科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

目指せ!リスコミ道

リスコミ手法としての食品工場見学とは

森田 満樹

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 食品企業のホームページを開くと、自社の工場見学について案内しているところがここ数年、確実に増えているように思う。食に関する膨大な情報が溢れる中、食品製造の現場を直接見せることによって、食品企業は一体何を伝えようとしているのだろうか。一口に工場見学と言っても、企業によって、目的や手法はかなり異なる。例えば不二家の場合、工場再開の3月以降、信頼回復の目的で消費者団体を中心に工場見学を数回実施している。参加者からは情報公開の姿勢が評価される一方で、工場の見せ方について様々な意見が寄せられた。消費者からみれば、多くの業種において食品工場見学の機会が増えるにつれ、比較対象は事欠かなくなっている。どんな目的でどこまで見せるのか、工場見学を通して企業の姿勢が試されている。

 消費者の信頼を得るために、食品企業は様々な取り組みを行っているが、その取り組みの1つとして食品工場見学を位置付けるところが増えている。そもそも企業の社会貢献的な目的で行われてきた工場見学だが、ここ10年で、消費者の食の安全に対する関心の高まりを受け、食品企業が行うリスクコミュニケーションの一手法として食品工場を見せるようになってきた。

 工場見学をリスコミ手法として位置付けた一例が、厚生労働省のリスクコミュニケーションに関する取り組みの中で今年2月に実施した「食品に関するリスクコミュニケーション?HACCPに基づく衛生管理について?(施設見学を含む)」(http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/iken/070206-2.html)の事例である。静岡県島田市の東海クノール食品の工場見学を通して、容器包装詰加圧加熱殺菌食品の製造ラインからHACCPの取り組みを学び、食の安全の理解を深めてもらうことが目的だったようだ。

 この試みは、消費者まで開催の情報が届きにくかったせいか、参加者24名のうち消費者は6名で、参加者の多くは食品関連事業者であったという。食品工場は都心からかなり離れた立地が多く、消費者が交通費をかけてまではなかなか出かけられなかったこともあるだろう。

 一方、生協などにおける組合員活動の1つとして工場見学会を位置付け、バスを仕立てて近場の工場見学を行っているケースがある。生協の広報誌などで工場見学の申し込みやその様子が掲載されているのをよく見かけるが、自分たちが注文する商品の製造工程が見られることもあって、人気があるようだ。

 また、遠方でなかなか参加できない消費者のために、ホームページでバーチャル工場見学として情報公開をしているところもある。もちろん実際に見て体感するに超したことはないが、いろいろなアプローチで工場見学に参加する機会が増えることが、今後望まれる。

 さて、不二家の工場見学は事件以前にはほとんど行われていなかったと聞くが、再開直後より既に数回実施されている。今回の問題を受けて消費者団体からの質問書などが寄せられ、改善策について説明責任を果たさねばならなかったことが背景にある。特に製造現場が事の発端であったことから、工場を見てもらうことはリスクコミュニケーションの第一歩となる。

 3月20日に実施された工場見学会は、私が懇意にする消費者団体も含め、参加者は8団体27名となった。不二家側の工場見学のキャパシティぎりぎりだったようで、3グループに分かれて見学は行われた。

 工場見学の後に意見交換が行われ、「ラインに近づくことで、私たちが異物の原因にならないか」「入室の際に、消費者側にもっと厳しく手洗い等を要求した方がいいですよ」といった工場見学の手法そのものの意見が寄せられた。消費者団体は食品工場を見学する機会も多いことから、厳しい目で工場を評価して、見せ方についてもアドバイスを行ったのである。

 消費者団体は工場見学に当たり、現場に入るまでの従業員の服装や表情、掲示物の状況、従業員の挨拶の仕方(門をくぐったところから始まるそうである)、衛生管理の状況など、たくさんのチェック項目を持っており、そこから意見を言って改善してもらうのが工場見学の目的であるという。一方的に工場側から見せてもらうのではなく、消費者自らかかわって、より良い工場になってもらいたいとの思いで、工場見学をする。つまり、リスクコミュニケーションの担い手としてのやる気満々なのである。

