科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

BSEの検査対象月齢見直し 20→30→48月齢以上から原則廃止へ

白井 洋一

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 国産牛の牛海綿状脳症(BSE)の検査対象月齢の見直し作業が始まった。 昨年12月18日に厚生労働省が食品安全委員会に、検査対象月齢と病原体である異常プリオンの蓄積しやすい特定危険部位(SRM)の範囲を変更した場合のリスク評価を依頼し、1月29日の食安委プリオン専門調査会(第97回)で検討が始まった。

 専門調査会の審議はこれからで、結論はまだ先だが、日本では2002年1月以降に生まれた牛からBSEは発生しておらず、2013年5月に国際獣疫事務局(OIE)から清浄国(BSE発生のリスクを無視できる国)と認定されているので、厚労省の示した案は国際基準から見て妥当なものだ。しかし、2001年の国内で発生以来、BSEの検査体制が科学的に正しく理解されたわけではなく、政治が絡むことも多かった。厚労省の改訂案とともに2001年以降の国内でのおもな出来事をふり返る。

BSE 国内ヒストリー
2001年9月 国内1頭目のBSE発生(日本では発生しないと言っていた農水省、厚労省の信用失墜)

  10月 全頭検査開始(全月齢対象)、肉骨粉使用完全禁止などのエサ規制

2003年7月 食品安全委員会設立(BSEを教訓にリスク評価機関と管理する行政機関を分ける)

  12月 米国でBSE発生、輸入禁止

2004年10月 検査月齢見直しを食安委に依頼

2005年7月 検査対象を全月齢から20月齢以上に引き上げ(自治体は独自に全月齢・全頭検査を続ける)

  12月 20月齢以下の米国産牛肉輸入再開

2009年1月 国内36頭目のBSE発生(最終例)

  4月 と畜場でのピッシング(牛が暴れないように脊髄にワイヤを通す)をようやく完全禁止

  5月 OIE総会で日本、「管理されたリスク国」に認定

  6月 民主党、「プリオン専門調査会の答申が米国産牛肉の輸入再開につながった」として、調査会座長の食安委委員就任に同意せず

2011年12月 検査月齢見直しを食安委に依頼

2013年2月 米国産、カナダ産などの輸入条件を30月齢以下に変更

  4月 国産牛の検査対象を30月齢以上に引き上げ

  5月 OIE総会で日本と米国を「無視できるリスク国(清浄国)」に認定

  7月 国産牛の検査対象を48月齢以上に引き上げ(全自治体、全月齢・全頭検査を廃止)

2015年12月 月齢と特定危険部位の見直しを食安委に依頼

 今回、厚労省が示した改訂案は2点だ。

(1)健康牛のと畜場での検査をすべて廃止する。運動障害や全身症状の見られる24月齢以上の牛のみを検査対象とする。

(2)特定危険部位(SRM)を30月齢以上の頭部と脊髄のみとする。現行の全月齢の扁桃や30月齢以上の脊柱は除く。

 対象月齢について私は48月齢から72月齢に引き上げるのかなと思っていた。 瀬古博子さんがイギリスでは3度、BSE対策を緩和した (2012年10月4日)」で書いているようにBSEが最初に見つかり発生数がもっとも多かったイギリスも、検査対象月齢を30月(2005年)、48月(2009年)、72月(2011年)と段階的に引き上げ、他の欧州連合(EU)でも、発生状況やエサ管理の徹底度に応じて順次変更していたからだ。

 今回の厚労省の提案は「原則、検査廃止」だ。日本では肉骨粉完全禁止などのエサ管理が成功し、2002年1月以降に生まれた牛から14年以上、BSEは発生していない(11年以上発生がないと清浄国と認定される)。EUでも2013年にリスク度に応じた検査月齢見直しが行われ、イギリスを含む多くの国で健康牛のと畜場での検査を完全に廃止している。日本が国際基準よりも厳しい検査を続ける場合、科学的な正当性が求められるというのが厚労省の説明理由だ。

まず対象月齢から検討 次に特定危険部位を

 1月29日の専門調査会では、厚労省案のうち、まず月齢見直しから検討し、それが済んでからSRMの範囲の変更について審議することになった。月齢見直しでは、エサを介して伝染する定型BSEについては特に意見は出なかったが、自然発生で散発的に発生する非定型BSEとの関係で気になるとの意見が出された。前回の見直しで48月齢以上は検査を続けるとしたとき、非定型は高齢牛での発生が大部分なのでというのが理由の一つだったが、その後、非定型の高齢牛での発生リスクに関して新たな知見が出たのかというものだ。もっともな質問で、他の委員や事務局から明確な説明はなかった。

 SRMの範囲変更について、EUの清浄国での「12月齢以上の頭部と脊髄のみ」と比べて、特に規制を緩和したものではないと厚労省から説明があった。複数の委員から安全上の問題とともに、範囲の変更はエサ管理の問題とも関係するので、農水省管轄の家畜管理も同時に考えなければならないという意見が出た。厚労省は両省の連携で規制範囲にズレが生じないようにするとの回答だったが、必要ならば農水省管轄分も含めて協議することになった。エサ規制がしっかりできていないと、OIEのリスク評価認定にも影響する。非定型BSEについてもわかっていないことは多い。委員から出された疑問、質問はどれも重要で、これからしっかり科学的に納得のいくよう詰めてもらいたい。

 
メディアで話題になるのは米国産ビーフの輸入条件変更の時か

 2011年12月に検討を開始し2013年2月に決まった月齢見直し作業は、国産牛と米国などの輸入牛肉を同時に進めたため、わかりにくく混乱するところがあった。多くのメディアや消費者団体は米国産牛肉の規制が緩和される点だけを強調し、やっても無駄な日本独自の若齢牛の検査や世界で認められている検査基準について、どれだけ正しく理解されたのか疑問だ。

 専門家の中にも、国産と輸入を同時にやらず、まず国産で見直し、理解を得てから輸入を見直すという選択肢もあるのではという意見もあった。今回は国産牛だけで、専門委員がどのような結論を出すかはわからないが、48月齢以上の健康牛の検査を廃止しても国民からそれほど反対意見は出ないと思う。

 メディアや消費者団体が反応するのは、輸入牛肉の規制条件変更の時だろう。BSEの発生リスクが無視できる清浄国からの輸入では、30月齢以上や48月齢以上は輸入禁止という理由は科学的には成り立たない。米国はそのうち現在の30月齢以上の輸入禁止制限の見直し、廃止を要求してくるだろう。TPP(環太平洋連携協定)で、牛肉の関税も段階的に引き下げられるので(今の38.5%から16年後には9%)、政治的思惑も絡む。そのとき、またわが国の食の安全が脅かされるという論調になるとしたら、2001年以来、BSEに対する国民の理解度は変わらなかったことになる。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介