科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

斎藤くんの残留農薬分析

とばっちりのシジミに基準値設定!

斎藤 勲

キーワード:

 2007年8月、食品や添加物などの規格基準の一部が改正され、除草剤クミルロンに魚介類への残留基準0.4ppmが追加された。鳥取県の東郷湖でシジミから検出され、操業が中止されていた農薬である。晴れて漁が再開でき、関係者はほっと一息だろう。この基準設定はとても重いものを持っている。非意図的な行為による農薬残留に対して、基準値を設定したのだ。いわばとばっちりを受けたシジミを、関係者の努力や要請により救ったのだ。ということは……ドリフトもそうではないか!非意図的な行為のドリフトにも一律基準から救われる道が開けるかも。

 07年8月21日付けで、厚生労働省医薬食品局食品安全部長から「食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件について」として、除草剤クミルロンの魚介類への残留基準0.4ppmが公布日から適用された。水田で使用される除草剤なのでコメの基準0.1ppmはそのままで、ほかの現行基準0.02ppm(機器分析の検出感度を考慮しての配慮)は分析法の改善により削除され、08年2月21日からは一律基準0.01ppmの適用となる。

 昨年から、島根県宍道湖産シジミから除草剤ベンチオカーブ(チオベンカルブ、サターン)、鳥取県東郷池から除草剤クミルロン(ガミーラ)を始め、島根県神西湖、茨城県涸沼などシジミに基準値が設定されていない、いわゆる一律基準が適用されるケースが頻発し、操業を中止するところが相次いだ(関連記事)。最初に問題となったベンチオカーブは多くの製剤で使用が中止され、登録失効となっている。しかし、鳥取県東郷湖では6カ月以上の操業停止となり、ほかの仕事につく人も出ており、各地で漁業に深刻な影響を与えている。

 この状況を踏まえ、07年5月22日の第166回国会農林水産委員会では、地元鳥取出身の常田(前)代議士(今回のコラムと関係ないが薬剤師さん)が、言葉きつく厚労省を対応が遅いと責めている。これに対して厚労省は「農薬の止水管理の措置の適正化」を前提に、残留基準設定評価方法の策定、それに基づく基準設定を鋭意可能な限り迅速に対応する旨の答弁をしている。6月21日には国会議員からなる「シジミ振興対策議員連盟」が発足した。

 6月1日に農林水産省から魚介類に別途基準を設定の依頼があり、食品安全委員会の農薬専門調査会で食品健康影響評価(一日摂取許容量(ADI)は0.01mg/kg体重/日)を行い、厚労省も薬事・食品衛生審議会で基準値設定について議論。7月4日から8月2日までクミルロンに関する意見の募集を行って、魚介類の基準値案0.4ppmが先の8月21日の告示となった。

 魚介類の基準値設定に際しては、07年度厚生労働科学研究費補助金:食の安心・安全確保推進研究事業「食品中に残留する農薬等におけるリスク管理手法の精密化に関する研究:分担研究 魚介類の残留基準の設定法」をベースに、基準値設定がなされている。

 ポジティブリスト制度での新たな基準値の設定に当たり、直接農薬が使用されることがない畜水産物のうち、飼料由来で農薬の残留の可能性がある畜産物を除く魚介類に対しては、一部の農薬を除いて新たな残留基準は設定されていない。いわゆる見切り発車をせざるを得なかった。基準値の設定されていない魚介類に農薬残留が見つかった場合は一律基準0.01ppmが適用され、昨年来のシジミの農薬残留の問題は各地で操業中止など深刻な問題を引き起こしていることを踏まえたものである。

 この中で、「一義的には、農家等の農薬の使用現場において止水の管理が等が適切に行われることが重要であり、不適切な農薬の使用管理による河川等への流出を前提に魚介類の残留基準値を設定することは適切でない」と基本姿勢を述べている。次に、長いけれども重要な部分なので引用する。「しかしながら、止水管理などの適切な管理がなされていても、ドリフト(水路等への直接飛散)、降雨、畦畔浸漬等により一定程度の農薬が水系へ流出することがあることから、このような状況で環境由来で非意図的に農薬が魚介類に残留する可能性も否定できない」。こういった場合の残留基準値設定のあり方を検討した貴重な報告である。