 こうした消費者が工場にやってきてモニタリングするという状況は、工場側にとっては大変なプレッシャーではあるが、「お客様のための安全・安心」という社会的責任について従業員一同が痛切に感じることができる機会にもなる。不二家では見学コースもないまま迎えたわけだが、消費者側は見学コースがないことを指摘するのではなく、その中でどこまで見せられるのか一緒に考えようという意見も聞かれた。工場見学によって外の目を入れることで、食品事業者の責務を自覚できるという効用もあるのではないだろうか。

 とはいえ、やはりすべてのラインをみせることは難しいだろう。どんな大手の企業でも一部のラインでは、労働安全上、見せることそのものが事故につながることもあるだろうし、機械装置などノウハウが集積されていて見られたくない部分もあるだろう。それでも原料受け入れから製造工程、包装工程まで一連の流れでできるだけ公開した方が、得られるメリットのほうが多いのではないだろうか。

 最終の包装工程だけをガラス越しに見せるような企業もあるようだが、わざわざ遠方から来ているのに、あまり現場を見せない企業は信用できないと思うのが、消費者である。良いことも悪いことも包み隠さず見せる姿勢、誠実に説明する姿勢を見せることが、工場見学がリスクコミュニケーション手法として確立されることにつながるのだろう。

 ところで、食品工場の見学会は今に始まったことではなく、ビールや清涼飲料、油脂、調味料などの比較的大きな装置で大量生産する工場を中心に、地域住民や小学生の社会科見学のために見学コースを設けて行われてきたという歴史がある。もちろん今でも工場見学の対象者の多くは、地域の人たちであり、工場見学の目的は、地域社会の一員として企業の社会的責任を果たすことにある。

 この場合は、情報開示というよりも、イベント色が強くていいと思う。最近出かけたいくつかの食品工場の見学コースでは、小学生たちを飽きさせないよう、クイズのパネルが準備されていたり、キャラクターのお出迎えがあったりと、実に様々な仕掛けが準備されていた。夏休みは親子イベントなどで工場を開放しているところもあり、遊びながら気軽に学べる場所として地域に親しまれている歴史のある工場もある。

 ちなみに私の食品工場初体験は、小学校3年生のしょう油工場。見学コースが整備されていた工場で、パネルで原料がダイズとムギからできることの説明を受けて、ラインで充填された卓上びんが大量にベルトコンベアで流れているところを見せてもらったことを覚えている。ふだん食卓にあるしょう油と同じものが、すごいスピードで目の前を流れる様子に圧倒されてしまったのだ。工場見学後「すごいです」みたいな感想文を書いて送ったら、返事がきたのがまた嬉しくて、記憶が鮮明に残っている。

 その時の「すごいです」というのは、おそらく普段口にしている食品が、どんな製造プロセスを経て食卓に届くのかを体感したことによるものだろう。農家の人がつくった作物を材料においしく作って、保存できるよう加工して包装して、たくさんの人に届ける技術が、とても豊かで、「すごいです」と、子供心に素直に思ったのである。

 安全とか環境とか、当時はそんな説明はなかっただろうが、子供にはそんな説明よりも製造プロセスを丁寧に見せるだけで十分であったように思う。小学生の社会科見学のための工場見学の場合は、食育体験の場を提供すること、そのことを通して社会的責任を果たすことが目的になるだろう。

 食品工場見学の機会を、リスクコミュニケーションの機会とするのか、食育体験の場とするのか、地域住民の交流の場とするのか、その目的は様々である。対象者が消費者団体か、マスコミか、地域住民か、小学生かによって、伝えたいメッセージ、見学コースも異なるはずである。見せ方のディテールにこだわることも大切だが、対象者によって何を伝えたいのか、そこが合致していなければ、どんなに素晴らしいプログラムでも効果は半減してしまう。工場見学を行っていれば情報開示が行われていると気を緩めず、手法も見直していきながら、目的を明確にして工場側は情報発信をして頂きたいと願うところである。(消費生活コンサルタント 森田満樹)