科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

新型インフルエンザ流行の最中に迎えた、4月25日の世界マラリア・デー

斎藤 勲

キーワード:

 豚インフルエンザが新型インフルエンザと改名し、日々情勢が変化していく中、米国疾病対策センター(CDC)のホームページを開くことが多い。最近のトップには常に豚インフルエンザがきているが、4月末は4月25日世界マラリヤ・デーの記事がトップだった。今回は、マラリアによる死亡半減を目指した対策に一役買っている、住友化学が開発した蚊帳「オリセット」について触れてみる。

 アフリカなどマラリア多発地帯ではどのようにマラリアを防御しているのだろうか。
 2006年には2億5千件ものマラリア感染が発生し、なんと100万人近い死者が日常的に発生している。しかも、そのうち85%は5歳未満の子供だ。 総合的な防御方法として、マラリアの迅速診断、抗マラリア薬アルテミシニンをベースとした併用療法(ACT)による治療などのほか、農薬処理した蚊帳の使用、室内や壁へDDTなどの適切量散布、昆虫成長制御剤を使ったボウフラ対策などがマラリア減少に深く寄与している。 
 4月23日の「畝山智香子さんの食品安全情報ブログによれば、ザンビアで上に述べたような施策を実施した結果、マラリヤによる死亡が66%減少したと言う。死亡だけでなく子供の重症の貧血症も68%の減少である。中でも、06年から08年にかけて、効果が持続するように殺虫剤処理した蚊帳を360万張配布したのが大きかった。日本のODAもアフリカ諸国へいろいろな無償資金協力を行っているが、モザンビーク共和国にはマラリア対策計画として2006年度では4億4900万円を拠出している。モザンビーク共和国は、2009年度までに妊産婦及び5歳未満児に対する蚊帳の普及率を95%とする予定で、日本はその計画の一環として1000万帳の蚊帳を供与する。 
 この殺虫剤を練りこんだ蚊帳「オリセット」は、単なる蚊帳に殺虫剤がスプレーしてあるようなイメージがするが、住友化学の伊藤高明さんたちが長年研究開発されたなかなかの優れモノなのだ。ポリエチレン樹脂を原料に、蚊帳の通気性と殺虫力を追求し、実際に使ってもらえること念頭において設計している。洗っても中から殺虫剤が浸み出してきて、最低5年間は効果が持続すると言う。使われている殺虫剤はペルメトリン。日本では85年に茶、果樹、野菜などへの適用が登録されているピレスロイド系殺虫剤である。虫が接触したり食べたりすると強い殺虫力を示し、ノックダウン効果がみられる。残留分析結果ではオウトウ(チェリー含む)、茶、梅、セロリ、枝豆などに微量だが残留実績がある。 以前から、人による有機リン系殺虫剤の散布と、噴霧器ULVによるペルメトリンの噴霧を合わせて行うのが一般的であったほど、ペルメトリンは衛生害虫防疫用資材として室内でのゴキブリ駆除などに良く使用されてきた、実績のある薬剤なのだ。

 殺虫剤をしみこませた蚊帳、オリセットを世界中に配布し、マラリア撲滅は難しいとしても、日常生活において大きな支障にならない程度にまでマラリアの発生数や死者数が半減すればと思う。新型インフルエンザで1人が亡くなったという報道にも過敏に反応する感性を私たちが持っているならば、その何万分の1でいいので、マラリアで亡くなる子供にも関心を向けることが出来たらと思う。

 ただし一方で、このオリセット配布活動に批判的な人達も存在する。
 NPO法人サパの人達は、普通の蚊帳を配布することでマラリア対策を行うよう政府に要望している。理由は、ペルメトリンに対する耐性を持った蚊が発生する、無理に蚊帳を突破しようとする蚊に殺虫剤が触れるよう穴を4mmと普通の蚊帳の倍の大きさにしてあるので耐性を持った蚊が侵入して刺す、子供の脳の発達に悪影響の疑いがある、魚類などに毒性があり生態系への影響が懸念されるなどといったことだ。さらに、マラリアは普通の蚊帳で十分予防できるが、農村の貧困層には知識不足や経済的負担が原因で、十分蚊帳がいきわたっていなかったのが問題だったと主張し、普通蚊帳と殺虫剤を織り込んだ蚊帳とで効果の比較検証を要望している。 
 たしかに、ピレスロイド剤はゴキブリ駆除などで日常的に使用していると耐性を持ったゴキブリが発生するという事実はある。寝ているときに子供が蚊帳をしゃぶったり、体を接触させて寝ているために暴露され、それが子供の脳の発達に影響があるのではないか、などといったそれぞれの指摘にもそれなりの意味づけがあるのは理解できる。しかし、オリセットだけでマラリア対策を行うわけではなく、いろいろなツールを組み合わせて総合防除管理的にマラリアに向かおうとしている。当然のことだが、売りっぱなしではなく、オリセットが使われる現場での効果の検証は絶えずやっていく必要あるだろうし、どの程度の暴露が使用中にあるのかといった、暴露評価は尿中代謝物測定によっても可能だろう。

 農薬については健康影響においていろいろと物議をかもしだすことも多いが、もっと微量の存在量でもきちんと代謝物などで暴露評価を行い、科学的なデータをベースに論議しないと最後は価値観の違いでお互いに物別れといった事例が多すぎる。 私たちは過去にDDTという特効薬を開発し、その恩恵を享受した反面、あまりにも無防備な使用方法のために環境汚染、生物濃縮による健康影響の懸念というしっぺ返しを被った。そうした経験を踏まえ、限定的かつ管理された上でDDT使用もマラリア対策の1つとして行われている。問題があったらすぐに禁止し、次のまだ副作用が分かっていない薬に変えていくという愚挙はそろそろやめにして、過去の苦い経験を生かし、殺虫剤の賢い使い方をいろいろな場面で考えていく必要があるように感じる。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)