科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

ラボにおけるGMOsの遺伝子書換えによる生物学的封じ込め

宗谷 敏

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 2015年1月21日「Nature」誌に発表された2本の論文に、海外メディアの関心が集まっている。GMOs(遺伝子組換え生物、農産物のみを意味しない)の現実的リスクの一つは、環境中に逃げたGMOsが、非GMOsに組換えられたDNAを拡散させて生態系に変化を招き、帰結的に環境を汚染するかもしれないということだ。これへの対策としてラボにおいては「biocontainment(生物学的封じ込め)」という手法が採られるが、この2本の論文はその手法にブレークスルーを提供した、と各紙は報じている。

 一方の論文は、米国Yale大学の研究者らによる「Recoded organisms engineered to depend on synthetic amino acids(合成アミノ酸に依存させるための遺伝子(コード)書き換え)」、もう一方の論文は米国Harvard医科大学の研究者らによる「Containment of Genetically Modified Organisms by Synthetic Protein Design(合成タンパク質のデザインによる遺伝子組換え生物の封じ込め)」である。

 技術開発コンセプトをほぼ同じくするこれら2本の論文に共通するキーワードはGRO(genetically recoded organism:遺伝子書換え生物)である。GM大腸菌(E. coli bacteria)は、充填材(シーラント)、接着剤から香水まで既に広く産業利用が行われている。研究者たちは、このGM大腸菌の成育・生存に合成アミノ酸(人工栄養)が必須となるように遺伝子コードを書き換えた。

 この結果、当該GM大腸菌は合成アミノ酸を供給されるラボ内のみで成育・生存が可能で、合成アミノ酸が存在しない自然環境中ではGM DNAを拡散する暇もなく餓死してしまうため完璧なbiocontainmentが達成できる、というギミックらしい。

 Harvard医科大学によれば、これらのGROには別の利点もあるという。ウイルスのタンパク質を作る遺伝子マップを混乱させることにより、生物体に侵入してきたウイルスは困惑し、意図した場所に到達できない。この意味は、生物体にマルチウイルス抵抗性を付与できるというのだ。

 各国の科学者たちは、両大学の「kill switch」開発について、実験段階における GMOs のエスケープをほとんど不可能にしたことを偉業として高く評価している。では、この新技術は、よりオープンで広範な環境影響を対象とせざるをえない農業シーンにおけるAgricultural containment(農学的封じ込め)についても有効なのだろうか? GROは、トウモロコシやダイズなどのお馴染みのGM農作物にツールとして利用(例えば、栽培試験段階のGM農作物にインストールする)できるのだろうか? 興味深い命題だが、科学者たちは、悪いアイデアではないものの、コスト面やGM農作物に対する複雑な現行規制との絡みなどから現実的には障害があるだろうと述べている。

 従って、バイオテクノロジー産業で、当面この技術の恩恵に浴するのは工業(例えばプラスチック)と医療(例えばインスリン)分野に限定されるようだ。食用分野では、一部で善玉菌ヨーグルト製造にGM乳酸菌のLactobacillus(ラクトバシラス)が使われているので、そこには可能性があるらしい。

 今のところ本件は科学者段階での議論に留まっているようだが、新技術に対しては何でも反対しないと気が済まない一部NGOが、難癖をつけてくることも予想される。彼らはSynthetic Biology(合成生物学)という言葉に最近敏感なのでsynthetic amino acidsにも神経を尖らせるだろう。消費者の不安や嫌悪を煽ることでGM農産物の交雑抑止を狙ったターミネーター技術が潰されたことも思い起こされる。

<一部参考記事1:科学紙系>

1月21日 Science Daily「Synthetic amino acid enables safe, new biotechnology solutions to global problems」

1月21日 Science Daily「Biological safety lock for genetically modified organisms」

1月21日 Christian Science Monitor「How do you prevent genetically modified organisms from jumping ship?」

1月21日 Science Recorder「Redesigned e.coli might make GMOs safer」

1月22日 Nature World News 「GMO ‘Kill Switch’ Makes Them Safer for Nature」

1月22日 Smithsonian「These New GMOs Need Artificial Compounds to Live」

1月22日 Plos Blogs「From GMOs to GROs: Will Life Find a Way?」

<一部参考記事2:一般紙系>

1月21日 CBS News「Scientists devise safety method to keep GMOs contained」

1月21日 Washington Post「Scientists claim breakthrough in taming genetically modified E.coli bacteria」

1月21日 New York Times「Scientists Work to Contain Modified Organisms to Labs」

1月21日 LA Times 「Creating a ‘genetic firewall’ for GMOs」

1月21日 New Yorker「The G.M.O. Hunger Games」

1月21日 BBC 「’Safer GMOs’ made by US scientists」

1月22日 Bloomberg「Researchers Exert New Control on Genetically Modified Organisms」

1月22日 UPI「Scientists develop strategy to contain GMOs to the lab」

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい