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豊年満作を呼ぶ昆虫たち

柏田雄三(昆虫芸術研究家)

主食とする穀物が豊かに実る「五穀豊饒」「豊年満作」は、農民ばかりでなく多くの人々にとって、長年にわたり強い願いだったことでしょう。それは意識していなくても今でも変わりません。「尋常小学校(文部省学校)唱歌」の「村祭り」では、「豊年満作」を皆で祝う様子が歌われています。

兵庫県三田市の「さんだ蚊遣史料館」や東京都の「日本植物防疫協会資料館」で見せていただいた各地の神社のお札には、五穀豊饒、五穀豊年、五穀成就などの文字が、蟲災消除、蝗災防除、害虫退散などとともに記されていました。
この「豊年」という名前を持った生き物がいます。そのうち3種類の昆虫について「豊年」という側面から述べたいと思います。

1.豊年虫(イチモンジセセリ)

初めに、「豊年虫」と呼ばれることがある稲の害虫「イネツトムシ」です。成虫が大群 で移動することで知られるイチモンジセセリ(図1)という蝶の幼虫(図2)です。

図1 イチモンジセセリの成虫
図2 イチモンジセセリの幼虫(イネツトムシ)

葉っぱを糸でつづって納豆を包んだ藁苞(つと)のような形の簡単な巣を作り(図3)、そこから出ては稲の葉を食害します。

図3 葉をつづり合せてできた苞(ツト)

大発生した場合には、水田一枚の全体の葉がつづられ、出穂直前に全葉を食べられると50%減収することもあると『新応用昆虫学』(斎藤哲夫 他著 朝倉書店 1986年)は述べています。田圃のあぜから株を引っ張ると、向こう側までざわざわ揺れたという話を聞いたことがありますが、よほどの大発生だったのでしょう。

長野県木曽郡木曽町にある「経王塔」は、イネツトムシが大発生した時にその後の発生がないことを祈る供養塔で、「虫塚」の一つに当たります。

そのような害虫がなぜ「豊年虫」なのでしょうか。
『原色日本蝶類図鑑』(保育社 1968年)には、「本州・四国・九州の各地に多産し、ことに秋期にその数が多い。俗にハマキムシ、ガジムシ、ツトムシ、ハマグリムシなどとよばれるのは本種の幼虫で、稲を害するにもかかわらずこの大発生が豊年と一致する場合が多く「豊年虫」の名もある。これは稲の良好な成育の条件である高温多照が本種の発生にも適応するためと思われる」と解説されています。

また、『海をわたる蝶』(日浦勇著 蒼樹書房 1973年)にも「イチモンジセセリが大発生する年は、高温で日照りがつよく、稲の成育もまた良好であるからだ」と同様の説明があります。

2.豊年虫(オオシロカゲロウ)

次の「豊年」は「カゲロウ」(図4)で、地方によって「豊年虫」と呼ばれるそうです。

図4 カゲロウの一種(撮影:大川秀雄氏)

文豪・志賀直哉は、昆虫をいくつもの作品に取り上げましたが、短編小説の『豊年蟲』もその一つです。

長野県戸倉上山田(現千曲市)を初秋に訪れた小説家が、カゲロウの大量発生に出会い、人力車の車夫がこの虫は「豊年虫」で、発生が多いと作が良いので喜ばれることを話します。アーク灯に集まっては地面に降り積もるカゲロウの様子が、臨場感あふれる筆致で書かれています。

この虫はオオシロカゲロウで、9月頃に大発生することがあります。近年では2012年9月10日過ぎに長野県千曲市の千曲川にかかる橋の付近で大発生した様子が信濃毎日新聞で報じられました。小説の通りの、雪のように舞う様子、路面を覆う状態、 凄い羽音のことに触れています。

『豊年虫』が書かれた旅館は志賀直哉をはじめ、多くの文化人たちが逗留した歴史を持っています。敷地内で別荘とよばれていた建物が、創業100年の 2003年に有形登録文化財の指定を受けたのを機に、趣がある「豊年虫」(図5)と名づけられました。

