科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

松永 和紀

京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動

特集

わかりにくいコチニール色素問題を読み解く

松永 和紀

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 消費者庁が11日、「コチニール色素に関する注意喚起」を公表しました。「コチニール色素を含む飲料と急性アレルギー反応(アナフィラキシー) に関する国内の研究情報か消費者庁に提供されました」として、「万が一、コチニール色素を含む化粧品の使用や食品の摂取により、かゆみなとの体調の変化を感じた場合は、すみやかに皮膚科やアレルキー科の専門医を受診してくたさい」と書いています。

 しかし、消費者庁のプレスリリースでは、コチニール色素がなぜアレルギー反応を起こすか、という肝心の「科学的な根拠」が説明されていません。アレルギー反応を起こすのは、コチニール色素自体ではなく、色素を生物から抽出する時に除去しきれないタンパク質が原因です。つまり、不純物のせい。このことを、国内の食品添加物メーカーも厚労省も以前から把握していて、極力不純物をなくす製法をとっています。しかし、海外の添加物メーカーの中には取り組みが不十分なところもあります。

 こうしたことが説明されなければ、着色料やアレルギーに対する誤解が広がってしまいます。なぜ、このような不十分なプレスリリースを消費者庁がしたのか、理解に苦しみます。解説しましょう。(松永和紀)

アナフィラキシー、原因は色素ではなく不純物

 コチニール色素は、エンジムシ(中南米原産の昆虫)から抽出されるもの。主成分はカルミン酸という化合物です。
 日本食品化学学会が編集した「食品添加物活用ハンドブック」によれば、コチニール色素の安全性に関する試験は数多く行われていて、問題はありません。しかし、天然物から抽出するので精製に限界があるのです。生物にはタンパク質があり、どうしても微量ではありますが、エンジムシのタンパク質が混じります。ほとんどの人は、健康影響はありませんが、そのタンパク質に反応してしまう人ではアレルギー症状が出てしまいます。

 こうした症例は昔から報告されていて、消費者庁は1960年代から20ほどの論文等で報告されている、としています。2000年代に入ると、アレルギーの原因となるタンパク質もいくつか同定されています。
 報告される発症例はごくわずかのようで、添加物メーカーによれば、日本では4〜5年に2〜3例程度の頻度ではないか、とのことです。

 コチニール色素によるアレルギーを、厚労省も以前から把握していました。しかし、同省にしてみれば、数多くある食物アレルギーの一つです。食物に含まれるタンパク質が原因で起きる食物アレルギーは多種多様な食品で発生しており、食品中に卵、乳、小麦、えび、かに、そば、落花生が含まれる場合は表示義務があります。しかし、バナナや大豆、いかなど18種類については、表示が奨励されているだけです。

 そして、アレルギー症状を起こすのは上記の25種類だけではなく、そのほかにも数多くあるのです。たとえば米、ゴマ、イチゴ……。ゴマでアレルギー症状が出たという報告はかなり多く、食品表示を検討する国の会議でも、「表示が必要ではないか」と議論になったことがあります。しかし、ほとんどの人が、そんなことを知らないまま食べています。
 アレルギーの問題にはこうした背景があるため、厚労省はコチニール色素についても、わざわざ広報することはなかったようです。

 コチニール色素は飲料や菓子、ソーセージ等に使われてきました。しかし、不純物がアレルゲンとなることが明らかとなって、ほかの色素に切り替えたメーカーもあります。特に、リキュールの「カンパリ」の色付けに使われていることで有名でしたが、メーカーは2007年には合成着色料に切り替えています。

 また、食品添加物メーカーも、かなり以前から対策を講じています。日本の大手メーカー「三栄源エフ・エフ・アイ」は、精製度を上げた「低アレルゲンコチニール色素」を開発し販売しています。そのことは、同社のウェブページでも以前から説明されています。
 同社には、この10数年、同社のコチニール色素が原因と見られるアレルギー発症の連絡は、来ていないそうです。

 ところが、海外の添加物メーカーの中には、そこまで徹底していないところもあるのです。海外の添加物メーカーが作ったコチニール色素を用いて食品を製造する日本の食品メーカーもあります。また、海外でコチニール色素が使われ製造された加工食品も、輸入されています。したがって、コチニール色素のアレルギー対策は、簡単ではないのです。

 いずれにせよ、「色素の主成分である化合物ではなく、不純物がアレルゲンとなる」ということを、しっかりと消費者にも知らせる必要があるのではないでしょうか。そうでないと、不純物を極力減らそうと努力して来た添加物メーカーの苦労は報われません。それに、ほかの着色料などへの誤解も招きかねないでしょう。実際に、流通業者の中には「赤い色素は、やっぱり危ない」と言いだしている人がいるとのことです。

 また、不純物がカギを握ることをきちんと理解していないと、実は、消費者庁のプレスリリースの意味をよく読み取れません。消費者庁はコチニール色素と関連する化合物である「カルミン」についても注意喚起をしています。そして、このカルミンと不純物の関係が、消費者庁が公表した「化粧品としての使用から食物アレルギー発症へ」という流れに大きくかかわってきます。

