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非常事態宣言下で辞めないタイの首相、消費者庁の行方気になるも辞める日本の首相

森田 満樹

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 福田康夫首相の辞任で、消費者庁は今後どうなるのだろうか。消費者庁設置に伴う食品関連法案の移管は実効性を伴うのだろうか—-。などと思っていた矢先、今度はここタイで非常事態宣言が発令された。先週から反政府勢力の大規模抗議デモが続いており、昨日バンコクでとうとう流血の騒ぎになってしまったのだ。こちらの首相は、ここまで辞任を要求されて国民に迷惑をかけても「辞める」と言わない。まあ、どちらの首相も国民の期待を裏切り、国際的な信用を著しく低下させたことには違いない。

 福田首相の突然の辞任。会見で印象的だったのは「…これまで誰も手をつけなかった国民目線での改革に着手した。例えば、消費者庁設置法案のとりまとめ…、最終決着はしていないが方向性は打ち出せたと思っている」と、自分の成果を強調した部分で、消費者庁を取り上げた点だった。確かに日本の消費者行政の長い歴史の中で、消費者側の役所をつくるという発想は素晴らしかったと思う。複雑に絡む縦割り行政の隙間で、消費者に危害が起こるケースが多発しており、消費者・消費者団体から消費者行政の一元化は大きな期待が寄せられていたからだ。

 しかし、一元化について関連省庁によっては、これまでも冷ややかな対応で様子見をしていたところも多かった。実効性のある組織にできるかどうかは、まさにこれからが正念場だった。強力な消費者庁推進者が辞任した今、これからどうなるのか。今後誰が総理大臣になるかによっては、構想自体が後退する可能性もあるかもしれない。また、民主党が8月末に消費者庁の対案をまとめているが、その中身は内閣から独立した「消費者権利院」を設置して、各省庁に対して権限行使を勧告できる「消費者権利官」をトップに据えるという。それもどうだろう。権利の乱用で科学が歪められることになりはしないか。

 福田首相はとりあえず「方向性は打ち出した」ということなので、箱はできているのだろうが、中身は詰めていなかった。法案はこの秋の臨時国会に提出される予定だが、食品関連の法案が本当にどこまで移管するのか。これまで食品衛生法や健康増進法の移管が検討されているが、科学的なリスク評価とリスク管理がきちんと守られるかなど、一元化に伴う課題も多い。

 またJAS法の移管については、法令の専門性に加えて人員面においても、実効性は乏しい。このように消費者庁の設置は、食品安全行政上混乱をきたすのではないかという懸念は以前からあったが、今後の政局の行方によって、さらに混迷を深めることになりそうだ。また、消費者庁の実現が看板だけとすれば、今までの議論は何だったのか、ただの税金の無駄遣いに終わってしまう。

 そもそも消費者庁構想は、中国ギョーザ問題が1つのきっかけになっているのだが、この問題に関して太田誠一農林水産大臣の「消費者がやかましい」発言も記憶に新しい。タイに住んでいると、この発言は違和感がない。日本人は食品の衛生や品質に関して明らかに外国人とは異なる高い意識を有していることが分かるし、日本に一時帰国すると「国内の食品は安心」だ。タイでは、対日輸出食品は「やかましい消費者」向けに、安全性が厳しくチェックされていて、タイ国内の流通品とは生産行程履歴の管理も全く異なる。タイの生産者は重々承知の上で、その条件をクリアすべく厳しい品質管理を行って輸出しているのである。

 それにしても、いくら「やかましい消費者」が事実であっても、農林水産大臣の発言としては不適切なのは当然である。理由は3つある。1つは日本語の用い方として。もう1つは消費者庁を立ち上げた安全安心内閣の大臣として。そして一番の理由は、消費者に軸足を置いて、消費者の安全・安心に答えるべく食品行政を展開してきたと農林水産大臣として、である。「やかましい消費者」の意見を取り入れて、国産農産品安全神話を作り上げ、国産食品の購入を促す制度を推進しているのだから。その潔癖さのおかげで、自給率もほんのちょっぴり上がってきているのだから。

 一方、麻生太郎幹事長が先月、この発言に対して「関西以西では普通の表現だ」と擁護していたのには驚いた。消費者庁、何だか先が思いやられるなあ。

 と、遠く離れた日本のことを思っていた昨日朝のこと、息子の学校から緊急携帯電話メールが届き、タイ政府が非常事態宣言を発令したことを知った。今からちょうど一週間前にサマック首相および内閣の退陣を求めて、反政府団体が3万人規模のデモを行い、国営テレビ局を占拠したのだ。その時は一時テレビが見られなくなったりしたのだが、日常生活は平常通りで安全だった。

 ところが、先週末には飛行場の一部がデモ隊に占拠されて国内線の飛行機が飛ばなくなり、鉄道が不通になったりと事態は悪化していき、昨日の非常事態宣言である。娘の通う日本人学校は本日休校、タイの公立学校は3日間休校となっている。今日は、タイの国営企業の労働組合が首相の退陣を求めて一斉にストライキをするそうだ。国民生活に与える影響も多大なものだが、それでも首相は辞めると言わない。

 海外から見れば、日本の政治は機能不全に陥っているように見えるだろう。しかし、タイの政党政治は桁違いにめちゃくちゃである。日本と同じく物価の高騰や景気の後退の中で、何でこんなに政治がダメなのか、国民の生活を不安に陥れるだけでなく、国際的な信用まで失ってしまう。大事な時期に政治的空白を招いてしまう。

 それでもここに住んでいて不思議に思ったのは、一連の騒ぎにもタイ人があまり動じていないことである。タイではクーデターは1932年に立憲君主制導入以来、20数回起きており、その度に軍が介入しているという。最近では06年のタクシン元首相失脚があるが、その時も軍部は介入したが流血の騒ぎにはなっていない。

 このように急な変化に慣れっこになっているせいもあってか、政権が変わっても、食品行政のような基本的な法律はあまり変わる事はないという。もともと、タイの食品行政はタイFDAが一元化で管理しており、リスク分析もリスク管理も一箇所に集約されて、シンプルで変わりようがないのかもしれない。いや、食品安全や消費者問題が政争の具に用いられるほど平和な国ではない、成熟していないということなのか。いずれにしても、今回の非常事態宣言がいつまで続くか、戒厳令に変わらないか、今は消費者庁の行方よりもずっと気になっている。(消費生活コンサルタント 森田満樹)