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中国製メラミン汚染食品で、タイ初の食品回収

森田 満樹

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 中国発のメラミン混入による食品汚染が、世界中に広がっている。ここタイでは、香港やマカオのように被害者こそ出していないものの、調査が進むにつれてタイ国産の乳製品でも高濃度のメラミンが検出されるなど、汚染の実態が明らかになってきた。タイ保健省食品・医薬品局(タイFDA)では、混入のおそれのある食品や、基準値を超える混入が確認された食品について、回収を命じているが、実はタイにおける食品の大規模回収はこれまでなかったことである。史上初の食品回収に立ち会えるなんて一大事と思って、店や消費者の様子をうかがっているのだが、どうやらあまり大きな騒ぎにはなっていない。タイ人の消費行動は、日本人とは違って冷静沈着ということか?

 メラミンによる食品汚染の広がりが世界的に懸念され始めたのは、9月中旬から下旬にかけてだが、タイ国内では当初、この問題をさほど深刻にはとらえられていなかったようだ。というのも、タイFDAでは、タイ国内における乳製品の輸入は欧州やニュージーランド、オーストリアからがほとんどで、中国からの輸入量はほぼゼロに近いため、影響は少ないと考えていたからである。それでも国民に安心してもらうために検査は必要という観点から、中国製の乳製品や、それを原料として使われた可能性のある乳製品および加工食品(ビスケットやチョコレートなど)について、検査を開始した。

 さて、この時期はタイの政治は混乱を極めており(今も混乱しているが)、保健相が交代するなどバタバタしていて、この問題に対する取り組みの遅れが指摘され始めていた。一方、周辺各国の香港やシンガポールなどでは、中国製の乳製品を原料とした加工食品の検査や回収を着々と実施して、禁輸措置等の対策も講じられていた。こうした国内外の動きを背景に、タイFDAが慌てたのかどうか定かではないが、検査開始発表のわずか数日後、メラミンに汚染された可能性のある製品について、今度はいきなり回収を命じたのである。9月25日のことだ。

 回収の対象となったのは、外資系で世界的な有名ブランド菓子であるOREO、M&M、SNICKERS、MENTOSなどのビスケットやあめ、チョコレート菓子など6品目に及ぶ。タイFDAではこれらが中国製の乳製品を原料としておりメラミン混入の疑いがあるとして、検査結果も待たず、一時的に店頭から回収するよう小売企業各社に要請した。その翌日までに、本当にこれらの商品が店頭から消えたのである。

 かつてタイFDAを訪問した折に「これまでに食品の回収はありますか」と質問したところ、「ある限定した地域で、散発的に食品添加物や食中毒による被害があった場合に、原因となる食品を販売停止にしたことはあるが、大きな回収はこれまで無い」という回答だった。その後もいろいろと調べたが、タイにおける大規模な食品回収は見つけられなかった。となると、今回のメラミン混入が初の大規模回収になるわけで、どんなに騒ぎになるのかと固唾を呑んで見守っていた。

 ところが、数日後にはタイFDAで安全性が確認できたとして販売の再開を認め、これらの製品は、まるで何事もなかったかのように店頭に戻ってきたのである。この間、米国人の友人が「どこに行っても、大好きなOREOのウエハースが無いんだよ、ほかのOREOの商品はあるのに」と騒いでいたが、ほとんどの人は気にも留めなかったようだ。

 それもそのはず、現地の新聞や英字新聞で、これらの製品回収について一部報道はされたものの、日本の新聞のように各社による「回収のおしらせ」は見当たらなかった。店頭においても、特に何の説明もない。今回の回収は、極めて淡々と行われ、すぐに戻ってきただけなのだ。これでは、一時的に品切れしただけと思った人もいるだろう。日本であれば、いったん回収された製品が再び店頭に並ぶなんて、考えられない。

 それにしても、タイFDAも疑いがあるというだけで、回収させるのもどんなものかと思うが、小売各社も初めての食品回収なのにちゃんと対応できたし、タイの消費者もいちいち神経質にもならず、たいした騒ぎにはならなかった。タイの消費者はあまり考えてないだけじゃないの? という声も聞こえてきそうだが、心配し過ぎて過剰な集団行動に走ってしまう我が身を省みる、1つのきっかけともなった。