 話がかなり複雑になってきました。つづきは次のコラムで解説します。

本当は、「口紅」が大問題

 消費者庁のコチニール色素にかんするプレスリリースは、詳細をきちんと伝えていないために誤解を招くうえ、消費者が適切に対処できないのではないでしょうか。消費者は今、なにをすべきなのかを、考えます。
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 コチニール色素が使われた食品でアレルギー症状が出る原因は、色素の主成分である化合物ではなく、ごく微量含まれる不純物のタンパク質です。そうした症例自体は数十年前から報告されています。今回、消費者庁が公表したプレスリリースの新しい点は、「赤色の色素を含む化粧品の使用により、かゆみを覚えていた女性が、コチニール色素を含む食品を摂取したところ、呼吸困難を伴う重篤なアレルギー反応を示した事例報告もあります」としているところです。

 消費者庁が問題にしているのは、コチニール色素(主成分カルミン酸)のほか、水溶性であるカルミン酸にアルミニウムを結合させて不溶化した「カルミン」、さらに、雲母チタンをカルミンで被覆したものです。

 重要なのはカルミン。エンジムシからカルミン酸を抽出し、アルミニウムを結合させてカルミンを製造する段階で、どうしても、虫にもともと含まれていたタンパク質が一緒にくっ付いてしまいやすく、カルミンは食品添加物であるコチニール色素に比べて、はるかにタンパク質が混入しやすい、というのです。つまりは、アレルギー症状を引き起こしやすい、ということです。

 日本ではカルミンは、食品添加物としては認可されていません。しかし、食品安全委員会添加物専門調査会で、リスク評価の審議が行われているところ。一方、諸外国では天然着色料として用いられています。
 また、化粧品としては、国内外で多く使われており、日本でも大手ブランドの口紅などに、ごく一般的に用いられています。日本食品化学学会が編集した「食品添加物活用ハンドブック」によれば、米国で目の周囲に塗ることができる化粧紅はカルミンのみとされているそうです。

 さて、こうした口紅などの化粧品を使い続けているとどうなるか?
 連日のように塗り、不純物であるタンパク質が皮膚から体に入り込むことで、ごく一部の人は感作される(体がそのタンパク質に対して敏感な状態になること)可能性があります。その後に、食べ物でコチニール色素を摂取した時に、急性症状であるアナフィラキシーになるのではないか? そんな仮説が有力になってきているのです。

 ここで、思い出した人も多いでしょう。「茶のしずく石鹸」のことを。
小麦タンパクが含まれる石鹸で毎日顔を洗い、皮膚から小麦タンパクに感作した人たちが、小麦を含む食品を食べて食物アレルギーを発症したとみられる事例で、かなりの人数の患者が出ています。
(リウマチ・アレルギー情報センターが、茶のしずく石鹸によるアレルギーについて、手厚く情報提供している)

 この事件を機に、皮膚による感作と食物アレルギーの関係に注目が集まるようになりました。今回のコチニール色素、カルミンの問題の場合も、コチニール色素による食物アレルギー発症者の多くは20歳代〜50歳代の女性で、男性は非常に少ないということがわかっています。化粧をするのが成人女性であることを考え合わせると、化粧品による皮膚感作から食物アレルギーへ、という仮説を補強する材料となります。
 前述の食品安全委員会専門調査会でも、さまざまな症例報告を基に、こうしたことが議論されています。

 コチニール色素に比べて不純物であるタンパク質含量がかなり多いカルミンを唇などにしばしば塗り感作され、その後にごくわずか、コチニール色素と不純物であるタンパク質が含まれている食品を摂取して、アナフィラキシーとなる。ごく一部の人で、こうした反応が起きることを否定できない。だからこそ、消費者庁は、わざわざ公表したのでしょう。

 なのに、不純物のタンパク質について解説せず、コチニール色素とカルミンの関係についても詳しく説明していないために、プレスリリースは大変わかりにくいものとなっています。これでは、消費者や事業者に混乱を招いてしまいます。

 コチニール色素は、「虫から抽出されたものを食べるなんて」と、消費者から感覚的に拒否される場合が多いのですが、安全性評価が手厚く行われ海外でも使われており、ほとんどの人たちにとって安全性の高い着色料と言えます。今回の問題は、「虫だからだめ」とか「着色料は悪い」などととらえて矮小化しない方がいいでしょう。
 色素は、私たちの暮らしを豊かにするもので、いろいろなところに使われています。学術的な研究が進むにつれ、思いがけない影響も少しずつ分かってきているのです。

 大手ブランドや、成分を吟味することで有名な化粧品メーカーの口紅にも、カルミンは使われています。しかし、多数の製品に用いられているにもかかわらず、現状では茶のしずく石鹸問題のように患者が多発しているわけではなく、症例報告も少ない、という事実があります。そのことをしっかりと把握しましょう。小麦タンパクに比べて食べる量が非常に少ないことが、症例が少ない一つの要因ではないか、と思われます。

 そのうえで、気になる人は、お客様相談室に電話して、自分が使っている化粧品等に入っているかどうか確認しましょう。まずは落ち着いて問い合わせ、というのが重要だと思います。

 厚労省も11日、緊急の通知を出し、食品の業界団体に症例報告を求めました。さらに、医薬品や化粧品などの製造業者に、製品の容器や外箱等にコチニール等が含まれていることを表示するように求めるなどしています (薬食審査発0511第1号薬食安発0511第1号 「コチニール等を含有する医薬品、医薬部外品及び化粧品への成分表示等について」)

執筆者

松永 和紀

京都大学大学院農学研究科修士課程修了後、新聞記者勤務10年を経て2000年からフリーランスの科学ライターとして活動