科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

ノーベル賞受賞者100名以上からGreenpeace宛公開書簡の起爆力と背景

宗谷 敏

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  2016年6月29日、107名(署名者は増加中で7月2日現在110名)のノーベル賞受賞者たちが署名したGreenpeaceと国連及び各国政府に向けた公開書簡が公表された。
 6月30日にはワシントンD.C.で代表者(英国Richard J. Roberts博士、後述)による記者会見も開催された。この公開書簡の主旨は、Greenpeaceに対してバイテク作物・食品、特に「ゴールデンライス」への反対キャンペーンを中止するよう要請している。

 内容的には、Greenpeaceが主導する反 GMO(遺伝子組換え作物・食品)キャンペーンを反科学であるとみなし、特に「ゴールデンライス」への妨害はビタミンA欠乏症(VAD)により毎年100万~200万人の乳児と子供が死んでいるというUNICEF(国連児童基金)の統計を紹介して、「これが『人類に対する犯罪』だと認められるまでに、世界中の貧しい人々の何人が死ななくてはならないのか?」と、激しい主張を突きつけている。

 この公開書簡を仕掛けたのは、Support Precision Agricultureという組織で、旗振りは真核生物のイントロンと遺伝子組み換え技術の発見で1993年生理学・医学賞を受賞した英国New England Biolabs所属の生化学・分子生物学者Richard J. Roberts卿である。

 署名したノーベル賞受賞者107名の内訳は、平和賞受賞者1名、エコノミスト8名、物理学者24名、化学者33名と医師41名で、日本からはキラル触媒による不斉反応の研究で2001年化学賞を受賞した野依良治科学技術館館長と青色LEDで2014年物理学賞を受賞した天野浩名古屋大学教授とが署名している。

 現存するノーベル賞受賞者の37%が署名したこの請願の起爆力はさすがにすさまじく、世界中で多くのメディアがこの公開書簡を取り上げ、GMOsと「ゴールデンライス」が、先月のGMOsがヘルスリスクをもたらすという確固たる証拠はないとする米国NAS報告書に続き、各紙の紙面を再び賑わした。

<Greenpeaceの反論と公開書簡への批判>

 猛烈な爆風を受けたGreenpeaceは、東南アジアの担当者が6月30日に回答を発表し、GM「ゴールデンライス」を阻止しているという批判は虚偽であり、「ゴールデンライス」は失敗した解決策で20年研究されても商業化されていないから、これは存在しさえしない何かについての話である。他のもっと利益があるGM作物のグローバルな認可への道を開くために「ゴールデンライス」を企業が誇大宣伝している、などと反論している。

  Greenpeaceの反撃材料の一つに、米Washington大学St. Louis校と英Sussex大学の研究者が4月16日にAgriculture and Human Values誌に発表した「Disembedding grain: Golden Rice, the Green Revolution, and heirloom seeds in the Philippines」という論文がある。環境保護活動家が導入遅らせたことに責任があるという主張に対するサポートをほとんど見つけられなかったとする論旨で、Greenpeaceの回答はこの論文に負うところが多い。この論文に対しては、Genetic Literacy Projectが6月15日に反論している。

 公開書簡に対する噴飯物の批判を述べたのは、米国Organic Consumers AssociationのRonnie Cumminsで、6月30日のEco watchにおいて署名したノーベル賞受賞者のすべてがMonsanto社とその手先によって買収されているという仄めかしを述べている。

 批判に対しガチな論争を避け、特に企業との関連を匂わせて相手の信頼を貶めようとするのは、GM反対派の常套手段でもある。Richard J. Roberts博士に対しても英国の反GM評論家であるColin Todhunterが、この手法で長文の誹謗・中傷を展開している。

 科学者たちも一枚岩ではないから、「科学は証拠と事実に基づくべきで権威(ノーベル賞)の議論ではない」と、公開書簡に一線を画す者もいる。但し、専門性の違いを持ち出して「(署名者たちは)実際にGMを研究したことがあるのか」とまで言うのは、さすがに失礼だろう。署名したノーベル賞受賞者以外にも、公開書簡を支持する科学者たちは大勢いる。

<科学者たちによる反科学思想への危機感が背景か>

 専門領域を超えて、ノーベル賞受賞者たちが公開書簡に署名した背景には、やはりソーシャルメディアなどに溢れる反科学思想の台頭・跋扈に科学者として危機感を抱いてのことではないだろうか。それは、GMに限らず気候変動やワクチンだったりする。どうやらGreenpeaceは、反科学の象徴としてスケープゴートにされたように思えるのだ。それは、彼らが「ゴールデンライス」をGM推進のシンボルとして忌み嫌ったことへのしっぺ返しなのかもしれない。

 反科学というコトバを安直に使うことには慎重でありたいが、科学的証拠と事実を一切認めないイデオローグなGM反対運動を展開してきたのが、Greenpeaceだからだ。もう20年ほど昔の話なのでエビデンスの記事を持たないが、筆者が強く記憶しているエピソードがある。
 EUでGreenpeaceの広報担当の女性が「貧しい人々を救おうとしている『ゴールデンライス』だけは、GMであっても反対しない」と述べた。しかし、「ゴールデンライス」がGMの広告塔・橋頭堡となることを恐れたGreenpeace本部は直ちにこの発言を撤回させてしまう。GMを根絶やしにするというイデオロギーとは相容れなかったからだ。

<参考記事>
6月29日(30日update) Washington Post「107 Nobel laureates sign letter blasting Greenpeace over GMOs」
6月29日 USA Today「The red hands of Greenpeace: Mastio and Mahmood」
6月30日 N.Y. Times「Stop Bashing G.M.O. Foods, More Than 100 Nobel Laureates Say」
6月30日 Scientist「Nobel Laureates vs. Greenpeace」

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい