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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ゲノム編集作物・食品の規制 気になるヨーロッパの動き

白井 洋一

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ゲノム編集技術をめぐって規制や管理をどうするかが注目されている。ここでは生命倫理が最大の課題になる医療には触れないが、作物や家畜などの品種改良でも、遺伝子組換え生物と同じような規制をすべきかどうか意見が分かれている。

ゲノム編集とはDNA切断酵素システムを使って、ゲノム(全遺伝情報)の標的とする領域を正確に取り除いたり、導入操作できる先端技術だ。日本は昨年(2018年)夏から、環境省と厚生労働省で、作物や魚などの規制について検討し、小規模な変異誘導で、遺伝子の機能をなくしただけの品種改良は、外来遺伝子が導入されないので、組換え生物のような規制対象にはしないと決めた。しかし、同時期、7月25日に欧州司法裁判所(ECJ)は「たとえ小規模な変異誘導であっても、ゲノム編集技術を使った品種改良は遺伝子組換え生物の法律(GMO指令)の規制を受ける」という見解を出した(当コラム、2018年8月1日)。

 

このため、日本の決定はアメリカに追随したもの、欧州連合(EU)のように慎重に法律で規制すべきという論調が大手メディアからもあがるようになった。NHKは2019年3月18日のニュースウォッチ9で、比較表を掲げて「あなたはUSA派、それともEU派?」、「食べ物なのでEU派が多いかもしれませんね」とキャスターがニッコリ微笑んでいた。遺伝子組換え食品でも、推進のUSAと抵抗するEUというパタンが永年定着しているので、ゲノム編集食品もUSA対EU、USAに追随するJAPANという図式は好まれるだろう。

しかし、ゲノム編集ではEUもこのままで終わりそうにない。5月下旬に規制の見直しに向けて具体的な動きがあった。

●EU統一ルールで 14国共同で要求

欧州委員会(EUの行政府)の広報サイト、EurActivは2019年5月21日に、欧州委員会はゲノム編集技術について現行の組換え作物・食品に関する規制の見直し作業をすでに進めている」と報じた

昨年7月、ECJはゲノム編集技術で作る作物や家畜の新品種を現行の法律(GMO指令)に従うべきと判断した。しかし、指令を見直し、改訂するのは行政府の仕事であり、新しい技術には新しい制度(法律)が必要だと欧州委員会のホーガン農業担当委員(大臣)が述べた。決定するのは今年の秋に改選される新しい欧州委員会の仕事になるが、現在も各国の専門家クラスで意見交換が進められている。農業担当委員だけでなく、これまでも環境担当委員を含め欧州委員会の閣僚は「新しい技術には新しい制度を」という意見が多かったのでそれほど驚くことではない。

5月24日には、「ゲノム編集作物の規制はEU共同ルールで 14か国連名で要求」と、欧州委員会だけでなく、加盟国の前向きな動きも伝えられた。

28国の農業担当大臣の閣僚会議で、オランダとエストニアが代表になり、計14国の連名で、ゲノム編集の扱いはEU共通ルールとし、現行のGMO指令の改訂を求めたものだ。残りの12国は、ベルギー、キプロス、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシア、イタリア、ポルトガル、スロベニア、スペイン、スウェーデン、イギリスだ。

昨年のECJの見解は最高裁の最終判断にあたり、現時点ではこの判断に従わざるを得ない。まだEU加盟国であるイギリスは、ことし1月、組換え小麦とゲノム編集ナタネの試験栽培を申請したが、どちらも組換え体を扱う法律によって規制管理されている(Farming UK, 2019/01/22) 

日本が規制対象外と決めたのは、外来遺伝子を導入しない小規模な変異誘導だが、EUもこれを規制対象外とするには、ECJの判断に逆らうことはできないので、まず法律(GMO指令)を改正しなければならない。そのうえで、規制管理も各国バラバラではなく、EU共通のルールにするべきと要求した。