志賀直哉の見た虫が「豊年虫」と呼ばれたのはなぜなのでしょう。

栃木県昆虫同好会機関誌の「インセクト」1978年号に、塩山房男氏が「アミメカゲロウの大量発生」の題でアミメカゲロウ(オオシロカゲロウの別名)がこの年栃木県の鬼怒川流域で大発生したことをとりあげました。
この年は長野県の千曲川、京都府の由良川、宮城県でも大量発生。過去にも例があって「豊年虫」や「蝶舞い」とよばれたことや「豊年」との結びつきにも触れ、「カゲロウの大発生が見られた年は、たぶん夏の天候が良く、稲にとって恵まれた天候だったのだろう」と、イチモンジセセリの場合と同じような理由をあげています。この年は6~8月の降水量が少なく、川の底生生物であるカゲロウの幼虫が洪水や増水の影響を受けなかったためであろうとしました。

図5 登録有形文化財 豊年虫のロゴ
(提供 笹屋ホテル)

また、長谷川仁編の『昆虫と会おう』(誠文堂新光社 1991年)で、1976~85年での鬼怒川での多発生年と、稲の豊作年とがかなり一致すると述べています。

カゲロウは海外にもいて、ハンガリーのティサ川での大発生がテレビで報じられ、北米でも五大湖などでの様子も、『新・昆虫記 群れる虫たちの世界』(ギルバート・ウォルドバウワー著 大月書店)で詳述され、水質汚染のため発生が大きく減るとありますが作物の出来には触れられていません。

3.豊年俵(ホウネンタワラチビアメバチ)

3番目の「豊年」は「豊年俵」です。豊年俵とは、イネアオムシとよばれる稲の害虫(フタオビコヤガの幼虫)などのイモムシにハチが寄生してできる繭(図6)のことです。

図6 イネアオムシなどの幼虫にハチが寄生してできる「豊年俵」

フタオビコヤガの成虫の前翅には名前の通り紫褐色をした2本の帯が斜めに走っていて、オスに顕著です(図7)。
幼虫はシャクトリムシのように歩き、小さいうちは葉脈に沿って食べ白い条斑を作ります。

そして3令以上になると葉辺から食害して、左右にノコギリの刃のような食べあとを残します(図8)。出穂前の加害によって収量に影響を及ぼす害虫です。

図 7 フタオビコヤガの成虫(撮影:池田二三高氏)
図 8 フタオビコヤガ幼虫(写真・赤丸)による被害(撮影:池田二三高氏)

フタオビコヤガには何種類もの天敵の存在が知られ、そのうちの一つが、幼虫に寄生するホウネンタワラチビアメバチです。

図9 豊年俵から羽化したホウネンタワラチビアメバチ(未同定)

このハチはヒメバチ科のハチの一種で、私が見たハチ成虫(図9)の体長は12mm、繭の豊年俵は6mmほどの小さなものでした。

繭は黒い色のきれいな模様を持っていて、糸で葉っぱからぶら下がって風に揺れている様子は、まるでおしゃれなピアスのようです。この繭に触れるとぴくぴくと動くのですが、捕食されるのを防いだり、自分が他の昆虫から寄生される(二次寄生と言います)のを防いだりするためなのかもしれません。

豊年俵は、害虫の体を基にして天敵であるハチが作るものなので、これがたくさんできることは豊作につながるということなのでしょうか。また、小さいながらも俵の形をしているので豊作に結びつくと考えられたのかもしれません。

まとめー「豊年」の名前の由来

ご紹介した三つの昆虫について、なぜ「豊年」の名前がついたのかをまとめます。

1番目のイチモンジセセリは稲の害虫ですが、この害虫が発生するのは稲にとっても生育に好適な気候なので、害虫が発生することがあっても全体的には増収に結び付くと考えられたのでしょう。

2番目のオオシロカゲロウが大発生するのも、稲にとって生育に適した気象条件の年に当たるそうです。特にこの虫が羽化する9月は稲作にとっても重要な時期で、長雨や増水が双方にとっての不都合な要因に当たります。

3番目のフタオビコヤガに出来る豊年俵は、害虫にハチが寄生してできる繭なので、稲にとって味方と言えるでしょう。

それぞれに「豊年」の呼び名がついているのは、あながち根拠がないわけではなく、農民の長年の経験の中で観察され、生まれたもののように思われます。さらに収穫が近づいてきた大切な時期に現れるので、その後天候にめぐまれ、低温による冷害や台風などの襲来、病害虫の多発生による被害がなく豊作になることを農民が強く願ったためだろうと思えます。

本稿を書くにあたって、池田二三高氏 、一般社団法人 日本植物防疫協会資料館館長の植野節子氏、大川秀雄氏(とちぎ昆虫愛好会)、笹屋ホテル(長野県千曲市)の髙橋美也子氏から貴重な資料、写真や情報などの提供をいただきました。厚く御礼を申し上げます。

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