食品衛生レビュー
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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食中毒菌の中で、最も毒性が強いのはボツリヌス菌だと考えられています。しかし、毒性が強いのは、菌が産生する毒素であって、ボツリヌス菌自体は弱い細菌で、ほかの微生物がいると増殖が抑制されます。そして、空気を嫌う嫌気性細菌でもあります。したがって、最も怖い食中毒菌というわけではありません。最も怖いのは、やはり腸管出血性大腸菌で、その中で一番強いO157だといえるでしょう。今回は、今年4月に新潟県で発生した大規模な腸管出血性大腸菌O157中毒事件についてレビューするとともに、O157の食中毒対策についてまとめます。
O157食中毒は1人でも発生すれば新聞記事になるのに、新潟県のこの事件は患者数が31人と大規模なもの。しかし、不思議なことにほとんど報道されませんでした。そのため、詳細を調べるのに苦労しましたが、4月14日の新潟県の発表と15日付けの地方紙と全国紙の地方版の報道を参考にして、次のようにまとめてみました。
今年3月28日から31日まで、新潟県南魚沼市の旅館に企業の研修で宿泊をした90人のうち、10〜20歳代の男女31人(男15人、女16人)が、4月2日午前7時頃から腹痛、下痢などの症状を訴えました。管轄の保健所が調べたところ、8人の検便から腸管出血性大腸菌O157を検出しました。旅館従事者の便からも腸管出血性大腸菌O157を検出しました。患者に共通する食事は、旅館で調理された食事に限られたことから、県はこの旅館に対して、4月15日から3日間の営業停止処分を科しました。なお、13日の夜から14日は、旅館の自主休業としました。
原因食品は、旅館が提供した28日から31日までの昼食の、いずれかとみられます。昼食のメニューは、カレーライス、サラダ、うどん、いなり寿司、中華丼、味噌汁、スパゲティ、ヨーグルト。収容人数200人という大きな旅館ですが、ほかの宿泊者に患者は発生していなかったものと思われ、原因食品は昼食とほぼ限定されたようです。
旅館、集団給食、弁当製造などの大量調理施設では、食品ごとに50g以上の保存を義務付ける「検食」という決まりがあります。したがって、この旅館でも、原材料と調理済み食品(提供した食品)を2週間以上、マイナス20℃以下で保存していると考えられ、行政ではその食品の細菌検査をしたと考えられます。このような大規模施設で食中毒が発生すると、検食、調理場内の器具類・流し・蛇口・冷蔵庫内などの拭き取り、調理従事者の検便で、検体数はゆうに100検体を超えます。また、非発症者を含む参加者から摂食状況を聞き取り調査して、原因食品を理論的に追求しているものと考えられます。
原因食品として一番疑わしいのは、生野菜を提供していれば、サラダとなります。1996年に大阪府堺市の小学校給食で集団発生したO157事件では、生野菜のカイワレダイコンが疑われました。報告書では断定していませんが、同日、老人ホームに出荷されたカイワレダイコンでもO157事件が発生し、DNAパターンも小学校給食の事件と一致したので、私はこの事件の汚染源はカイワレダイコンではないかと考えています。
堺市の多くの学校給食施設では、盛り付けがきれいになるように、スポンジに張っている根の部分を切らずに、シンクに入れて洗浄していました。しかし、根の部分を切ってから長時間水洗した学校では、O157食中毒の発症がありませんでした。やはり、カイワレダイコンの根の部分やスポンジにO157が存在していたものと考えられます。しかし、カイワレダイコン自体が悪いのではなく、洗浄方法に問題があったといったほうがよいでしょう。
では、カイワレダイコンはどこで汚染されたのでしょう。一般には、カイワレダイコンの種子のヒダの部分にO157などの細菌が潜んでいることが考えられ、栽培に使用していた地下水の汚染されていた可能性もあります。野菜などの植物では、細菌のような物質を根で吸収され茎を通して上へ上げることは考えられません。ですから、発芽野菜(スプライト)を生で提供する場合は、根(細菌が多く生存するスポンジ)の部分を切ってから洗浄することで、細菌を取り除くことができます。
07年5月にも、東京都内の大学とその付属中・高校の給食施設で、O157食中毒事件が起こり、445人の患者が出ました。原因推定食品は保存されていなかったため、原因食品は特定できませんでした。摂食状況調査から原因食品を提供した日が5日以上あったと推察され、キャベツ、レタスなどの生野菜が疑われました。キャベツについては、千切りと牛肉の調理を平行して行われた日が数日あり、千切りキャベツが残った場合、翌日まで保存し提供していました。こうした調理過程で汚染されたと思われます。生野菜の洗浄には生肉、生魚の影響を受けないようにすることと、残った場合、翌日も生のまま提供する場合には、洗浄を徹底する必要があります。
ここで、O157食中毒が最も怖いということについて、まとめてみましょう。O157は、人の腸管に感染し腸管内で増殖し、ベロ毒素と呼ばれる強い毒素(ふぐ毒の1000倍以上)を産生します。この毒素によって、水様性下痢(悪化すると、新鮮血を伴う下痢)や激しい腹痛を起こし、抵抗力の弱い幼児や老人、入院患者などは、溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症(けいれんや意識障害)を併発するのです。HUSとは、急性腎不全、血小板の異常な減少、貧血が主な症状で、死に至ることもあります。同じ腸管出血性大腸菌で、O157に次いで検出が多いO26は毒性が弱く、HUSを併発することも少ないようです。
堺市の場合は、3人の児童が亡くなり、溶血性尿毒症症候群(HUS)が121人でした。食中毒発生6カ月後のフォローアップ腎臓検診結果では、腎機能低下者が6人、検尿異常者が227人いました。後遺症が残っていた人は患者全体の約2.5%となります。同年に発生した岡山県邑久町の学校給食では2人の児童が亡くなりました。
ほかの食中毒菌に比べ、極めて少ない菌量(100個以下)で感染するのがO157の特徴です。発症者のふん便からは、1g当たり100万個程度のO157が検出されます。健康保菌者もいますので、用便後の手洗いが重要です。潜伏期間が3日から9日と、長いことも特徴として、知っておくべきでしょう。
O157は牛などの大腸の常在菌です。したがって、生の牛肉は汚染されていることが多く、焼き肉では焼き台に載せるハシ(トング)と焼いて食べるハシを分ける必要があります。幼児には絶対に生肉を食べさせないようにしなければなりません。また、幼児が「ふれあい動物園」などで牛に触って遊ぶことで、O157感染が毎年発生しています。幼児が牛を触った後は、直ぐ手を拭くように配慮が必要です。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)