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残留農薬には薬剤で対処!タイの過激な食の安全確保術

森田 満樹

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 海外で暮らすものにとって、その国における食の安全情報は、なかなか正確に把握できるものではない。タイでは対日輸出向けの食品については日本の基準にあわせて安全性確保に取り組んでいるが、自国内で流通している食品についてはどうだろうか?常に気になっている。そんな矢先、地元バンコクの保健所職員による「食の安全・市民向け講座」を聞く機会を得た。バンコクの消費者に対して広く配布されている啓発用パンフレットには、残留農薬を減らすためのノウハウがばっちり・・・!?異国の行政担当者によるリスクコミュニケーションの一つの形を紹介する。

【訂正】以下本文中、「婦人部のこれまでの活動は、タイの博物館ボランティアガイド」という記述がありましたが、博物館ボランティアと婦人部の関係はありませんでした。お詫びして削除訂正いたします。(2008-5-28、編集部)

 在留邦人にとってその国の食の安全を考える場合、その国特有のハザードは何か、そのハザードに出会うリスクはどの程度か、最初に把握しておきたいことである。しかし、統計や調査がほとんど無い国の場合、何を頼りにしたものか。情報不足から、口コミやら風評に左右されることも多い。そういえば、上海に住む友人も野菜は日系量販店でしか買えないとか言っていた。バンコクではそれほどではないものの、中国ギョーザの事件を受けて在留邦人の食に対する漠然とした不安感が高まっている。

 タイ国政府は、生鮮食品に原産地表示を義務付けていない(タイだけでなくほとんどの国がそうだが)。タラート(市場)や路地売りの野菜は何の表示もない。タイに転任してきたばかりの日本人は、日本では至れり尽くせりの原産地表示(しかも絶対違反は許しません)に慣れっこになっているので、表示が無いことにまず不安を覚えるようだ。これが中堅スーパーマーケットに行くと、一部自主的に原産地表示がされるようになり、高級日系デパートでは原産国に加えてオーガニックなどの農薬情報も加わる。ランクが上がるにつれて価格も高くなり値段の開きは十倍以上だが、食の安全に対して不信感を持つ消費者には受けているようだ。

 今回の市民講座はこうした背景を受けて、バンコク日本人会婦人部が食の安全について勉強会を始めようと企画したプログラムの一環である。婦人部のこれまでの活動は、環境問題を考えて分別収集を進めるエコ活動などが中心だったが、中国ギョーザ問題を受けて、食の安全問題に初めて取り組んだそうである。これを機に私も会員となって、市場のツアーや圃場見学に参加させて頂いている。

 ゲストはバンコク都庁食品衛生局の職員3名。日常の業務は、バンコクの食品製造者、流通業者の食品衛生指導で、時に市民講座やテレビコマーシャルに出て食品衛生についてリスクコミュニケーションを行っているそうである。そのツールとなるのが、カラー刷りの四つ折パンフレットで、食品添加物編と残留農薬編の2部からなり、2時間近くかけてその説明が行われた。参加者のほとんどは日本人なので、通訳を入れると講演は実際には1時間で、パンフレットの説明に終始した。

 バンコクの食のリスクといえば、下痢を伴う食中毒だろうと思っていた私にとっては、パンフレットの内容にちょっと戸惑いを覚えた。タイでは数多くのコレラ患者が発生しており(タイFDAの公的発表では年間1000人近いが、実際はもっと多いと言われている)、赤痢やサルモネラも多いという。コレラ以外の食中毒患者は統計すらない。日本人の中でも食中毒で入院するという話はごく身近だし、バンコクにおける食中毒予防のための6か条の話が聞けると思っていたのだ。さにあらず。

 最初に食品添加物から身を守るために、というパンフレットの話から。タイでは有害な食品添加物が使われることがあり、たとえば魚のすり身団子にホウ酸を保存料として用いるケースがあるという。硬さが保たれ新鮮にみえる効果があるが、これを食べて吐いたりショック症状を起こすような食中毒も発生しているという。「ホウ酸団子かどうか、どうやって見分けるのですか?」と言う質問に対しては「買わないこと、魚のすり身を買って自分で作ってください」という回答であった。

