目指せ!リスコミ道
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
消費者行政の司令塔と期待される消費者庁ができて半年。その役割の一つに、消費者の目線に立って省庁の縦割りを超えた対応がある。この「消費者の目線」って何だろうと、最近よく思う。とある勉強会で私が「消費者庁発足で消費者志向がさらに求められる」と話した折に、食品企業の方から「消費者志向は企業であれば当然。問題は消費者志向の先にある消費者視点が見えないことだ」と問われたのがきっかけだ。
消費者庁が言うところの消費者視点はどこにあるのだろうか。消費者庁創設の背景が説明される際に、必ず出てくる「近年、食品の偽装表示、中国産冷凍ギョーザ事件、こんにゃく入りゼリーによる窒息死……など、消費者を不安にさせる事件が数多く起こり、その際に行政の体制の問題が指摘される」「この背景には行政のあり方が生産者利益中心となっている現状がある。消費者の権利を尊重し、消費者利益の確立に向けて新しい行政体制に転換する必要がある」というフレーズがある。ここが原点だろう。企業は利益中心で、消費者は弱い立場である前提で消費者視点は考えられているようだ。
食品の安全や表示などの関連法規が未熟だった昭和40年代、企業=悪、消費者=弱者という構図は今よりも鮮明だった。その頃から消費者運動をしている方にお聞きすると「本当に企業は信じられなかった」という。消費者の権利を勝ち取るためにたくさんの消費者団体が活躍し、消費者運動は盛んだった。先達たちの努力によって、消費者保護や食品安全に関連する法も整備された。社会が成熟した今、消費者を取り巻く環境は大きく様変わりしている。多くの企業は、消費者のことを当たり前にちゃんと考えている、はずである。消費者志向経営を推進して消費者の意向に応える企業の責任を示すことで、より消費者の満足度は増し評価につながる。言い換えれば消費者志向でなければ、企業が競争に生き残れない。
もちろん、どの時代にも悪徳業者は跋扈(ばっこ)している。最近はその極悪度が増してきているようにも思うし、相変わらず消費者被害は減らない。そこは厳重に取り締まられるべきだと思う。しかし、そんな企業と消費者志向を進める企業を一括りにして全体を語るのは、乱暴な議論ではないだろうか。
企業も変われば、消費者も変わる。今の時代の消費者は多様であり、消費者視点も多様である。しかし、消費者庁や消費者委員会での議論を聞いていると、どうも消費者視点は旧態然として、一様である。タイムスリップしたように感じることさえある。
だからこそ、消費者団体は、本来は多様な消費者を反映して多様であるべきだと思っている。企業は対立する消費者団体だけでなく、一緒に考え協働していこうという消費者団体の動きがあっていい。私が会員として所属する消費者団体のNACS(社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会)はその一つだと思っている。会員は主として消費生活アドバイザーと消費生活コンサルタントで、消費生活に関する我が国最大の専門家集団として、「消費者利益と企業活動の調和を図りながら健全な消費社会の形成」に向け活動する団体である。
NACSの中に「サステナビリティのための消費者ネットワーク」という組織があって、私も参加しているのだが、私たちにとっての消費者視点は「持続可能な社会形成」である。ここでは年に1回、「消費者志向NACS会議」というシンポジウムを開催しており、先月10日、私たちのグループは「持続可能な社会のために〜食のリコールガイドラインの提案〜」というタイトルで発表を行った。
ここ数年、食を巡る様々な問題を反映して消費者の見方が厳しくなったことから、食の自主回収が増加している。健康危害の無い食品が回収廃棄されるのはもったいない。環境負荷もかかる。その中で本当に健康危害にかかわる回収が埋もれてしまい、必要な情報が消費者に届かないことの懸念もある。持続可能な社会の構築という点から、今の回収の現状には問題があるのではないか……というころから議論がスタートした。
過去1年半の500件を超す食品回収について、健康危害の有無×法令違反の有無のマトリックスで4つのカテゴリーに分類して、各事例にあてはめる作業を手分けして行ったところ、法令違反有り×健康危害有りのカテゴリーに分類されたのは約4分の1であった。分類作業の中で、企業によって情報開示の内容がバラバラで、危害の程度や対処方法が明確にされていないケースも見られ分類に戸惑った。一方で、期限表示よりも短い日付で表示して、健康危害が全く想定されないような場合でも、回収しているケースも散見された。
消費者、社会にとって適切なリコールを推進し、事業者の適切な問題解決を促すために、持続可能なゴールを消費者と企業が共有して解決法を見いだせないものだろうか。そんな思いから「食のリコールガイドライン」の提案を行った。このガイドラインの目玉は、回収を取り巻く状況に応じて(1)消費者回収(消費者の手元に渡った商品まで回収)(2)店頭回収(3)新規販売停止(在庫販売継続)の3つのレベルを提案したことである。ディスカッションを進めるにつれて、様々な課題が浮かび上がり、その課題も含めてまずはたたき台を示すという覚悟でスタート地点に立った。実はFood・Science でこの先紹介していこうと思っていた矢先、休刊となり、慌てて今、ご紹介している次第だ。詳細をお知りになりたい方は、moritamaki100803@yahoo.co.jp までお問い合わせください。
休刊に寄せて
Food・Scienceには、初期の「傍聴友の会」、その後「目指せリスコミ道」で原稿を書かせて頂きました。Webmaster中野栄子さんに初めてお会いしたのは、食品安全委員会が発足したばかりの頃。食品安全基本法が成立し食品衛生法や農薬取締法が改正され、食品安全行政が大きく変わるこの時期に立ち会えるというワクワク感を共有し、それを機会に拙稿を重ねることになりました。
今思うと、当時の私は新しく導入されたリスク分析手法は素晴らしく万能だと思い込んでいて、それはそれでお目出度かったのかもしれません。食品安全委員会によってリスク評価が科学に基づいて客観的に行われるようになれば、きっと消費者も食のリスクを理解するようになるだろうと心から期待したのです。ところが、実際はどうでしょうか。食品安全委員会や専門調査会を傍聴するにつれて、唯一無二であると思っていた科学的判断が実は難しいことがわかりました。また、リスクコミュニケーションの限界を垣間見ることもできました。
ところで、2007年から始めた「目指せリスコミ道」のタイトルは、実は中野さんに付けて頂いたものです。リスコミを語るにはおこがましいと思ったのですが、その頃ちょうど不二家の信頼回復対策会議のメンバーとして、伝えることの難しさについて真剣に考えた時期でもありました。その後、海外から日本を見る機会を得ましたが、日本がいうところの食の安全・安心って、やっぱりおかしいと確信しました。今は、消費者庁や消費者委員会が、狭義の消費者視点でもって、食のリスクの科学に基づく判断が脅かされるのではないかと心配したりしています。
こんな思いを書きとめることで、より真剣にリスコミについて考える機会を頂きました。改めて読者の皆様、関係者の皆様に御礼申し上げます。皆様に育てて頂いた道が続けられるよう、また、別の機会にお会いできることを願いつつ。(消費生活コンサルタント 森田満樹)