九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品に含まれる放射性物質の量を全て検査してほしい、検査結果はベクレル表示をしてほしい―そんな声をよく聞くようになった。NHK総合テレビ(関東・甲信越)で、9月30日夜報映された 「首都圏スペシャル―放射能とどう向き合うか」では、この問題を取り上げていた。
この番組のテーマは、首都圏の人々を取り巻く放射能汚染の不安。番組では、横浜市における学校給食の検査、ベクレル表示をはじめた都内小売店の取り組みなどをVTRで紹介し、スタジオの解説に加えて、視聴者にリモコン操作でアンケートに回答してもらう―いわゆる視聴者参加型で「これから放射能とどう向き合っていくのか」を皆で考えようといった内容である。スタジオのゲストは作家の室井佑月さんと放射線医学総合研究所 緊急被ばく医療研究センター長の杉浦紳之さんで、NHK岩本裕解説委員も出演した。
この番組から私が感じたキーメッセージは3つ。(1)今の検査は漏れが多いので全量検査したほうがいい、(2)個人で安心の基準は違うので検査結果は表示してほしい、(3)今の暫定規制値は高すぎる―である。番組ではその科学的根拠が説明されないまま、VTRとその感想で構成され、その情報から視聴者アンケートが行われる、というかなり恣意的な内容だったと私は考える。計3回にわたって考察したい。今回はまず、番組が勧める全量検査について、取り上げる。
○国のサンプル検査はずさん、これでは子供を守れない
首都圏に住む30~40代の母親の中には、国の暫定規制値は高すぎる、国の検査も信用できないとして、子供の学校給食を受け入れず、弁当を持たせる人がいる。番組では横浜市のそんな母親の取り組みを取材し、こうした市民の不安を受け入れてサンプル検査を強化する横浜市の取り組みがVTRで紹介された。
横浜市のVTRを見て、まずは室井氏が「こうしたサンプル調査に意味があるのか。サンプル調査がずさんだからお茶や給食から出てきたわけですよ。給食は子供たちが食べるものだから、どうして西の野菜を使えないのか。そのくらいしてもいいじゃないか」とコメントした。これに対して杉浦氏は「全部測りたいという気持ちはわかるが、ゲルマニウム半導体検出器は高価で流通が間に合わないので、自治体の検査で全数を図ることには限界がある」と説明した。
そこで司会が「子供への影響という意味では心配ですよね」と続け、岩本解説委員が「きちんとしたデータがないのですが、子供には2~3倍は影響が大きいと言われているので親御さんが心配すると思う。きちんと手当をしなければならない」と解説する。次にツイッターによる意見が紹介され「サンプル検査では子供を守れない」「子供を守るため暫定規制値はただちに見直してもらいたい」といった意見が紹介される。何だかもう、流れが出来上がっている。現在の暫定規制値は、乳幼児についても問題がないとされた数値が設定されていることや、厚生労働省が発表する地方自治体の検査結果は10月に入って3万件以上になること、原乳や野菜などから暫定規制値超過はもう出ていないことなど、番組では説明されない。
○NHKがすぐやってもらいたいという、全量検査とは?
続いて番組では「今の検査には不満だ、不安だという声にどうやって答えていけるのか、民間レベルで新たな取り組みが広がっています」として、関東に展開するあるステーキチェーン店の取り組みを紹介する。この店ではハンバーグに使う和牛の牛肉は、「今月から全て検査を行っている」という。
VTRで紹介されたこの測定器は1台450万円、食材を段ボールに入れたまま測定できるのが特徴で、ベルトコンベアに乗せてセンサーを通し12秒で終了するというものだ。このステーキチェーン店では国の暫定規制値500Bq/㎏より厳しい350Bq/㎏を自社基準としていて、この数値を下回れば「判定値未満○(マル)」と表示されるように設定されている。その結果は、箱ごとにラベルが貼られる仕組みとなっているそうだ。店の担当者は「店に来てくれる客に提供している料理が、安全だと知ってもらいたい」という。
驚いた。この測定器に驚いたのではなくて、この測定器をもって「全量検査」と紹介するNHKに驚いた、のである。通常の放射能測定ではサンプルを細かく切って、容器詰めて測るが、測定には時間がかかり、安定した数値を得るためには何時間もかかる。もちろんサンプルはもう使えない。しかしこの測定器は、外から秒単位で測定が可能なので、全量検査ができるというのだ。
この測定器は、発売が発表された8月当初から話題にはなっていたが、食品業界に取材をすると「実際には使えない」という意見がほとんどだ。まず精度が低い。食品だけの線量か、空間線量か、何を測定しているかわからない。測定値が測定物の寸法やコンベアスピードの影響を受ける。公定法による数値との検証が難しい。つまり信頼性が低いのだ。また、正確さを求めようとするとコンベアスピードを遅くしなければならず、12秒どころか数十分かかる。ラインをほとんど止めて計らなければならないことも、実際の導入にあたってはネックになるという。他企業からは、「出ないための安心の検査」という位置づけとして使われることになるのではないか、新たな問題を引き起こすのではないかと懸念する声も聞かれる。
こうした測定機器、しかも今のところは1社だけが独占販売している商品を、NHKが「全数検査ができる」と紹介するのは、どんなものだろう。現状では、公定法(ゲルマニウム半導体検出器による測定、スクリーニング法としてNaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータ及びシンチレーションサーベイメータ)以外の測定方法は、測定場所の環境放射線量の影響を受けるため、食品検査には向いていないとされる。この番組では、他の測定器との比較がきちんと紹介されなかった。
このVTR紹介後、室井氏は「いいですね、あれやってほしいですね。もっと数値が小さい物が測れるようになるといい」とコメント、岩本解説委員は「ベルトコンベア式の検査はこれまでなかった。この全量検査の測定器を組み合わせて検査を行ったらどうか。一定程度の数値が出たものだけを精密なサンプル検査に回す。全量について、この基準以下であるということを証明していく方がいい」「検査機器が足りないからやらないのではなく、全部やるためにはどうすればいいのか、発想の転換をしてもらいたい」と熱く語る。
専門家の杉浦氏も「同じ測定器を使って低いレベルを計ろうとすると時間が長くなる。このように粗いレベルで計って、危なげなものをはじくのは1つのやり方だと思います」と解説した。
○全量検査が抱える問題点
この機器を導入して「全て検査しているから、安全です」としてその食品を差別化し、アピールするのは問題ではないか。番組のVTRでは、この機器を導入したステーキチェーン店について「仮に店の基準を超えた場合は精密な検査を行いますが、これまで一度もそうした肉は出ていません。今後検査対象を野菜など全ての食材に広げる方針です」と紹介している。これでは、消費者に誤認を与えることになりかねない。
それにしても、全量検査の機器がこんなに期待を持って語られるのはなぜだろう。私は、7月末に国会の衆議院厚生労働委員会で東京大学の児玉龍彦教授が「満身の怒りを表明します」と発言したことを思い出す。教授は「食品検査はゲルマニウムカウンターではなく、今日ではイメージングベースの測定器が半導体で開発されています。流れ作業にして抜本的に改善してください」と叫んでいる。これ以降「全部検査することはできる」と言う前提で語られるようになったのではないか。この前提が本当なのか、検証されることがないままに。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。