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食品衛生レビュー

千の一の手違いで老舗ののれんに大きな傷—-土用のウナギ弁当で食中毒

笈川 和男

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 我が国では昔から、暑い時期を乗り切るため、土用の丑の日にウナギを食べる習慣があります。土用の丑の日には、ウナギ専門店では長蛇の列ができ、鮮魚店からは美味しい匂いが漂い、スーパー、百貨店ではウナギ売り場の販売員の声が一段と大きくなります。その7月19日、大阪で百年以上も続く老舗のウナギ専門店で焼かれ、百貨店2店で販売されたウナギ弁当で食中毒が発生しました。

 病因物質は黄色ブドウ球菌でした。一般に弁当による黄色ブドウ球菌食中毒は多いのですが、ウナギに関係する食中毒はほとんどがサルモネラによるもので、発生原因は焼いた後(白焼き後、タレを付けて焼いた後)に、下処理の調理台からの水ハネなどによる二次汚染です。多くの生のウナギは、サルモネラに汚染されているのです。

 ところが、今回のウナギ弁当の原因はサルモネラではなく、黄色ブドウ球菌でした。大阪市の発表や新聞報道によると、今回の食中毒の概要は次の通りです。

(1)土用の丑の日に、大阪市内の老舗百貨店2店で販売されたウナギ弁当で食中毒が発生。
(2)明治初期から続く老舗のウナギ専門店で、蒲焼きに焼き上げ、百貨店の厨房でカットして、ご飯に盛り付けて販売。
(3)ウナギ専門店の本店で、当日(19日)朝2時頃から職人4人で調理。
(4)百貨店2店での販売数は合計で1049食分。
(5)ウナギ弁当を食べた人が、吐き気、嘔吐、下痢などの食中毒症状を呈した。
(6)発症者の便から黄色ブドウ球菌が検出された。
(7)販売日から5日目の24日午後現在、発症者は13人(大阪市保健所の報道発表資料)だが、もっと増えているものと考えられる。なお、新聞報道では22人(A百貨店12人、B百貨店10人)となっている。
(8)ウナギ専門店で販売したウナギ蒲焼きによる食中毒の発生はない。

 ウナギ専門店は「土用の丑の日にはウナギ」と期待しているお客に応えなければいけない、そして老舗として冷凍品は使えないという責任(義務)感で、早朝2時から午前10時頃までに1000匹余りの下処理及び調理を行ったものと思います。これは毎年のことであり、無理な調理ではないと思います。そして、調製数に対する発症者数が少ないので(黄色ブドウ球菌の潜伏時間は最大でも6時間ですので、13人あるいは22人というは食中毒を発症したほとんどの数だと推測できます)、汚染された割合は大変少ないと思われます。

 病因物質の黄色ブドウ球菌は化膿菌であり、手荒れや化膿していた手指による汚染が考えられます。今回の事例は発症者が少ないので、千の一の手違いで発生したものと思います。どこかに、「これくらいだったら大丈夫だろう」という気の緩み(手違い)があったのではないでしょうか。例えば、手に傷を持ったアルバイトがいて、たまたま調理人がほかの作業をしていたので、1回だけウナギの串を返しただけとか。

 私が保健所に勤務していた頃、食中毒予防講習会において、発症者への治療費、見舞金、数日間の営業禁停止期間の減収などは、食中毒発生に伴う損害額全体から大した金額ではないと話しました。その後の、公表〔被害者の洗いだし(救済)、まだ食べていない人への注意、他営業者への注意喚起のために必要〕、噂の広がりによる信用の低下(のれんの傷)による損害は、1カ月や2カ月では収まらず、1年以上続く時もあり、この損害額の方が数倍多いと説明し、食中毒の注意喚起をしたものです。旅館の場合は、旅行斡旋業者からの契約が切られ、時には施設を閉めなければならないこともあるとも話しました。

 食中毒保険もありますが、この保険はたいてい、被害者への補償、営業施設の休業補償で、将来の売り上げ減への補償はないようです。また、今回はウナギ専門店が使っていた百貨店の共同厨房に対して、2日間(金曜日、土曜日)の営業停止処分がされていますので、そこを使用していたほかの弁当店や惣菜店も使えないことになります。その補償金額も相当なものになると察しますが、このような保険もないと思います。

 なお、公表の基準ですが、各自治体で異なるため一定ではありません。自家製おにぎりが原因で、家族が発症した場合など、個人の調理が原因で特定の人が発症した場合には公表しないとことが多いのに対し、死亡者が発生した場合、キノコやフグなど自然毒が原因の場合には、注意喚起のために公表しています。

 4月17日の記事「忘れかけていた食中毒—-たかが黄色ブドウ球菌、されど影響多し」に紹介しました同じ黄色ブドウ球菌による食中毒事例は、サッカーに例えればアウェーのオープン戦で負けた試合と考えられます。しかし、今回の食中毒はホームでの公式戦、それも満員での試合でオンゴールして負けた試合と考えられます。千の一の手違いという気の緩みにより、今まで応援していた人に顔を向けられない試合となりました。

 今回の食中毒は、ウナギ専門店が百年以上培っていたのれん(信頼)への傷は大変大きいものと思われます。のれん(信頼)を培う(守る)のは大変ですが、傷をつけるのは一瞬の手違い(気の緩みなど)で起きますので、日常の衛生管理は重要です。(食品衛生コンサルタント 笈川和男)