科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

目指せ!リスコミ道

日タイ新型インフル対策、怖がり過ぎと怖がらなさ過ぎ

森田 満樹

キーワード:

 日本は今、新型インフルエンザのニュースで大騒ぎだが、こちらタイでも先週、2名の感染が確認された。しかし、政府の発表のやり方も国民の受け止め方もまるで違う。タイ保健省は感染者の詳細情報は全く公開せず、二次感染の恐れもないと発表し、タイ国民もそんなに気にする様子もない。東南アジアは鳥インフルエンザの問題もあるので、もっとナーバスになってもらいたいとも思うのだが、落ち着いたものだ。国が違うとこんなに違うものか。怖がり過ぎと怖がらなさ過ぎ、どの程度怖がるのが適正なのだろうか。

 タイの保健省は5月12日、メキシコから帰国したタイ人2人から、新型インフルエンザの感染を確認したと発表した。東南アジアで感染者が出たのはこの時が初めて。しかし、感染者の性別、年齢、どの地域に住んでいるのか、渡航歴など詳細情報は全く明らかにされなかった。感染者は2人とも、帰国後にそれぞれ発熱を訴えたため隔離されたということだが、いつの飛行機便を利用したのかという情報も明らかにされていない

 この発表の時点で既に、2人とも回復して体内にウイルスが残っていないことが確認されており、感染者の近親者ら8人にも症状は見られていないので、タイ保健省では「二次感染の可能性はない」としている。日本のように検査で「疑い」の段階で、厚生労働大臣が記者会見をするのとは大違いで、発症が確認されてから回復するまで発表されなかったの唖然とする。

 タイ保健省は今回の発表について、個人情報にあたるため、また国民のパニックを防ぐために詳細情報を出さなかったとしている。この国は、どうも政府関連の情報はある程度統制されているようで、肝心のことはあまりニュースにならないような気がする。空港占拠の時も、デモ隊の流血騒ぎの時もタイ国内では恣意的な報道だった。こうした政府の姿勢を非難する声もほとんどない。感染の拡大を防ぐため早期の情報開示が欠かせないという発想は、この国にはない。

 何を根拠に二次感染の可能性はないと発表したのかもよく分からない。感染者の近親者に抗ウイルス薬を投与して数日間様子をみて、いずれも症状がみられなかったというのが根拠らしいが、同じ飛行機に乗った接触者など、何ら措置はとられていない。それでもちゃんと封じ込めができたらしい。発症者は本当に2人のまま、増えそうにないのである。

 発症者が増えない理由は、先進国に比べて検疫官が少ない、専門医が少ない、検査できる体制が整っていないという三重苦があるだろう。タイの水際対策である空港検疫において、体温検知器は設置されているものの、人員が少ないため、微熱でも検疫を素通りできてしまうという。また、隔離施設や専門医の数が少なくいことも問題である。

 タイでは熱帯特有の感染症が多いが、その中でも蚊を媒介とするデング熱は1年間で発症者は9万人以上、死者は100人近くになる。高熱の症状は、タイでポピュラーなデング熱と間違えられやすい。さらに検査体制については、今回の感染者2人のうち最初の1人は、米国CDCに確定診断を依頼しており、もう1人は保健省医薬局で確認している。おそらくPCR検査の機器もスタッフもタイ国内では十分ではないだろう。新型インフルエンザかどうか調べたくても、なかなか検査できない。

 話は飛ぶが、実は娘の通う小学校では、この1-2週間でクラスの3分の1近くがインフルエンザに罹っている。一年中暑い国だから、インフルエンザが流行すること自体、珍しく、しかもこの時期に、である。バンコク市内の病院に行って、抗原迅速キットでA型インフルエンザだということはすぐに検査してもらえる。しかし「新型かどうかわかるのですか」と聞いてみても、担当医は「メキシコに行きましたか? 行ってなければ検査しなくても大丈夫です」と、まるで取りあってもらえない。

 検査をしなければ感染者は出ない。なんだかBSEの全頭検査を思い出してしまう。米国では今回の新型インフルエンザ対策について、感染者がこれだけ広がったので、軽症者のPCR検査は省かれて重症者の検査と治療に重点を置くという。この先、日本はどうするのだろうか。全頭検査の時のように、検査をすることに重点を置いてサーベイランスを強化すれば、世界一の感染国になってしまうかもしれない。既に今、日本は世界で4位の感染者数を誇っているのである。

 この先、なかなか検査をできない東南アジアの国々において、新型インフルエンザの感染者として公表される数値は、ゼロか、極めて少ないままだろう。しかし実態がつかめていないだけで少しずつ広がっているのかもしれない。その遺伝子がブタの体内で鳥インフルエンザの遺伝子と混合して強毒型になるかもしれない。

 タイでは2006年以降は鳥インフルエンザの死者は出ていないが、インドネシアやベトナムでは最近でも死者が報告されている。東南アジアでは鶏と豚を一緒に飼っていたりするので、もし今回の新型インフルエンザが蔓延したらと思うと、ぞっとする。それこそ、新型インフルエンザの脅威であり、今の弱毒性新型とは比べ物にならないほど甚大な被害を世界中に与えるだろう。今回の新型インフルエンザは、東南アジアのような国こそもっと騒ぐべきなのだ。

 こうやって、のんびりとしたタイ人の中で騒いでいるのは、やっぱり在留日本人だけらしい。新型インフルエンザが報道された4月末、海外出張を禁止したり、家族だけ一時帰国をさせることを決めた日系企業が相次いだ。このため、日本人社会が少しでも落ち着くようにと、先週は日本人会主催のセミナーが開催され、日本人医師の話を聞く機会を得た。講師の結論は、「慌てない、うろたえない」。今回の新型インフルエンザは、弱毒性なのだから、通常のインフルエンザのいつも通りの対策だけで十分であること、もし感染しても合併症のリスクがなく軽症であれば、医療機関を受診する必要もなく一週間家にこもってよく食べてよく休めばよい、というものであった。

 会場からの「うがい薬は効果はあるのか?」という質問に対しては、「うがいは日本古来の衛生習慣だが、予防策として科学的根拠はない」ということだし、マスクの効果については「カナダでは推奨されておらず、予防効果として科学的根拠はない。罹った人がせきやくしゃみでまき散らさないことが大事だ。マスクも正しく装着することが大事で、きちんとつけられないのであれば、意味がない」ということであった。確かにバンコクを歩いていて、マスクをつけている人をほとんど見かけない。

 日本とタイでは、新型インフルエンザに対する国の方策も国民の理解もまるで異なる。どの国においても新型インフルエンザの感染は初めての体験だから、対応について国民性が出る。新しいリスクに対して、どのように怖がって対応しているのか、どの国が正解なのかは今の段階では分からない。先はまだ、見えない。(消費生活コンサルタント 森田満樹)