目指せ!リスコミ道
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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このところ、飛騨牛、ウナギと大がかりな偽装表示の発覚が相次いでいる。昨年あれだけ多くの食品偽装が問題となったのに、その教訓はどうやら生かされていないようだ。それどころか、偽装はさらに巧妙に、悪質になっている感すらある。後を絶たない食品偽装に、消費者はどう対抗すべきだろうか。規制をもっと強化して取締りを徹底せよ、偽装許すまじ、と叫ぶのが正論だろう。しかし、どんなに取り締りを徹底しても、いたちごっこの感もある。ここは一つ、発想をかえて、消費者として食品をどう選ぶべきか、考え直すきっかけにしてみてはどうだろうか。
昨年多発した食品偽装を契機に、多くの食品企業は法令順守の徹底に取り組んでいる。しかし、食品業界は裾野が広くて、すべての企業が足並みそろえてというわけにはいかないようだ。今年に入っても偽装表示は相次いで起こり、業界全体の信頼がまたしても損なわれつつある。
先月は、奈良県・森井食品の手述べそうめんの賞味期限改ざんを皮切りに、食肉卸販売業「丸明」の飛騨牛の偽装、中国産ウナギを国産と偽装して販売した「魚秀」「神港魚類」などの不正が次々と明らかになった。最近の偽装表示は、「つい、うっかりやってしまった・・・」といった種類のものではなく、最初から確信犯で、悪質なものが多い。
それにしても、飛騨牛偽装の「丸明」社長会見は、ミートホープ社の社長会見を彷彿とさせるものだった。従業員の内部告発から、責任のなすりあいといった構図もそっくりだった。結局何の説明責任も果たさず、史上最低の記者会見といわれるだけのものであった。一年前の同業者の不祥事から倒産を見て、彼はおそらく何も学ばなかったのだろう。この手の事業者は、偽装表示が消費者に対する裏切り行為とは思いも至らないだろうが、そんな事業者はまだたくさんいそうな気もする。
しかし、悪質さでいえば、中国産ウナギを偽装した卸売業者「魚秀」は、その巧妙な手口において郡を抜いている。魚秀は、中国から輸入したウナギを国産、しかも「愛知県三河一色産」と偽って、マルハニチロホールディングスの子会社「神港魚類」に出荷していた。その数約205万匹以上と、半端な数ではない。彼らは架空会社を製造者として介在させ、出荷までに2社の商社に帳簿だけ取引の間に入る形にして、取引を複雑にして、ばれないように工作していたのだ。現在は事情聴取の段階で、どちらの会社が主導したのかわかっていないが、いずれにしてもJAS法違反だけでなく、不正競争防止法違反であり、詐欺罪の適用も免れないだろう。
ウナギの不正も内部告発から明らかになったものだが、これが昨年までだったら、業者間取引においてはJAS法の適用外だったため、違反に問えなかったかもしれない。実際に昨年のミートホープ社の不正では、豚肉の混ざった肉を牛肉として300社以上に出荷して、店頭の表示が事実と異なる事例が相次いだが、これらが業者間取引だったために、JAS法違反に問えなかったという経緯がある。この事件を契機に見直しが行われて、今年4月より業者間の取引においても、JAS法が適用されるよう施行されたばかりであった。まさに、今回のウナギの偽装表示は、全国規模で販売している食品の摘発として、業者間取引におけるJAS法違反の初めての事例となった。
ウナギはこれまでも不正表示問題で何度か摘発されている。昨年は、静岡県の食品商社が中国と台湾から輸入したウナギを国産と偽って加工業者に販売した事件があったが、この商社は隠ぺいのために九州のウナギ販売業者に販売して、国産ウナギを購入したことにする架空取引を行っていた。しかし当時は、業者間取引はJAS法違反の対象にはならなかった。さぞかし臍をかむ思いだったろう。だからこそ、今回は絶対に見逃さないという、担当者の執念すら感じられた。
不正は絶対に許さず、厳重に取り締まる。不正を行った企業は、大きな社会的制裁を加えられる。このことが食品偽装の再発防止の切り札になることは間違いないだろう。再発防止策をきちんと講じなければ、ほんの一握りの企業の不正が、食品業界全体の信頼を損なうことになりかねない。今後も消費者の信頼を取り戻すためにも、監視指導体制の強化が求められる。
さて、ここまでは正論だと思う。ここからはちょっと寄り道して考えてみたい。
