斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
今回は、残留農薬の問題から少しだけ外れ、魚介類に含まれるメチル水銀の問題に触れてみたい。というのも昨年5月4日付けの朝日新聞記事に、考えさせられる記載のあったことを思い出したからだ。少し長いが以下に、「水銀の影響」として書かれた内容を引用させていただく。
有機水銀はごく微量でも強い神経毒性を持つ。胎児の脳は悪影響を受けやすい。米科学アカデミーは「水銀が原因の学習障害などに悩む子供は年間6万人に上る」と推定した。米疾病対策センターは昨年1月、「出産可能年齢の女性の8%で血中の水銀濃度が警戒値を超えている」と報告。今年の米環境保護局(EPA)の推計では、年間400万人の米国の新生児のうち、63万人が体内で警戒値を上回る水銀にさらされている。米食品医薬品局(FDA)とEPAは3月末、妊婦や授乳中の女性を対象に、「水銀の蓄積量が多いサメ、メカジキ、サワラ、アマダイを食べてはならない」という異例の指導を発表した。(2004年5月4日付け朝日新聞「かすむ水銀排出規制(2004米大統領選 対立の構図:6)」より引用)
この新聞記事は、米国の4つの関係機関が報告した危険情報を組み合わせ、1つの情報に仕立てたものだ。気になったのは、その基となる個々の危険情報のニュアンスは、実はこれとかなり違ったものであるということ。例えば、サメ、メカジキなど魚介類の水銀の部分は、FDAおよびEPAが2004年3月に発表した水銀関連のレポート「What You Need to Know About Mercury in Fish and Shellfish」を基に書かれたものだ。文章は以下のように始まっている。
魚介類は健康な食事のために大切なものである。高品質のたんぱく質や必須栄養素を含み、飽和脂肪酸が少なく、オメガ3脂肪酸(DHA、EPA、α-リノレイン酸など)を含んでいる。様々な魚介類を含むバランスの良い食事は、健康な心機能や子供の適切な成長に役立つ。従って、特に女性や子供は栄養学的に優れた魚や魚介類を食事の中に含めたほうがいい。
ただ、ほとんどの魚は少量の水銀を含んでいる。大部分の人にとっては、魚介類を食べることによる水銀のリスクは健康に影響のあるものではない。しかし、ある種の魚介類には胎児や幼児の神経系に影響を与える可能性のある高濃度の水銀を含むものがある。そのリスクは食べた量とその魚介類の水銀濃度による。そこでFDAとEPAは妊娠の可能性のある女性、妊婦、授乳中の女性、幼児が高濃度に水銀を含む魚介類を避け、水銀濃度の低い魚介類を食べることを薦める。
次の3つの勧告に従って魚介類を選んで食べれば、注意する必要のある人たちも魚介類を食べる有用性を得る事が出来、水銀の有害な影響を減らすことが確実に出来る。(1)水銀濃度の高いサメ、メカジキ、オオサワラ、アマダイは食べないようにする(2)水銀濃度の低い魚介類を1週間に340g(2種類の食材)までは食べても良い。水銀の少ない魚介類は、エビ、缶詰のマグロ、サケ、タラ、ナマズの5種類である。他の種類では、ビンナガマグロは缶詰のマグロよりも水銀濃度が高い。もし、魚介類を2種類選ぶなら、ビンナガマグロは1週間に170gまでは食べても良い(3)住んでいる場所の近くで家族や友人が採った魚の安全性についてはその地区のアドバイザーに相談する。もし、有益なアドバイスがなかったら、取った魚は1週間に170g(1種類)までは食べてもいい。しかし、その週は他の魚を食べないようにすること。
つまり、先に挙げた朝日新聞の記事はこのレポートの(1)水銀濃度の高い…という部分だけを抜き出したものなのである。原文は「Do not eat…」とあるので、「食べてはならない」ときつく訳しても間違いにはならないが、文章の全体から考えれば「食べないように」と訳すのが適切だ。
このレポートを読むと、魚介類の水銀問題にどう対処すれば良いのか、特にリスクがある人はどうすべきかがしっかりと見えてくる。同じ魚種でも魚体の小さい魚は水銀蓄積量が低いことも触れてあるとさらに理解しやすい。新聞に引用する場合、確かに長々としていては記事にならないことは十分、理解できるが、こういった内容のレポートを要約しすぎて最初の新聞記事のようにして欲しくないのである。
今回、残留農薬をテーマにしたコラムでありながら魚介類の水銀の話を書いたのは、「情報の伝え方」や「情報の読み方」というのは、どんなテーマにも共通するものと考えたからだ。残留農薬の有害性を伝える記事にも、朝日新聞の記事に見られたような「要約しすぎ」は散見される。昨年のヒジキのヒ素問題にも言えることだが、ただ単に、問題の一部分だけを抜き出し、いたずらに消費者の不安をあおるのではなく、食生活全体における、その問題の位置づけや個々人がどのように対処すれば良いのかを噛み砕いて伝え、また消費者も含め皆で考えるシステムを構築していかなければ、壮大な無駄を繰り返す現状は少しも改善されない。もちろん他方で、どんな小さな問題であっても、そこにリスクがあり改善の余地がある以上、行政を含め皆できちんと解決していく努力も、もちろん必要だ。
何か大きな事件や事故が起きないと動けない社会も、過剰な表現で不安をあおり、そのエネルギーで何らかの社会的な反応を起こさせようとするやり方も、正常とは言えない。食品の作り手と受け手が信頼関係を築き、公正で適切な情報を基に安全対策を講じていくような社会基盤を構築しない限り、「食の安心」は、いつまでたっても確保できない。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)