 回収のたびに、メディアが騒ぎ、メーカーが頭を下げ、店員が張り紙を出してお客様にお詫びし、消費者は「何を信用したらいいか分からない」と思う—-。そういう国が遠くに感じる今日この頃である。

 それはさておき、その後のタイFDAによるメラミン混入問題の対応だが、10月8日にはメラミン、シアヌル酸などの4種類の物質を含む食品の製造および輸入、販売を禁止する省令を交付して、基準値も定めた。基準値は、これらの物質が乳幼児用食品や粉ミルクで1ppm以上、加工食品で2.5ppm以上検出された場合を違反とするもので、違反した場合は2年以下の禁固または2万バーツ以下の罰金、もしくはその両方を科すものとしている。

 さらに検査の強化にも力を入れている。検閲の際に輸入乳製品のメラミン含有を検査項目に加え、市場に出回っている製品についても検査も積極的に行っており、その結果を公表して対応策を講じている。検査が進むにつれて、汚染の実態が明らかになり、これまでの「中国産原料を輸入していない」という主張がどうやら苦しくなってきたのも事実である。たとえば、9月末にはタイの乳製品大手のダッチミル社では中国産粉乳を原材料として輸入していたことが明らかになり、タイFDAでは原料の粉乳からメラミンを検出したことを公表し、港で原料を差し押さえている。

 また、10月15日には国内で製造されているタイ・デイリー・インダストリー社のコンデンスミルク「MALI」から、メラミンが92.82ppmという高濃度で検出されたことが公表された。同社では「原料はスイスやベルギーなどから輸入しており、中国からは輸入していない」と主張しているそうだが、タイFDAでは高濃度検出に該当する今年1月16日以降に製造された製品は店頭から回収するように命じており、引き続き調査を継続するとしている。

 タイ人の食生活では、コンデンスミルクはタイ式コーヒーやタイ式クレープには欠かせないもので、摂取量はかなり多い。中でも「MALI」は人気商品で、我が家でも愛用していた。そんな身近な製品が汚染されていたのは、驚きである。しかも店頭では、汚染されているロットに該当していないからだろうか、今もって販売されているのである。本当に中国から輸入していなかったのか、それとも家畜飼料由来なのか、原因を特定すべく調査を継続してほしいものである。

 その後も、乳製品および乳製品を原料とするサンプル調査で、これまでのところ上記を含めた12種類の食品からメラミンを検出している。今のところ、基準値を上回って検出されたのは5種類で、「MALI」の他に、中国やマレーシアから輸入された加工食品3種、中国から輸入して販売されている「コアラのマーチ」の合計5種類となっている。タイFDAはこれらについて、回収を命じるとともに、消費者に食べないよう注意を呼びかけている。

 今後も調査が進むにつれて、汚染の実態が明らかになっていくだろうが、タイでは国境を接して様々な食品が密輸されているとも言われており、正確なところは依然としてよくわからない。汚染は乳製品だけでなく、家畜飼料にも拡大しており、今時点で卵の検査では汚染は確認されていないようだが、検査を拡大すると何が出てくるか分からない。いくらタイの消費者が食の安全について神経質ではないとしても、今後も回収品目が拡大するにつれて不安心理が醸成されることにもなるだろう。

 その一方で今回の問題を受けて、世界各国の消費者が中国製食品に対して嫌気がさしているという背景から、日本だけでなく米国や欧州などの企業から原料調達先や加工施設を、中国からタイにシフトする動きが加速しているという。今後、タイの食品産業が世界の消費者から信頼を得るためには、今回のメラミン混入問題を教訓に、実態調査と情報公開をさらに増やし、違反品は即座に回収するという対応策を含めて、対策強化に努めることが課題となるだろう。世界の台所を目指して、頑張ってもらいたいものである。(消費生活コンサルタント 森田満樹)