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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ネオニコチノイド系殺虫剤 使用禁止でどうなった

白井 洋一

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 2013年5月、EU(欧州連合)はミツバチやマルハナバチなど訪花昆虫に悪影響の恐れがあるとして、3種類のネオニコチノイド系殺虫剤の使用を禁止した。とりあえず2年間禁止し、その後どうするかは調査結果を見て決めることになっていたが、先送りが続き、2016、17年も禁止が続いている。2017年11月、欧州食品安全機関(EFSA)は2018年2月上旬にリスク評価の調査結果を発表すると報じた。

 予定通り発表されるのか分からないが、この4年間に、ネオニコ剤がハナバチ類減少の最大の原因という確証論文はでていない。しかし、ネオニコ剤が原因ではないという論文もない。3剤の禁止継続、さらに厳しい使用制限をつける可能性が高いのだが、EFSAや欧州委員会(行政府)の公式発表が出る前に、使用禁止前後のハナバチ類を比較した論文とヨーロッパの生産現場でどんな変化があったかを調査した論文を紹介する。どちらもフリーアクセスできる。

ネオニコチノイド系殺虫剤 禁止の経緯

 ネオニコ剤は、天然物のニコチンと同じように昆虫の神経興奮経路を阻害する。植物体内に浸透移行しやすく、殺虫効果が長く続くので、欧米では種子に粉衣処理して播種(はしゅ)する方法が広く使われている。

 EUでは2013年5月にネオニコ剤のうち、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムをヒマワリ、ナタネ、トウモロコシなどハナバチ類が多く訪花する作物に使用するのを禁止した。加盟28国の投票では賛成、反対、棄権と意見が分かれ、2回の投票で決着がつかなかったため、最後は欧州委員会の裁断(デフォルト)で禁止になった。他のネオニコ剤(チアクロプリド、ジノテフランなど)は禁止対象外だ。EUでは同年7月に、ネオニコ系ではないフィプロニルの使用も禁止した。これも浸透移行性の強い殺虫剤だが、利用している国が少ないためか、反対2国、棄権3国であっさり投票で禁止が決まった。

ネオニコ剤使用とミツバチ、野生ハナバチの減少時期は一致しない

 Pest Management Science誌(2017年7月)に「ネオニコチノイド殺虫剤禁止の3年間、ハナバチ類への影響を正しく予測できるか?」と題するオランダ・ワーゲニンゲン大の研究者の論文が載った。2013年の禁止は室内実験の論文を根拠にしていたが、2014~16年に発表された野外試験や実際に使用される農薬濃度での試験報告をまとめたものだ。

 おもな結果は以下の通り。

1. ネオニコ剤は1990年代から使用されているが、野生ハナバチの減少時期とはっきりした相関がない。

2. 養蜂家が使うセイヨウミツバチ巣群の減少は2000年頃から顕著になったが、農薬だけでなく、巣群への寄生ダニや病害虫、巣箱の管理、蜜源植物の量と質など多くの要因が関係しており、ネオニコ剤使用歴との因果関係ははっきりしない。

3. さらにミチバチ減少には冬季の死亡率など自然要因も関係しているので、禁止以降の2014、15年のデータから、禁止の効果を判定することはできないだろう。

4. 次善の策として、ハナバチが自由に飛翔し、蜜源植物を選べる半野外試験条件下で、致死量以下の実際に使われる殺虫剤濃度のエサを与えた実験をやるべきだ。

5. ドリフト飛散を防止するなど、種子粉衣処理を正しくおこなえば、ミツバチへの悪影響はおこらないだろう。

ネオニコ剤を使えなくなった農家はどうしたか

 2013年に禁止が決まったとき、生産現場で問題になったのは、害虫防除はどうするかだった。代わりにピレスロイド剤を使えば、標的外の昆虫への影響はかえって大きくなるし、根を加害する土壌害虫に効く殺虫剤はほとんどないから、とくにナタネでは被害が大きくなると予測されていた。

