斎藤くんの残留農薬分析
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
ミニマムアクセスで輸入されたコメから、カビ、カビ毒のアフラトキシン(10ppb、50ppb)、残留農薬(メタミドホス0.05ppm、アセタミプリド0.03ppm)が検出されたため、糊など工業用原料に回るはずの事故米が不正に転売され、食用米や酒造メーカーに売られ焼酎などになったという。当然のことながら事故米には中国米も含まれており、最近発生した青森県果工が中国産濃縮還元リンゴ果汁を国産として販売していた事例や、魚秀やサンライズ社のように中国産ウナギ蒲焼を国産と偽って販売した事例など、「やっぱり中国は!」という印象をもたれる方も多い。しかし、冷静に考えれば悪いのは日本の悪徳業者であって中国原料が悪いわけではないことはすぐ分かる。
確かに冷凍ギョーザ事件は原因はまだ不明で、明らかに中国でのトラブルであるが、それ以外の部分では、ほとんどが国内での悪徳業者が起こした不祥事。「食の安全安心」を脅かしているのは日本人そのものなので、中国製品ではないはずだ。日本の商道徳はどうなってしまったのか。ばれなければいいと思ってやっていたのか。それをやらないと食べていけないような厳しい経済環境になってきたということなのか。
唯一救いなのは、多くの事例が内部通報や関係業者からの連絡で見つかっていることだ。悪いことをすると、きっと見つかるよという社会的な規制になっている点だけである。やったら絶対損をするような不正競争防止法以外にも、当事者に対する厳しい法的な罰則が必要だろう。
素人的に見れば、そもそも農林水産省は食用にならない事故米をどうして米屋に売るのだろうか。通常のコメを扱っている中で、見た目が明らかに変わるわけでもない事故米を区別して扱えというのは相当無理がある。お腹の空いた犬にえさを与えて食べてはいけないと言っているようなものである。食用色素で色でもつけておいていただきたい。
今回問題となったのは、三笠フーズに売却された約2500tの事故米だ。非食用になった内訳は、カビ、水漏れ、残留農薬(中国産もち精米からメタミドホス0.05ppm、ベトナム産うるち精米からアセタミプリド0.03ppm:共に基準がないので一律基準の0.01ppmを超過違反)、カビ毒のアフラトキシンは米国、中国産うるち精米から0.01ppm、0.05ppm、ベトナム産うるち精米から0.02ppm検出となっている。
ほとんどの報道がこうなっているが、数値の取り扱いが少々違うのではないかと思っている。残留農薬が0.05ppmというのは理解できる。しかし、カビが産生する毒物アフラトキシンB1が0.05ppmというのは理解できない。これは正式(?)には50ppbとすべきものではないだろうか。リスク評価から言って当然そう表記されるべきものである。
世の中にはいろいろな毒物があり規制されているが、天然物質の中で最も強い発がん性を有するといわれているアフラトキシンB1は、ヒトに対して疫学調査などでも食事からの摂取量と肝がんの発生に相関が見られる数少ない化学物質である。このため、食品衛生法の第6条2項の有毒・有害物質を含む食品の販売禁止に当てはまる物質であるが、そこには残留農薬のように基準が示されてはいない。
試験法が規定濃度の標準溶液と比較して濃ければ陽性となっており、その標準溶液の濃度が食品あたり10μg/kg(ppb)となっているので、その数値が基準値として使用されている。だから、検疫所の違反事例を見ていただければ分かるが、11ppbで違反・廃棄である。10ppbと11ppbはどれほど違うかといわれると分析者としては相当な覚悟の要る判断である。ものによっては船1隻アウトという場合も起こりうる。
現在の検査法は液体クロマトグラフィー(HPLC)、液体クロマトグラフィー/質量分析計(LC/MS/MS)などでの分析が主流であるが、1971年規制が出来た当時は、薄層クロマトグラフィー(TLC)が基本であった。私事だが、衛生研究所で最初に担当していたのがこのアフラトキシンの検査であった。ピーナッツなどから抽出・精製を行って濃縮後、少量を丁寧にTLC板に塗布し、溶媒で展開すると、アフラトキシンやほかの化合物が分離しながらTLC上をあがっていく。それを乾燥した後、暗がりで紫外線を当てるとアフラトキシンは青いスポットで蛍光を発するのである。きれいな色である。
そこで終われば話はハッピーだが、検査は結果を判断する必要がある。ものによっては、アフラトシキン以外の蛍光物質もあり、どれがどれか分からないものや、それらしきスポットがあり、標準溶液の10ppbと比較すると、蛍光の強さが同じようなものもある。この判断で陽性とすると、そのサンプルの背後にある大きなロットが廃棄となる。検査員としてはビビるところである。
誘導体化などの確認操作をして基準より小さければ合格となる。なかなか神経を使った記憶がある。今は機器分析で値が数値化されているので、数値として11ppbという値で違反とすることも可能である。但し、カビが発生するのは一部だから、サンプルのばらつきが大きいので他の検査項目よりも検査のサンプリングの仕方に注意を払う必要がある。この意味からも、アフラトキシンだけは、0.05ppmではなく、50ppbときちんと表記してもらいたい。
今回の事件で、焼酎を自主回収して廃棄するメーカーもあるが、アフラトキシンについて言えば、残念ながら熱には強くてあまり壊れないが、残っていたとしてもアフラトキシンの性状として、アルコール発酵した米麹と芋から蒸留してエタノール分を分離する工程でアフラトキシンは飛ばない。残さの酒粕のほうに多分残っているので、焼酎を飲む人は大丈夫だろう。
この発がん性のあるアフラトキシンB1などを産生するコウジカビ(日本の醸造でも有用なもの)の一種は日本国内でも生息しているが、沖縄など一部を除いて産生能がないものが多いといわれている。地球温暖化で少しずつその生息域も変わってくるのではないだろうか。先にも述べたが、カビの汚染は均一ではなく局部的な場合が多いので、大きなロットになると対象を代表するサンプリングは大変だが、当面は輸入検疫がきちんとされていれば良いと思う。いろいろな有害物質の中でも以前から良く管理された物質ではないだろうか。しかし、今回のように違反食品が国内で不当転売されていては元も子もない。
農水省は抜き打ち検査をするといっているが、行ったときにうまく操業しているかも不明だし、二重帳簿を前から作って整理してあれば見抜くのは至難の業だし、「責任者が今不在です」と言われれば、それまでである。現状での有効策は内部通報とそれをきちんと受け止める部門と、商品の流れをフードチェーン全体で調査できる権限を持った緻密な捜査しかないだろう。まどろっこしいと消費者の皆さんのお怒りは十分理解できるが。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)