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目指せ!リスコミ道

日本の消費者の要求はあまりに一方的?

森田 満樹

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 中国ギョーザ問題を受けて、中国だけでなく輸入食品全体の安全性について取りざたされる中、バンコクにおいて先月「食の安全国際フォーラム〜タイ国と日本の相互理解を目指して〜」と題する国際シンポジウムが開催された。日本側より唐木英明・東京大学名誉教授、タイ側よりティプバン・タイ国厚生省食品医薬品局(FDA)食品管理部長による基調講演が行われ、輸出入国間の消費者意識の違いや、食の安全確保に関する取り組みについて、相互に理解を深めることの重要性を確認するとともに、活発な意見交換が行われた。

 今回のフォーラムは、主催者の上野製薬(大阪市、上野昌也社長)が創業90周年、バンコクに子会社を設立して20周年を記念する事業の一環として行われ、後援は在タイ日本国大使館、Food Science and Technology Association of Thailand(FoSTAT)、ジェトロ・バンコクセンターによるものである。参加者は、タイと日本の政府関係者、学者、食品企業、流通、メディア関係者等約200名で、フォーラムは全て日本語とタイ語の同時通訳で進められた。

 唐木教授の基調講演は「日本における食品安全・現状と課題」として、日本の食品は輸入食品も含めて安全性が高いにもかかわらず、消費者の多くは食の安全について不安を感じていることが冒頭より紹介された。特に食品添加物や残留農薬といった化学物質について敏感であり、昨年は食品表示の偽装表示問題が多発したことから食品企業に対する不信感がさらに増大しているという。日本ではリスク分析手法を取り入れて2003年には食品安全基本法が成立、食の安全を取り巻く環境は大きく変わったが、消費者の不安はなかなか解消されず、そこにきて今回の中国ギョーザ問題である。不安を増大させるのは、不正確な情報や偏った報道であり、消費者の信頼を回復するためには科学をベースにしたリスクコミュニケーション、事業者の法令順守が今後ますます重要となることについて解説が行われた。

 続いてタイ側の基調講演としてタイFDA食品管理部のTipvon Parinyasiri部長が「食品安全に向けたタイFDAのビジョン」と題して、タイFDAがリスク分析手法に則ってリスク管理を行っている枠組みについて紹介、実際にケーススタディとして、Codexの規格を参考にしながら国内基準を策定する考え方について解説を加えた。タイにおける食品添加物規制についても触れ、ADIに基づき使用基準を定めているものの、過去には食品添加物の使用量のミスなどによる食中毒も発生しているという。このため、輸入者、食品添加物製造者、使用者、消費者間で十分に情報が伝達されること、知識の欠如による間違いが発生しないよう関係者に理解を求めた。

 Tipvon部長によると、これまで表示が義務付けられていなかった食品添加物表示について、今月から一部において国際的にも共通しているナンバリングシステムによる表示方法が採用されるよう、法律を制定したという。さらに、国内流通食品においてもGMPやHACCPを法令化するための協議が進められており、来年制定を目処に食の安全に関する規制が強化される予定だそうである。

 タイでは輸出用食品については既に、GMPやHACCPが採用されており、その他にも輸出先から求められる様々な国際基準に対応するため、生産工程における管理、輸出時の水際チェック等を万全に行っている。そのことは知っていたが、タイ国内流通品においても、食の安全と情報開示に向けて確実に歩み出していたのだ。

 タイで販売されている食の安全の枠組みはなかなか全容がつかめず、最新情報も入手しにくいのが現状だったが、今回のフォーラムではタイFDAの取り組みに直接触れることができた。リスクコミュニケーションを通して情報不足からくる不安が解消され、毎日の食卓にちょっと安心感が加わったような心境である。もちろん、まだわからない点はたくさんあるのだが、そこに住む人々の食文化や意識が異なる中で、日本と同じ情報量を求める方が無理であろう。それでも根掘り葉掘り質問する私に、快く質問に答えてくださったティプバン部長に、リスコミの基本姿勢を教えて頂いた。

