多幸之介が斬る食の問題
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
いわゆる健康食品には食品とは言いながらも、濃縮された何かよく分からない成分が高濃度入っていたりするものが何の規制も受けずに販売されている。その一方で、食品世界の安全性に関する最近の事件を見てみると大変奇妙な事に気付く。例えば、限りなく安全と推測されるような野菜でさえ農薬のポジティブリスト制によって売れなくなってしまったり、明らかに食べられる食品であったとしても賞味期限という期間が過ぎてしまった食品は廃棄の運命にあったりする。そして、いわゆる健康食品の素材となっているような安全な物質が食品添加物という名称を付けられれば添加してはならない怖い化学薬品に分類される。しかし、この奇妙な事象はうまく利用すれば最も安全性に不安がある、いわゆる健康食品の安全性を確保する上で有用な手段が内在していることを暗示している。
我々が主催している健康食品管理士認定協会の認定者に対する研修会を市民講座と兼ねて10月初旬に岐阜市で開催した。その折の特別講演の講師を群馬大学の高橋久仁子教授にお願いした。その席上で高橋教授は「私はまず健康食品という言葉は間違っているから、こんな言葉は排除しなければならないと考えています。健康食品ではなくて健康期待食品と私は言っていますが誰も賛同していただけません。私は食品の安全・安心を日夜考えている独りとして健康食品も食品の一部であると考え本日は問題点を話させていただきます」という趣旨の前置きの後、フードファディズムの具体的な問題を分かりやすく、また面白くご講演頂いた。このフードファディズムに関する著書を高橋教授は最近出版されたが、そのことについてはこのFood Scienceにおいても中野栄子氏が先般触れておられる。
私はここ数年、いわゆる健康食品が医薬品的な観点ばかりから問題にされることに疑問を抱いていた者として、高橋教授の「健康食品も食品の一部の問題としてとらえる」という言葉に思わず膝を打ちたい思いが走った。先月の私の記事に少し紹介させて頂いたが、私はいわゆる健康食品の安全性が確保できない大きな理由はこれを医薬品的な観点から取り締まろうとしている点に大きな問題があると理解している。
そもそも、食品には栄養機能(第1次機能)、感覚機能(第2次機能)、そして生体調節機能(第3次機能)と言われる食品中に含まれる成分が、栄養素としての基本的な作用以外に体調調節など健康増進に作用する機能が良く知られている。そして、保健機能食品と呼ばれている食品群は、大きく分けて第1次機能に関与するビタミン、ミネラルなどの栄養機能食品と、主として第3次機能に関与する特定保健用食品とからなっていると考えて良い。
ところが、保健機能食品は食品の機能に注目した食品として分類されて認可されているものの、その機能は少し見方を変えればそのまま医薬品の範疇にはいる内容である。例えば「血糖の気になる方へ」を標榜した特定保健用食品の素材が有する直接的な作用はαグルコシダーゼの阻害作用である。これは医薬品としても同じような作用の化学物質が糖尿病治療薬として用いられていることからから考えれば医薬品的な範疇で取り扱うべき内容のようにも感じられる。しかし、その作用のレベルは食品として摂取する限りにおいては気安めに近いものであるから食品の機能としてとらえる考え方は非常に素晴らしいと思う。
一方において以前は医薬品に分類されていたが、今は食品の範疇で販売が許可されるようになったCoQ10などは医薬品の時に認可されていた上限値を遙かに超えた量の製品が堂々と店頭に並んでいる。そして、広告も大量に含有されていることを売りにしているのが現状である。こうした医薬品と食品の狭間にあって医薬品的な効果を期待した食品がいわゆる健康食品として取り扱われている。しかし、ここで健康食品は医薬品のような効果を有する食品としての安全性を兼ね備えたものというイメージが与えられているところに大きな問題が内在している。
医薬品には安全性に優先して若干のリスクが容認されているが、食品には有効性よりも安全性が優先されている歴然とした事実がある。その結果、前述のように食べられるような食品でさえ廃棄しなければならない事態が発生しているのである。言い換えれば、健康食品も食品の範疇で論ずることにすれば、機能よりも何よりもまず、安全を最優先に考え無ければならなくなる。しかし、日本のいわゆる健康食品は食品という名称のもとに安全性が確保されているように扱われていてそうした機能の観点からの法的規制は何もない。
食品の機能に注目し、食の安全・安心に関与する法的規制ができない大きな理由は食品に関するそうした学問分野が確立していないことに原因がある。ところで、本年の8月下旬に高松市で開催された第2回日本臨床検査学教育学会学術大会において松尾雄志氏が行われた教育講演において食理学(Escaology)という概念を提案された。その概念を我々の会報誌に寄稿して頂いたが、私はこれが食に関しての新しい分野を開いてくることに期待を寄せている。松尾雄志氏と少し議論を重ねてこの概念を近いうちの紹介させて頂くことを私は現在考えている。(千葉科学大学危機管理学部教授 長村洋一)