規制の強化は確かに大事だ。しかし、実際には、いくら監視指導体制を強化しても、見せしめ的に違反を摘発しても、残念ながら不正はなくならないのではないか。学ばないワンマン経営者なんて、世の中にはたくさんいるだろうし、その従業員は内部告発をするものだろう。そして、内部告発→摘発→経営者のまずい記者会見→マスコミのバッシング→食品業界のイメージ悪化→消費者不信→法律改正や組織改変→規制強化→違反の増加→内部告発、といった具合に、このままいけば、どんどん負のスパイラルに落ちていきそうである。
これ以上規制が強化されると、どうなるのか。例えば、今の業者間取引は外食事業者の場合はまだ適用外で、外食のウナギ屋さんの原産地表示不正はJAS法適用外として取り締まることができないが(だからスーパーのウナギの偽装は聞くが、外食のウナギ屋さんの偽装は聞かない)、これを規制強化するという声がでてくるかもしれない。それから、このように偽装表示が続けば、JAS法の罰則強化も検討されるかもしれない。食品表示の一本化に向けて、いったん落ち着いた消費者庁の移管の議論も再開されることになるかもしれない。どんどん規制強化に向かってまっしぐらに行きそうだ。
規制を強化して偽装は絶対に許さない社会をつくるとなると、そのコストは膨大なものになりかねない。回収も相次ぐだろう。世界は今、食糧危機で、原料高騰のあおりをうけて、食品企業は大変な時代である。今後どんどん淘汰されていくだろう。そんな中で、地域の多様な食文化を担う中小企業に対して、規制強化でさらに負担をかけることになってはどうだろうか。私たち消費者は、将来、食品の選択の幅が狭まることになるかもしれない。
最近そんなことを思うようになったのは、ちょっとタイ化してきたせいかもしれない。というのも、ここに住んでいるとどんな食品を選ぶのか、とことん自己責任に委ねられていると考えさせられるからである。日本のように、販売されている食品がすべて食品衛生法でその安全性が担保されているわけではないので、安心できない。食品表示もあるが、タイ語がわかったとしてもその信憑性についてどう検証したらいのかもわからない。もし騙されたとしたら、それを選んだ自分が悪いのである。
タイでは、輸入食品以外では、あまり原産地表示にもお目にかからない。市場やスーパーで売っている新鮮な野菜も魚介類も肉類も、国産かどうかはわからない。一応聞いたりするのだが、帰ってくることばは「マイペンライ(気にしない)」だったりするし・・・。タイの近隣の国では、猛烈なインフレと食糧高騰で食べ物が買えなかったり、暴動が起こったり、ここ1年の食糧危機は暗い影を落としている。そんな中で、産地がどうのこうの、というのは、確かにマイペンライという気もしてくるものである。
それに、原産地が分からないから困るかというと、あまり困らない。大事なことは、傷んでいないか、においをかいだり、変な色をしてないか(漂白剤などの食品添加物を大量に用いていることがあるので)五感をフル稼働して選ぶことだ。加工食品であれば、期限表示とともにHACCPやISOなどの衛生関連表示を一応チェックする。そして何よりも食べてみて、おいしいか、お腹を壊したりしなかったか。その積み重ねで食べるものを自分で選んで増やしていく。大変だけれどもなかなか楽しい作業でもある。
話はウナギに戻るが、今回の偽装は、発覚は内部告発であって消費者からの苦情ではないと聞く。中国産の倍以上の価格のウナギを、国産と信じて購入して、分からなかった人が何十万人もいるわけだ。そう考えると、中国の養鰻技術も加工技術もそれなりに進歩しているのかもしれない。今販売されている中国産ウナギは、厳しい命令検査をパスして日本に到着しているわけだから、安全性も心配することはないだろう。
ここは一つ発想を転換して、中国ウナギを国産ウナギと区別できないほど、おいしく食べる温め方や料理法を発見するとか、自分の舌と経験を駆使して上手に利用してみるのはどうだろか。ウナギは「焼き」で大きく左右される、と気づかされるかもしれない。中国産は危ないとか、偽装表示で疑心暗鬼になるよりも、ずっとストレスフリーでおいしく頂けると思う。
産地やブランドに踊らされずに、人のものさしではなく自分で主体的に選ぶことは、これからの食糧高騰の中では生活防衛にもなる。安全が気になるのであれば、調べてみる。一人ひとりの消費者が選ぶ力を身に付けるということは、偽装表示を防止する方策の近道になりうるのではないか、最近思うところである。(消費生活コンサルタント 森田満樹)