EU共通ルールを要求したのは、2015年10月、長い論争の末、決着した組換え作物の栽培をEU統一ではなく、各国の判断に任せる合意(opt-out指令)が背後にあるのかもしれない。Opt-out指令とは、組換え作物の商業栽培承認が各国の投票で毎回有効票に達せず、一向に進まないのに業を煮やした欧州委員会が、「最終判断は各国政府に任せるから、栽培したい国、地域のことも考え、投票しろ」という政治的妥協案だ(GMOワールドII, 2015/10/19)。

しかし、Opt-outができても、新規の商業栽培品種の承認は進まず、EUで栽培されているのは害虫抵抗性トウモロコシ(MON810)だけなので、この政治的妥協案もうまくいなかったといえる。新規承認が進まないのは、イギリスのEU離脱騒動など統一EUに対して懐疑する動きが各国で強まり、組換え作物の栽培承認が緊急を要する重要課題でなくなったことも影響しているかもしれない。

今回の共同提案14国の2015年のOpt-outの権利行使を見てみると、オランダは栽培しない、エストニアは権利行使せずだ。他の12国でも、スペイン、ポルトガル、イギリスは栽培すると意思表示したが、フランス、ドイツ、イタリアなどは栽培しないと宣言している。オランダも組換えトウモロコシは国内栽培しないと表明しただけで、ゲノム編集による新育種技術の利用には、イギリスとともに積極的な国だ。今回の共同提案に対して、はっきり反対しているのは今のところ、ポーランドだけで、組換え作物の商業栽培賛成国が共同提案に賛成(またはその逆)という図式ではないようだ。

●着地点は未定だが

もともとEU行政府は組換え体のような規制をしたくなかった。2012年にクリスパーキャスという画期的な技術が発表されたため、「ゲノム編集技術」だけが独り歩きして注目されているが、EUは2010年頃から、組換え技術を使うけど、最終産物には外来遺伝子が残らない新育種技術(New Plant Breeding Techniques)は組換え体には含めない方向で検討を進めていた。しかし、環境団体の「隠れ組換え体(hidden GMO)」キャンペーンが強まる中、方針の表明が何度も先送りされてきた。そんな中、フランスの農業団体が、ゲノム編集技術で作った除草剤耐性ナタネは組換え体の規制を受けるのか否かとフランス政府に判断を求め、フランスがECJに判断を丸投げしたため、欧州委員会は方針を発表する機会を失ってしまった。

ECJも2018年1月の法務官による予備的見解では、「(小規模な)変異誘導技術は組換え体には入らない」だったが、7月の最終見解で大逆転した。予備的見解とまったく逆の見解が出るのは異例のことらしいが、ここに至った背景を明快に説明した記事、報道はない。

バイテク関係の国際情勢に詳しい研究者によると、5月の欧州議会選挙、秋の欧州委員会の改選後から、何らかの動きがあるだろうという予測だったが、秋を待たず、ゲノム編集をめぐる制度改訂は動き出したといえる。欧州議会選挙で「緑の党」系の環境会派が52から75と議席を増やしたが、ゲノム編集に関していまのところ、原理主義的に「絶対反対、認めない」という立場は表明していない。

組換え生物に関する法律(EU指令)を改訂し、一部のゲノム編集技術を規制対象外にできるかどうかは、欧州議会よりも、加盟国の委員で構成する常設委員会や閣僚会議の動き(投票結果)にかかっている。ゲノム編集に限定せず、2010年当時に戻って、新育種技術(NPBT)の扱い方を再整理するのが合理的なのだが、はたしてそのように進むだろうか。サイエンスベースでは決まらず、政治的妥協案が入り込む可能性もある。EUを離脱しているはずだったイギリスがまだ残っているなど、先の読めないEU情勢だが、ゲノム編集、新育種技術の動きにも引き続き注視したい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介