化学物質の世界で、これまでトータルダイエットスタディとして、長年にわたって採用されてきた。この調査のよいところは「個々の食品検査で検出されることがあっても、実際の食事からはほとんど検出されない」とするデータをたくさん重ねることで、安心の理解につながるところだろう。
しかしこの調査方法、コストがかかる割には、調査の設計や分析の精度によって不確かさが大きい。番組中でも、安斎教授は「今回の結果で全部わかったということではない、ということは注意したほうがいい」とくぎを刺している。1回の調査では傾向はわかるかもしれないが、それで結論が出せるような類の調査方法ではない。
専門家であれば、そんなに出っこないよ、という結果は目に見えているだろうし、ちょっとだけやったところで意味は無い。現実問題としてゲルマニウム半導体検出器の測定は順番待ちの状況で、大量のサンプルを簡単に測定できる状況ではない。そういう意味では、NHKだからこそできた、ということだろう。
○調査結果の伝え方に問題は無いか
NHKがこの時期、全国の複数の家族をサンプリングして、比較するという調査は時機を得ていると思う。実際の汚染状況は大したレベルではないというメッセージも出せた。そのことはよかった、と思う。しかし少ないサンプルのトータルダイエットスタディの結果の伝え方としては、どうだったか。時々、くぎを刺すようなコメントもあったのだが、視聴者に短絡的に「これで安心」と思わせてしまったのではないか。「ためしてガッテン」じゃあるまいし、伝え方が大げさで雑なのだ。
福島郡山の家族の食事で検出されなかったのは、番組にとっては驚きだったかもしれないが、これも十分に予想できたことだ。福島県がこれまでやってきた食品ごとの検査でも、9月のこの時期ほとんどが検出されていないのだから。それにしても今回はたまたま出なくても、次回調査をして高い数値が検出されたたとしたらどうするのか。その時はやはり危ない、と伝えるのだろうか。
それからもう一つ、測定値の伝え方も問題だ。「ND:検出限界以下」の数値を、NHKはゼロとして伝えた。視聴者からのファックスで、この点を指摘されたリポーターは「今回の調査の検出下限値は0.3Bq/キログラムです」と説明した。そうであればそう書くべきではないか。NHKの公表データは、ゼロが並ぶ。ゼロという数字は視聴者にとってインパクトがあるだけに、慎重に扱ってほしい。
番組をみていると、危ない時はとことん危ない、安心な時はとことん安心と、振り子が触れるように極端な感じを受けてしまう。こんな受け止め方は私だけだろうか。
○それでも勧めるか、全量検査
ところで、番組の前半は安心路線かと思ったのだが、後半はやはり従来のNHKだった。番組では、「今後さらに汚染を低くするためにも、検査は重要ですよね」として、新しい放射能測定器を次々と紹介している。その中には「自分たち市民で計りたいというニーズに応えて」ベラルーシやウクライナで用いられている新しい測定器も取り上げている。そして、極め付けとして、またしても前回の原稿で触れたNHK首都圏スペシャル絶賛の、ベルトコンベア式の測定器を紹介している。これら測定器の精度については、相変わらず公定法と比較されることはない。
実はこの測定器、「あさイチ」にゆかりの深い機械そうである。以前6月に番組で司会の男性が「たとえばベルトコンベアで運ばれていって、数値が高いやつはぽんぽんってはじかれるとか、そういうシステムがあればすばらしいですね」とコメントしているのだが、「それが現実となったから」ということらしい。番組では「あれから3ヶ月、ついに実現したこの機械をいち早く導入したのは、外食チェーン店です」として、首都圏スペシャルの時と同様にお店の取り組みを紹介している。相変わらずNHKは、この技術を独占している1社の測定器を推奨しているのだ。
不思議だ。番組の前半で、食事まるごと調査をして放射性セシウムはほとんど検出されないレベルの汚染であるということを学習したのではなかったのか。その結果を踏まえれば、全量検査測定器にどの程度の意味が見いだせるのだろうか。
何のために検査をするのか、調査をするのか。もう少し情報を整理して、極端な情報発信を見直すことはできないか。影響力の大きい番組、公共放送だからこそ、お願いしたいのである。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。