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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

特集

米国で大騒ぎ、日本への影響は?「ピンクスライム」問題

森田 満樹

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米国で俗称「ピンクスライム」と呼ばれる加工肉をめぐって、関連会社が経営破たんに追い込まれるほどの騒動となっている。きっかけは、ある料理研究家のテレビ番組。これがツイッター等で拡散されて不安が広がり、米国の大手流通やレストランチェーン等で取り扱いが中止された。安全性はどうか、問題の本質はどこにあるのだろうか。そして、日本の食への影響は?

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米国で大騒ぎ「ピンクスライム問題」(森田満樹)

3月中旬から下旬にかけて視察に訪れていた米国で、テレビをつけると連日のように報道されていたのが「ピンクスライム」問題である。日本ではあまり報道されていないことに帰国して驚いたほど、あちらでは大騒ぎだった。スライムというのはベトベトの粘着物質のこと。ここでいうピンクスライムとは、米国の牛肉のひき肉などの混ぜ物として使われる加工肉を指す。

その製法は、牛肉を切り分ける工程でトリミング(除去)されたくず肉を原材料として、遠心分離工程を経て赤身肉をきめ細かく仕上げるもので、加工の際に水酸化アンモニウムを加えて菌の増殖を防ぐ。こうして出来上がった加工肉は、正確には「Lean Finely Textured Beef(LFTB):赤身のきめ細かい牛肉」と呼ばれ、牛ひき肉に混ぜる加工肉として使われる。

このLBFTを製造しているビーフ・プロダクツ社(BPI)のウェブサイトによると、水酸化アンモニウムはpHを調整して殺菌をするために用いるものでガス状にして、ごく微量用いるという。そもそもアンモニア化合物はパンやチーズなどの様々な食品に天然に含まれており、それに比べるとLBFTに用いられた水酸化アンモニウム濃度はごく低い。微量で加工助剤として用いられるため、表示義務は無い。

報道が過熱、スーパーで取り扱い中止に

これがなぜ問題になっているかというと「消費者が知らないうちに牛挽肉の中にくず肉がうまいこと加工され、水増しされて入っていた。表示もされておらず選ぶこともできない。けしからん!」ということのようである。滞在中にみたABCニュースでは、画面いっぱいの「NO PINK SLIME」という映像とともに、USDA(米国農務省)の元研究者という人が現れ「もともとドッグフードに用いられていたような安い肉が、水酸化アンモニウムで殺菌処理されて混ぜられて使われている」とするコメントが紹介されている。

他のニュース番組では、米国流通第2位のセーフウェイなどの大手スーパーマーケットが「ピンクスライムを用いた製品を売るのはストップする」措置を講じていること、ファミリーレストランが「ピンクスライムフリー」広告を打ち出していることを報じている。また、ある主婦がツイッターで「スクールランチにピンクスライムが使われている」というコメントを流して、それがツイッターやフェイスブックによって拡散し、ボイコットが起きているという報道もあった。何だかまるで他の国にいるとは思えない、いや、むしろニュースショーの報道ぶりに、日本のワイドショーを超えた凄まじさを感じたのである。

あまりに報道が過熱しているようなので、今回の視察の訪問先でも様々な人に意見を聞いてみた。その話を総合すると「USDAでは安全性に問題はないと言っているのに、マスメディアの報道が加熱してバイヤーが扱わないと言っている。LFBTは衛生的にも問題はなく、栄養学的にもフードロスの観点からも優れているのに、消費者には理解されていない。しかしバイヤーが扱わないのだから、市場には出すわけにはいかない。この経済的な影響は計り知れず、このまま挽肉需要が減退すれば今後3000人以上がレイオフされるほどの打撃になるだろう」ということだった。

USDAや学識者は問題無しとコメント

これだけ大きな騒ぎとなって、管轄官庁であるUSDA(米国農務省)はどのようなコメントを出しているのだろうか。USDAのウェブサイトでは3月22日、食品安全次官で医師でもあるエリザベート・ハーゲン博士が「LFTBを製造するプロセスは安全で、長い間用いられている。牛挽肉にLFBTが加えられても安全性が低くなることはない」とコメントをしている。面白いのは、このコメントに対して一般の人の意見を求めていること。その中には彼女の説明をけなす声、応援する声などが掲載されている。またfood safety newsというウェブサイトでも、彼女はQA形式で記者からの質問に答えている

3月15日のUSDAプレスリリースでは、母親たちの声を集めた全国の学区からの要望を受け、今後の学校給食プログラムにおいて牛ひき肉製品の購入の際にLFBTを用いないという選択ができるよう、選択肢を提供することを発表した。その一方でLFBTを含む牛肉は、安全で栄養価が高く、手ごろな価格であり学校給食プログラムの中に採用してきたことを述べている。

さらに米国食肉協会(American Meat Institute)では、製品が安全であることは全く疑う余地がないこととしてたくさんのリリースを出している。「LFTBに関するFACT」コーナーでは、様々な学識者の声を掲載している。

きっかけはあるテレビ番組

しかし、USDAや専門家がいくら説明をしても、ピンクスライムパニック収束の兆しは見えない。LBFTを製造する米ビーフ・プロダクツ社は3月26日、米国内に持つ4つの工場のうち3つの操業を一時的に停止すると発表した。また、4月2日には関連会社の食肉加工大手の米AFAフーズが経営破たんを発表した。AFAの牛挽肉は全米の大手スーパーでも販売されており、ハンバーガーチェーン店にも供給していたこともあって、今回の騒動によって大きな打撃を受けたのである。