 またショウガやモヤシの色が異常に白い場合は、禁止されている漂白剤やホルマリンが使われている場合があるので要注意。そういうものは買わないように、買ってしまったらよく洗って煮沸して使うこと。よく見たり、においを嗅いだり、常に五感を働かせてものを選んでください、ということであった。ごもっともである。食品テロや異物混入対策にも共通する基本的な予防方法といえる。

 なお、こうした違法行為を取り締まるために、バンコク保健事務所では移動検査車(モバイルユニット)で現場を回って、その場で収去、そこですぐに実験をして調べて指導を徹底している。この検査車のおかげで、事業者の意識が大いに改善したそうだ。「どんな検査をしているのですか?」と言う質問に対しては「モバイルユニットを見学したかったら、同行できますのでご連絡ください」と、タイのお役所とは思えないオープンな姿勢である。

 さて、続いて「果物と野菜の残留農薬から身を守るために」というパンフレットを用いて、10の具体的な提案が行われた。そのうちの1つ、たとえば皮をむいて水洗い15分、これによって27%から72%の農薬が削減できるという。熱による調理では48%から50%、残りの8つの方法は、さまざまな剤を用いて残留農薬を分解する方法が紹介されている。たとえば何と過酸化水素水で10分間浸すと35%から50%残留農薬が落ちると紹介している。酢や塩も登場、スーパーで販売している野菜洗浄液(自然から出るエキスを使ったものらしい)、過マンガン酸カリウム、貝殻でつくった洗浄液など、実に様々な「残留農薬分解剤」が登場し、具体的に何%落ちるのか、それぞれ細かい数字で紹介されている。

 担当者の話によると、タイでは青果物に残留しているのはほとんど殺虫剤だそうである。それを食すると神経が麻痺したり、頭が痛くなったり、吐き気がしたり、不安になったりさまざまな身体症状が現れる。鼻水が出たり、涙が出たりアレルギーと思っていたら実は残留農薬が原因だったりすることもあるそうだ。また葉物よりも根菜類のほうが農薬を残留しやすいので、皮を厚く剥いてよく煮て食べてくださいとのこと。そんなにたくさんの量が残留しているのかと思わず耳を疑った。

 そもそも残留農薬がどのくらい残っているのだろうか。タイでは使用する農薬の種類も量も日本よりは少ないと言われているが(虫が食っていたり見栄えが悪いものがたくさん出回っている)、残留農薬調査のデータが少ないのでどうもはっきりとしない。誤使用のケースがあって、残留農薬による食中毒がピンポイントで発生しているのだろうか。過去に死者が出たのだろうか。それも分からない。日本だったら全国の残留農薬データは公表され、違反品は新聞に掲載されて回収され、マーケットバスケット調査によってどのくらいの量を摂取しているのか見当もつく。分からないことだらけで余計に不安になってしまった。

 事実がはっきりしないので最悪のケースを想定して、必要であれば薬剤を用いて残留農薬を軽減させる、それはそれでわかりやすい対処方法ではあるが、それにしても使う薬剤が過酸化水素水や過マンガン酸カリウムでいいのか?よほどリスクが高いのでは?と思ってしまうが、その質問に対しては「スーパーの野菜洗浄剤コーナーに一般的に販売しているので、それを使ってください。使った後には真水で洗ってください」と言い切っていました。

 残留農薬の危険から身を守ることを教えるのが保健所のリスクコミュニケーションなのか、この国ならではだなあと思い至る。これが日本の保健所だったら?食品添加物や残留農薬で行政担当者が市民とコミュニケーションをするのであれば、リスクの捉え方から始まり、基準設定の科学的な根拠、残留実態、身体に取り込まれる量の概念について理解を深めてもらうプログラムとなるだろう。

 しかし正しい理解かどうかは別にして、どちらがインパクトがあるかといえば、それはバンコク保健所だろう。不安なときに、怖いものから身を守る方法を教えてもらえるのって、なんだか有難く感じるものだ。この手法を用いて、未だに日本で跋扈(ばっこ)しているエセ科学者もいるわけだから(しかも圧倒的に人気があったりする)、そんなに変わらないのかもしれないなあ・・・。(消費生活コンサルタント 森田満樹)