 実際、禁止によって、イギリス東部のナタネでキャベツノミハムシによる根の加害が問題になり、生産者がネオニコ剤の緊急使用を求めたが、他の国や作物での禁止後の実情はほとんど知られていない。

 Pest Management Science誌 (2018年1月)に「EU8地域のトウモロコシ、ナタネ、ヒマワリでのネオニコチノイドとフィプロニル剤禁止の影響」と題する報告が載った。著者は欧州共同研究センターの研究者だ。

 トウモロコシはフランス、イタリア、スペインの3地域、ナタネはチェコ、ドイツ、イギリスの3地域、ヒマワリはスペインとハンガリーの2地域を調査し、いずれも代表的な栽培地域だ。それぞれの地域から無作為に100戸の農家を選び、聞き取り調査によって、禁止前の2012、13年と禁止後の14年の害虫防除手段と農薬使用の変化について質問した。防除手段は種子粉衣に着目し、禁止前に種子粉衣をしていた農家だけを調査対象にしている。

 トウモロコシでは、禁止になっていないネオニコ剤で種子処理したと種子処理はやめたが半々で、ピレスロイド剤の使用量が増えたが1地域、はっきりした差はないが2地域だった。

 ヒマワリでは、ピレスロイド剤を使って種子処理したと種子処理をやめたがほぼ同数で、ピレスロイド剤の使用量が増えた地域と差がない地域に分かれた。

 ナタネは3地域とも、代替農薬がないので種子処理は中止し、ピレスロイド剤と他のネオニコ剤の散布量が増えたと、一致した傾向だった。

 ナタネでは土壌害虫の有効な防除手段がないという当初の予測は正しかったようだ。ナタネ以外の作物でも、代替殺虫剤による種子処理や葉や土壌への散布は、今までのネオニコ剤より効果がなく、使用量や手間も増えると答えた農家が多かった。

 この論文は、「農家は有効な代替防除手段がない。だからネオニコ剤禁止を見直せ」とは言っていない。ネオニコ3剤とフィプロニル以外の防除手段について、持続可能な方法を開発するためにさらなる調査、研究が必要だと結んでいる。欧州共同研究センターの研究者らしい結論だ。

 論文でもさらりと触れているが、農家の収益への影響評価は難しい。イギリス東部のナタネではネオニコ剤禁止により平均20%の収量減になると生産者団体は報告しているが、これが即20%の収入減につながるわけではない。ナタネやヒマワリは油糧作物で他国や他作物との競争で市場価格が年ごとに変動するマネークロップだ。収量減と収入減の数値は注意してみる必要がある。

 複合要因の解明は進むのか

 EFSAの発表、欧州委員会の今後の方針は今のところはっきりしない。しかし、ネオニコ3剤の禁止が覆される可能性はほとんどないだろう。2013年に禁止に強く反対したイギリスも、野生訪花昆虫の減少はネオニコ剤が影響している可能性が高いとして、禁止継続を支持する見込みだ。またグリホサート除草剤の再承認騒動のように科学を無視した反農薬運動が主流派になっているEUでは、規制を緩和するような現実的な政策はとれないだろう。

 2013年の禁止は、商業用に飼育されたセイヨウミツバチの働き蜂が巣に戻ってこない、「巣群崩壊症」(Colony Collapse Disorder、CCD)の原因ではないかが発端だった。しかし、途中からミツバチだけでなく、すべての野生ハナバチ、訪花昆虫に影響していると争点がすり替わり、原因はすべてネオニコ剤だ、全面禁止にすべきという運動になっている。

 ミツバチの減少、CCDの原因は、ネオニコ剤を含む殺虫剤だけでなく、寄生ダニや飼育条件などさまざまな要因が絡んでいる。ネオニコ剤全面禁止、規制強化で環境市民団体や政治家は目標を達成して満足かもしれないが、複合的な因果関係解明への研究予算が減って、真の原因がはっきりしないままになってしまうのではないかと危惧している。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介