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斎藤くんの残留農薬分析

農薬は水で洗って落ちるのか?

斎藤 勲

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 日経BP社の健康雑誌「日経ヘルス」4月号に「春こそ解毒!」という、恐ろしいというか魅惑的なキャッチコピーの特集が載っている。ふと手に取らせるささやくような言葉や、おっと思わせるキャッチコピーを見ると、いつも「勉強せねば」と思う。その中の記事として「野菜・果物を安全に食べたい!」 「下ごしらえで残留農薬カット!5つのコツ」が掲載されている。元東京都消費者センターの増尾清さん、女子栄養大学の桑原祥治教授、それと私がコメントを寄せている。時間のある方は、「春こそ解毒」の気分で一読を。

 「野菜・果物を安全に食べたい!」の中身は次の通り。農薬はどんどん蓄積するものではなく、大部分は分解消失していく。残留農薬の問題は名前だけでなく、その残留量を見て適切に判断してほしい。最近は生産者も安全な農薬の使い方を心掛けている。作物の上からまかれるので一般的に比較すれば、農薬は葉物、上物の方が根菜類よりも多い。皮をむくもの、外葉をとるものは大丈夫。ゆでる、こすり洗いをするなど下ごしらえで残留農薬はかなり落ちる、などなど。まあ妥当なことが書いてある。

 次の「下ごしらえで残留農薬カット!5つのコツ」では、(1)流水にさらす(2)こすり洗いをする(3)下ゆでする(4)外側の葉を取る(5)酢や塩水に漬ける——といった5つの残留農薬を減らすコツを紹介している。(1)の解説でイチゴを例に挙げているが、イチゴは(2)のごしごしこすり洗いをするわけにもいかないので、水で洗ってもほこりなどが取れるだけなのがオチであろうか。農薬の性質にもよるが、通常の微量に残留したレベルでは水洗いだけではなかなか落ちないだろう。そういう面ではイチゴこそ特別栽培、減農薬など栽培努力が報われる作物である。美味しいのが大前提だが。

 (2)の「こすり洗い」は、作物の形により容易なものとそうでないものがあり、果菜類には有効な場合もある。トマトの湯むきは効果的だろう。(3)の「下ゆで」は、散布された時期にもよるだろうが、残留レベルでは、殺菌剤は比較的取れた(分解?)が、殺虫剤は水に溶けないせいもあり、あまり取れなかったというデータが載っている。(4)の「外葉を取る」は、作物の外側から散布されたものだから当然外葉の残留割合が高いので、それを取るだけでかなり減少したことになる。皮むきで大部分除去できるのは容易に理解できること。(5)の「酢や塩水に漬ける」は、農薬の水に溶け易さも影響するだろう。

 基本的には、最近の農薬残留状況を見ていると、1日摂取許容量ADIの80%の値に届かない範囲で割りふって決められたそれぞれの作物の基準値と比べても、基準の10%に満たない低い残留値のものが多い。その程度の残留レベルである。顔の見えるような関係で食べていれば、それほど心配しないでも良いのが現状だろう。

 さて、本題の「農薬は水で洗って落ちるのか?」だが、いろいろな条件をつけて論じなければあまり意味がない題材である。落ちるとも言えるし、落ちないとも言える、ハムレットのような答えになってしまう。考えるポイントは3つある。次に紹介しよう。

 (a)実験を行う場合、農薬が作物に残留していなければ話にならないので、農薬が残留した検体の入手が一番の問題である。アセトン等溶剤に農薬を溶かして均一に散布し、溶剤が揮散した後、調理による現象を見る実験が多い。均一なサンプルを作成するには良いのだが、これでは農薬が作物の表面上に乗っているような状態である。普通は農薬に展着剤など界面活性剤を加えて作物の表面にうまく付着するように散布されている。そして、自然条件の中で揮散したり、分解したりしてクチクラ層などに残ったものだけが残留実態である。当然のことだが、溶剤に溶かして散布した農薬の場合上に乗っているような感じなので、当然調理の過程で減少は大きくなるだろう。

 (b)通常の残留レベルでの調理過程での減少はなかなか大変であるが、モデル実験で高濃度に散布したような場合、結構落ちるといった結果が得られる場合がある。2008年2月7日の私のコラム「冷凍ギョーザとメタミドホス、ジクロルボス」の中に、香港でのメタミドホスの中毒事例を紹介したが、100ppmを超えるような状態になると、0.1%洗剤で洗うと半分になるとか、水に1時間浸けておくと半分になるとか、油で揚げると7割、茹でると9割落ちるなどという報告事例もある。ただし、これは100ppmを超えるような異常な状態での実験であることを念頭に置いておく必要がある。

 (c)「農薬」という総称にはいろいろな性質の化学物質が含まれている。要はその化合物が水溶性なのか、油溶性なのか、作物との吸着の度合いなどいろいろな因子の集合として落ちる落ちないという結果が出てくる。

 そういった面では、市販品を買ってきて残留実態を確認したら、出来るだけ調理加工処理したものとそうでないものの値が、始める前はバラつかないような条件で実験を組めば、実態に即した調理過程での減少試験が出来る。そういったデータを皆がこつこつとためて、統一データベースとして利用すれば、消費者の残留農薬問題・実情への理解がもっと進むだろう。何気ない日常生活の中で、生活に役立つ知恵を与えてくれる情報こそが今求められているだろう。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)