斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
2005年11月29日付で食品衛生法の食品、添加物などの規格基準の一部を変更する厚生労働省告示第499号が厚生労働大臣名で出された。決められた試験法によって試験をした場合、「不検出」と規定された成分が検出されてはならないことになった。この方法以外での検査結果は「不検出」の行政判断に使えない。重みのある試験法である。では、新人の検査員がこの試験法を、どう感じるのかを考えてみよう。
食品中に「不検出」と規定されたのは、2,4,5-T、シヘキサチン、カプタホル、クロラムフェニコール、ジエチルスチルベストロールなどの15種類の農薬、動物用医薬品で、これらは決められた12の試験法によって試験をした場合、その成分が検出されてはならないことになった。その農薬の1つ、有機リン剤のクマホスの試験法を見てみよう。
試験には、アルカリ熱イオン化検出器、炎光光度型検出器、または高感度窒素・りん検出器付ガスクロマトグラフおよびガスクロマトグラフ・質量分析計(GC/MS)を用いるとなっている。最初から「または」と「および」の関係がよく分からない。検出器の説明はここだけで、後の文章にはどう使うか出てこないので、文面を読む限りは何を使ってよいのかよく分からない。推察するところによれば、「および」の前の機器で定性、定量試験を行い、「および」の後のGC/MSで確認しなさい、ということだ。
次に試薬・試液の項を見る。「抽出に用いるアセトニトリルの規格は、300mlを減圧濃縮し溶媒をとばす。残留物(実際は目に見えない)をヘキサン5mlに溶かし、その5μLを電子捕獲型検出器付ガスクロマトグラフ(試験に用いる検出器とは別の検出器である)に注入し、夾雑物(ノイズ)が0.004ppmのγ-BHCのピーク高以下でなくてはならない」と記載してある。
ほかの溶媒も同じ記載で、60倍濃縮した時の溶媒の純度を決めている。しかし、こんなことをして純度を検定して溶媒を使用している人は、ほとんどいない。実際は、市販の残留農薬分析用の溶媒を使用している。実態とかけ離れているこの記述は、よいのだろうか。
05年1月24日、厚労省食品安全部基準審査課から分析上の留意事項に関する事務連絡が出されており、その中では「市販の残留農薬用試薬を用いてよい」と書いてある。ほかにも分離カラムの説明、吸着剤の説明、固相抽出のミニカラムも試験法では正式な名前が書いてあるが、事務連絡で代表的な商品名が記載してあり、新しい人にも理解しやすくなっている。
例えば、合成ケイ酸マグネシウムと聞いてもピンと来ないが「フロリジルPR」と聞けば、「ああ、あれ」と分かる人も多い。「フロリジル」は米国のFloridin社の商標であり、以前はロットにより活性にばらつきがあったが、それを改善したグレードがPR(残留農薬分析用)である。行政関連の法律文では従来個人の商売に関する商品名を載せるなど考えられないことだったが、本文中ではないとはいえ、そういった説明が載るようになったことは隔世の感がある。
抽出法も(1)穀類、豆類および種実類の場合(2)果実、野菜、茶およびホップの場合(3)(1)および(2)に掲げる食品以外の食品の場合の3つに分けられている。説明すると、(1)は脂質を含んだ食品でそのための脱脂操作が含まれている。(2)は通常の抽出方法であるが、カプタホールなどは細切均一時の分解を防ぐためにリン酸酸性で行っている。
クマホスの試験法は新しいので「茶」となっているが、従来からの試験法では「抹茶」と「抹茶以外の茶」は抽出方法が異なっていた。抹茶は溶媒で直接抽出するが、抹茶以外の茶は熱湯を加え室温で5分間放置後、ろ過した抽出液を試験溶液としている。通常のお茶の入れ方を想定したおつな方法である。本来は農産物としての検査であるはずなのだが‥‥。
以上、説明がなければ難しくてやれる訳がない試験法である。このため通常の分析には、食品衛生協会が出している厚生労働省監修「衛生検査指針?残留農薬?」などを参考にして行っており、法律文はよほどの時にしか参考にしない人が多いと思う。「衛生検査指針」の中には、分析法をフローチャートで示して理解しやすくなっており、また注釈などで実際に使用する商品名などを記載している。
来年5月末のポジティブリスト制度の施行に向けて、多くの機関で食品中残留農薬の試験を行い、また新人の担当者がその実務を行う場所は多いと思われる。ポジティブリスト制度の趣旨を正しく理解し適切に運用するためにも、きちんとした試験の実施が求められている。新人の方たちは、各種セミナーに参加したりして知識情報を得ているだろうが、情報は断片的で中々全体的にかつ系統的に勉強できるところはないのが現状である。
日本農薬学会でも各地で農薬残留セミナー(ミニカラム等の実習付もあり)を開催したり、「残留農薬分析知っておきたい問答あれこれVer2」(良くできていると思っているが)を出したりしているが、担当者のボランティアにも限度がある。そろそろ残留農薬分析の老舗である日本食品分析センターなどが有料で1カ月くらいの残留農薬分析担当者養成研修コースなどを企画する時期かもしれない。今こそ、残留農薬分析の職人を養成する必要がある。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)