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私が見て、感じて、考えた不二家問題(3)

森田 満樹

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 不二家における品質管理上の問題点は、昨日お伝えした通り、社内で決めたさまざまなマニュアルが守られないこと、つまりマニュアルと現場の実態が適合していない点にあった。また何らかの問題が起こった際も、危機管理対応マニュアルによって、健康被害や法令違反のレベルにあわせた対応策が講じられるはずである。しかし1月当初の記者会見からそのマニュアルは機能せず、メディア対応を誤って、それがマスコミ報道を過熱させる結果を招き、不信を一層増大させてしまった。このように信頼を失墜した原因は1つではなく、多くのことが密接に関連して、重なって起こっている。信頼回復対策会議最終報告書では、「これらに共通する大きな要因と考えられるのが経営体制の問題である」としている。最終回はそのあらましについて紹介する。

 今回の問題をもう一度振り返ってみよう。第1回目の記者会見のきっかけ、それは今年1月の年明け早々にマスコミ各社に送られた一枚の流出文書であった。パワーポイントファイルが上下2枚に印刷されたそのペーパーは、上部に「埼玉工場の鼠(ねずみ)問題」として、工場におけるネズミ捕獲実績に関する棒グラフが示されている。

 下部には「埼玉工場の期限切れ原料使用問題」として「近年、企業のコンプライアンスに関する不祥事は、その多くが内部告発に端を欲するものであり、消費期限切れ原料の使用がマスコミに発覚すれば、雪印乳業の二の舞となることは避けられない」とする文言が記されている。そこには「11月7日消費期限の牛乳4ロット分を11月8日に使用したとの証言あり」として、「使い切れなかったらニオイを嗅いで品質的に問題ないと判断したら使ってる」などとする「オンレータ原料仕込み担当者」名のリアルな証言が記載されていた。

 テレビでこのペーパーをそのまま放映したところもあるので、ご記憶のある方もいらっしゃるかもしれない。今回の問題が「埼玉工場において消費期限切れの牛乳を使用した事実を把握しながら、それが発覚したら雪印乳業の二の舞になるという理由で隠蔽した」という点を繰り返し報じられ、決定的なダメージを被ったのも、そのペーパーの存在があったからだろう。

 この文書が作成されたのは、さらに遡った昨年秋。不二家が作成したのではない。作成したのは、同社が依頼した外部コンサルタントであった。不二家は2010年で創業100周年を迎える老舗であるが、特に洋菓子事業部においては収益が長期低迷化しており、その抜本的な対策を講じることを目的として、「2010改革推進プロジェクト」を昨年9月、キックオフさせた。

 そのプロジェクトを請け負った外部コンサルタント会社が、社内の実態調査を行い9月末から12月にかけて計12回の推進委員会を行っていたが、その席上で彼らが行ったプレゼンテーションの資料の一枚が流出したのである。資料には「推進委員会外秘」と印刷されており、その紙だけをみれば不二家が作成したものだと思われた。その内容は、メディアの関心を誘うには十分に刺激的であっただろう。

 話はそれるが、2000年に雪印乳業の食中毒事件が起こった後、食品メーカーの不祥事が相次いだが、その中でも02年の在庫原料の再利用問題についてご記憶にあるだろうか。02年2月には業務用冷凍バターの品質保持期限書き換え問題、5月にはインスタントコーヒーの在庫品を溶かして原材料として再利用する「リワーク」問題がスクープ記事として取上げられた件だ。いずれも品質に問題は無く、食品衛生法違反でもなく、捨てられるものを再利用しているわけであるから環境負荷もない。今流行の「もったいない精神」に合致している。

 しかし当時、メディアはこぞって「失われた食の安全」として書き立てた。この問題はメーカー側がきちんと説明したこともあって沈静化したが、その頃のメディアは「第二の雪印」を探して取材していたと聞く。今回の件と照らし合わせてみると、まさに「期限切れ原料の使用」「第二の雪印」のキーワードが合致しており、メディアとしては久しぶりの「またしても食の安全が失われた」とする格好の材料になったのではないか。この間、リスクコミュニケーションという概念が取り入れら、消費者も事業者も学習したはずなのに…。

 話を戻そう。流出した文書を作成した外部コンサルタント会社であるが、衛生コンサルタントではなく、食品メーカーの業務には精通していない、いわゆる「戦略コンサルタント」であった。それはそうだろう。食品のリスクのことが分かっていれば、そんなセンセーショナルな表現を使うはずはない。このため現場の改善につながらなかったどころか、逆に生産現場との間で多くの摩擦トラブルを引き起こしていたことが、調査で明らかになってきた。