この問題のきっかけは、料理研究家で有名でイケメンシェフでもあるジェイミー・オリバー氏の「食品革命」という番組だ。エキセントリックな語り口で、牛肉のくず肉を洗濯機にぶち込んでぐちゃぐちゃにして、アンモニア水(どくろマーク付き)を取り出して一緒に入れて、挽肉にしてみせる。「アメリカの牛挽肉の70%はこうやってアンモニアで処理している、これがスクールフーズになっているんだ」と説明すると、観客は顔をしかめる。ユーチューブでも見られるこの映像は拡散し、ツイッターなどでも話題になり、今回の騒動となったのだ。問題は食品の安全性ということよりも、知らないうちに(表示されないうちに)くず肉が加工されて挽肉に混ざっていたということか。

問題の映像では、アンモニア水を直接肉に振り掛けている。アンモニアは常温では無色の気体だが、気体では使い勝手が悪く、水によく溶けるためアンモニア水として使われることが多い。ビーフ・プロダクツ社が用いている方法は、アンモニウム水を直接振り掛けるのではなく、トリミングから肉のタンパク質を取り出す際に、水酸化アンモニウムをガスにして吹き付ける形で用いられる。この製法におけるアンモニアの役割は、ケミカル&エンジニアリングニュースに詳しいが、pHを高くアルカリ側に持っていくことで、殺菌効果を期待するというものだ。

それにしても驚いたのは、米国でもいったん騒ぎに火がつくとなかなか収まらず、食のリスクの本質が伝わりにくいということだ。「ピンクスライム」というネーミングや、おどろおどろしい映像に乗っかって、今まで使われていた安全な食材が、突如ターゲットにされて食品会社が倒産に追い込まれる。この問題がいつ、どうやって収束するのか、しばらくウォッチしていきたいと思っている。(森田満樹)

(FOOCOMの有料会員向けのメールマガジン4月6日号の内容を一部変更して掲載しています)

日本でも起こるか「ピンクスライム」問題(森田満樹)

米国で大騒ぎのピンクスライム問題だが、日本ではほとんど問題になっていない。というのも、「ピンクスライム=Lean Finely Textured Beef(LFTB):赤身のきめ細かい牛肉」が日本で流通していることは、まず考えられないからだ。輸入の場合、国内生産に分けて、ピンクスライムが流通している可能性について調べてみた。

まず輸入の場合、LBFTがそのまま米国から輸入されることはない。LBFTに用いられる水酸化アンモニウムは日本では食品添加物として許可されていないし、加工助剤として用いられていたとしても、違反だからだ。次に考えられるのは、LBFTが用いられている牛肉加工食品、たとえば冷凍ハンバーグやミートローフの缶詰など加工品となって輸入されるケースだ。この場合も、許可されていない添加物が使われていれば違反だが、加工が複雑になれば輸入事業者が確認できないまま混ざっている可能性はないだろうか。

ここまで考えて、ハッと気がついた。現在、米国から輸入される牛肉は、USDAの衛生証明書が付与された輸出プログラムの条件を満たしたものだけだ。この輸出プログラム、牛肉加工品や挽肉は輸入可能品になっていない。そういえば米国視察から帰国するとき「空港で売っていても、ビーフジャーキーはお土産に買っちゃ絶対だめよ」とあれだけ言われたではないか。食品添加物の水酸化アンモニウム云々よりも、そもそも米国から加工牛肉が輸入されることは無かったのだ。

それでは国内で生産している可能性はあるだろうか。日本の食肉加工の専門家に聞いたところ「水酸化アンモニウムは食品添加物として使うことは認められていない。やっていたら違法だし、そんな事例も聞いたことは無い」ということだ。やはり日本ではピンクスライムは流通していなかったのである。

水酸化アンモニウムは日本では未指定添加物だが、アンモニアだったら使われる可能性はあるのでは? アンモニアは、日本では指定食品添加物の製造用剤として許可されており、アンモニア水は、アンモニアと水の製剤という位置づけで許可されている。製造用剤とは、加工食品で使われる添加物の機能や用途はいろいろある中でも、統一的な用途名で分類することが難しいものを便宜上まとめたものだ。たとえば中華めんの食感を作るため用いられる炭酸カリウムなどの「かんすい」、ソーセージに用いられるリン酸一ナトリウムなどの「結着剤」も製造用剤に分類される。

製造用剤としてアンモニアが用いられるのは、たとえば高野豆腐。水戻しの時間を短縮し、柔らかく煮あがるような膨軟剤としての用途で、ガス状にして用いられていた。最近ではアンモニアの匂いが嫌われるため、ほとんど利用されていないという。

このアンモニア、食品添加物としての使用基準はない。基本的には製造用剤としてどの食品に使っても違法ではない。また、最終製品に残留しなければ、加工助剤として表示は免除される。「日本でもし肉にアンモニアが使われていてもわからないし、違反にならないのではないか」と、先の専門家に聞いてみたが「使うという話は聞いたことが無い。微生物制御の目的で使うのであればよほどpHを上げないと無理だし、そうすれば物性も変わるので現実的ではない。微生物制御の目的で使うのであれば、他の剤があるのでわざわざアンモニアを使うことはない」という回答だった。

もし使われていたとしたら、日本で問題になるだろうか?そもそも天然のアンモニアが食品には含まれていて、その量のほうが添加物として用いられる量よりも多い、ということは、消費者にも理解できるはず。しかし、食品添加物や放射性物質のリスクコミュニケーションにおいても、天然は安全、人工は危険という誤解を払しょくするのは大変なことなのだ。そうやって考えるとピンクスライム問題は、対岸の火事ではないのかもしれない。(森田満樹)

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森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。