 これらを踏まえ、魚介類への推定残留量は0.3515ppmと試算され、基準値0.4ppmが設定された。クミルロンに基準値があるのはコメと魚介類だけであるから、1日当たりに摂取する農薬の量(基準値×国民栄養調査に基づく摂取量)はADI0.01mg/kg体重/dayと比べて、国民平均でADIの10.5%(幼少児で17%、妊婦で9.3%、高齢者で10.4%)と安全性は担保された基準値と判断されている。

 基準がなく一律基準が設定されている農薬に科学的根拠を持って計算すると、こういった数値が出てくる事例である。とはいえ、一部の消費者の方たちは「汚染源対策もしないまま、現行の40倍の基準値を設定」と、基準設定の方法が仮定やいろいろな条件での実態調査に基づいていないと批判している。

 従来から、除草剤など水田で使用された農薬が河川などに入り、低濃度ではあるが夏場など使用時期と関連して検出される報告がある。いろいろな気候条件などもあって完璧とはいかないであろうが、止水対策などはされた結果であろう。シジミなどに農薬が残留する程度を評価する上で、すべてに科学的な方法論を持ち込むだけでよいかは疑問が残るところである。今回のクミルロンの0.4ppmと一律基準の40倍となってしまう対応を見ると、消費者としてはそもそもの数値の妥当性に疑問を持ってしまう。

 個人的に思うのは、各地での農薬管理がそれなりには適切であったと仮定して、昨年からのシジミの残留実態を集めて残留値の分布図を作り、グループから外れた高い値は異常値として処理し、全体の中で75%値か80%値(濃度が低いほうから数えて75%、80%になる値、これが適切かどうかは評価が必要)を暫定的数値(基準値よりも当然低くなる)として採用し、運用するのがよい。おそらく0.05ppm位が出てくるのではないかと思われるが、消費者にはこの方が分かりやすいと思う。複雑な条件で残留が問題となった時、いちいち科学的な対応をとるのも難しいし、あまりにも無駄が多い。以前に帽子などの繊維製品に防虫剤ディルドリンの基準値が設定された経緯は、実態調査の分布状況からであったように記憶している(食べ物と帽子は違う!ことは重々承知している)。

 長くなってしまったが、今回のクミルロン基準設定の中で、一律基準しかない農薬への1つの対応策が示されたことは大きい。

 実際の農作業の現場でも丁寧に散布作業はされているが、それでも非意図的なドリフトなどは発生するであろう。農薬取締法上は対象とならなくても、出来た作物や食品は食品衛生法上の対象となってしまう。この取り扱いも06年5月18日付けのこのコラム「つくづく眺めてしまう1.5μg/dayなる数字」で触れたが、せっかくのこの1.5μg/ dayという数値と1日の農産物摂取量(コメで0.01ppmなら1.85μg、コムギで1.16μgの摂取となる。ほかは摂取量が2分の1、3分の1、5分の1以下)を有効に使えば、0.05ppm程度までの残留は許容されるのではないだろうか。こんな時こそ生産農家が適正に農薬を使用し、きちんと記帳している今の仕組みを有効に使って、ドリフト由来が証明されるならば食品衛生法第11条3項(一律基準違反)等と言っていなくて、今後のための注意喚起で充分である。そんなご利益でもなければ誰が一生懸命記帳するだろうか。

 恒常的な残留でなければ、毒性評価が十分でない未知の化学物質がこの数字で扱われるのだから、安全性試験などをクリアした農薬が許容されても、消費者には十分理解してもらえるのではないだろうか。多くのドリフトと思われる農薬の残留は、不思議と0.01ppmから0.05ppmの間に入るのである。(東海コープ事業連合商品安全検査センター長 斎藤勲)