 それでも現場では経営者の判断で進めているプロジェクトであり、逆らえない。上への風通しが悪く公益通報者保護制度もうまく機能していない。誰が文書をマスコミに流したのか、結局分からなかったが、この問題の大きな要因は、結局は経営者のコンサルタント会社選択の誤りにある。それも、経営体制上の問題に帰着する。

 それでは経営体制はというと、不二家は長年にわたって創業家による同族経営が行われていた。社員からすれば創業家の圧倒的威厳を背景とした一族支配であった。お断りしておくが、食品企業は同族経営が多いが、良い面悪い面両方あってうまくいっている会社もたくさんある。不二家の場合、創業家が従前から、生産現場よりも商品企画ばかりに目が行っており「見栄えのよい製品の製造」という点が社の方針として取上げられていた。そのことが社員の意識の醸成に作用し、食の安全・安心を重視する社会の要請から取り残されてしまったことが問題であった。

 最終報告書からこの点を抜粋してみよう。「組織には社会の要請に対する鋭敏性が求められる。そのためには、組織を取り巻く状況を全体的に把握し対極的な方針を決定するトップの鋭敏性と、社会と直接触れ合う現場の従業員・職員が、社会の変化を敏感に感じ取って組織の方針決定に結びつくボトムの鋭敏製の二つが調和することが必要である。最近のような環境変化が急激な社会においては、鋭敏性が一層強く求められる。ところが、大きなブランドを持つ不二家では、創業家による同族経営が、経営者への過度の精神的な依存を生じさせ、ボトムの鋭敏性が発揮されず、組織全体が環境変化に適応していくことができなかった」

 こうした経営体制の問題は、危機管理対応の誤りにもつながった。昨年秋、外部コンサルタントが指摘した期限切れ原料の使用などの事実が明らかになった時点で、経営陣は把握していたわけであるからその原因について徹底的に調査し、その結果が明らかになった時点で公表すべきかどうか検討すべきであっただろう。もちろん対応策についても講じて、マニュアルや原料の見直しなど、抜本的な解決を行うべきであった。ところがこの時点で経営陣が行ったのは、「コンプライアンス遵守を指示」しただけであり、具体的な対応策をとっていなかった。

 さらに記者会見においても経営体制の綻びは随所にみられ、危機管理体制が欠如したまま十分な説明も行わなかったことから、マスコミ側のフラストレーションを増大させることになってしまった。

 報告書ではこれらの問題を踏まえて最後に提言を行った。まず「経営体制、事業体制の抜本的な改革」として、「社会の環境変化を鋭敏に感じ取り、それを事業場の意思決定に反映させていく経営体制を構築していくこと」を挙げた。この点について、不二家はこの2カ月間、「外部から不二家を変える」改革委員会によって経営レベルから業務レベルまで多様な問題を摘出し、その解決策を探る中で経営体制の刷新と社内情報の円滑化を図っている。

 次に「形骸化した規則・マニュアル主義からの脱却」という点で、この点も現場におけるマニュアルをすべて見直し、分かりやすく実践的にものに生まれ変わっており、行動規範も新しいものに作り上げるべく、取り組んでいるという。次に「製品に関する情報開示ルールの確立」という点だが、新たに設置した品質保証部で情報を把握するシステムとなり、問題発生時の対応についても広報体制を強化した。

 さらに提言では、今回のメディアバッシングの中でも特に悪質であったTBS報道に対する厳正な対処と言う点についても言及しており、この点については4月18日に謝罪が行われ、不二家ではこの内容を受け入れている。

 最後に、不二家問題が残した教訓について。現在の消費者のニーズは、客観的に「安全」だけにとどまらず、信頼が確保されているという「安心」への流れが顕著になる風潮が強まっているが、不二家は製造プロセスの適正さを客観的に検証し記録化するという社会の要請に応えることができなかった。さらに改革を行おうとしたものの、コンサルタント会社の選択を誤り、そこから発生した問題についても対処できなかった。こうしたことが重なり合って起きたのが今回の不二家問題であり、その大部分は経営体制に問題がある。

 ところで、このような過ちは自社では起こりえないと、果たしてどのくらいの企業が言い切れるだろうか。現在、日本の大手企業においてもさまざまな不祥事が頻発しているが、そこには熟練した技術者の退職によって技術の空洞化が進み、法令・規則と現場の実態との乖離、マニュアル形骸化が進んでいるとする指摘も多い。そういう意味で、今回の不二家問題は貴重な失敗事例として学ばない手はないのである。自社の経営体制や管理体制、危機管理体制などを見直し、マニュアルなどの不適合がないか、見つめ直す機会として捉えてもらいたい。二度と「第三の雪印」といったメディアバッシングを引き起こさないためにも。(消費生活コンサルタント 森田満樹)