 ところで余談ではあるが、Tipvon部長はFDAにおいて研究開発、GMPの提案、モニタリング調査など、現場を知り尽くしたベテランの行政官である。今回は、フォーラムに先立って、予めタイFDAに挨拶に伺ったのだが、ティプバン部長をはじめ、スタッフ十数名が全員女性であった。正直驚いて、その旨を伝えると「ここでは男性は働かないから」と笑いながら、「食は女性にとっては身近な学問であるから」という答えであった。確かに、今回出席された大学関係の学識者も女性ばかり。この国では、女性の研究者や行政官が食の安全に関するリスクコミュニケーションの担い手なのだ。

 さて、後半のパネルディスカッションでは、高野靖・日本食品添加物協会専務理事が「日本の食品添加物制度」、小島正美・毎日新聞社生活家庭部編集委員が「日本のメディア報道とリスク情報の現況」、Suwimon Keeratipibul・Chulalongkorn大学准教授が「Present State of Sanitation Control in Thailand」、筆者が「日本とタイ 食の安全に関する消費者意識」として、各パネラーによるショートスピーチ後、メディア報道のあり方やタイ国と日本の相互理解を目指して情報交換をどのようにすべきか等、ディスカッションを行った。

 ディスカッションの中で興味深かったのは、消費者の食品表示に対する考え方の違いがである。タイでも賞味期限表示が一番の関心事であるそうなので、その点だけは同じだが、タイ人はそれ以外の表示はあまり感心がないそうだ。Suwimon准教授も「タイ人は細かい情報は読まないので、より簡潔でわかりやすい表示がよい」という。そうはいっても、先月もお伝えしたとおり、タイの表示制度も基本的な表示項目はちゃんとあり、アレルギー表示や原産地表示等の遅れている部分もあるが、スナック表示の栄養成分表示義務付けなど、日本よりも詳細に定められている項目すらある。それでもタイ人は、あまり表示は見ないそうなのである。

 さらにTipvon部長は「安全性を確認するならばオーヨーマーク(オーヨーはタイ語でタイFDAの意味)が目安となる。表示のない加工食品は販売できないので、消費者は購入時に確認するよう、広報を行っている」という。「どんな方法で広報するのか」という質問に対しては「旧正月や食中毒の多い時期など、自らテレビ番組に出演して、食中毒防止の基本原則や表示について解説している」そうである。何ともシンプル。タイにおける最も高いリスクは食中毒であり、そこから身を守るための情報が最も重要、というわけである。

 今回のシンポジウムを通して、タイと日本における消費者の考え方の違い、そこからくる規制、管理手法、基準値、食品表示の違い、さらに情報公開の違いが明らかになったが、それを踏まえて、今後どのように相互理解を深めるたらいいのか、改めて考えさせられた。日本の消費者は、世界で一番厳しいレベルの安全性を求めて、輸出国の農業従事者や食品製造者、流通事業者に高度な基準をクリアするよう求めてきた。それぞれの輸出国の事情を理解しようとする努力もなく、一方的に要求してきたことに筆者自身、疑問すら感じなかったのである。

 まさか、この年になってその輸出国に住むことになろうとは思いもかけなかったのだが、その国の人々と同じ食品を口にすることで、日本の消費者の要求があまりに一方的すぎるのではないだろうかと考えるようになってきている。またあまりに高度化することで、競争力を失うことについても懸念している。果たして、日本が輸入している世界中の相手国に対して、消費者が各国の現況を理解することがどの程度可能だろうか。例えば中国だったらどうか。国によっても異なるであろう。そのためには今後もより多くの情報交換の機会が求められるだろうし、相手国の様々な事情やリスクに対する価値観に共有できる想像力も求められるのであろう。今回、こうした情報交換の場を積極的に設けてくださった主催者の上野製薬の皆様をはじめ、関係者の皆様に改めて謝意を表したい。(消費生活コンサルタント 森田満樹)