GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
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2009年4月29日付のオンライン版Natureには、モデル植物にトウモロコシとタバコを使った米国からの2論文が、競うように並んだ。これらを紹介した一般(科学)紙は、「GMOに対する懸念を最小化しつつ、食物、燃料と繊維を持続可能的に生産するために植物を改変する可能性を持つ新しいアプローチ!」と持ち上げた。一方、09年4月27日付PNAS(米国科学アカデミー紀要)には、初の複合ビタミン強化GMスイートコーン(食用)の開発がヨーロッパから発表され、こちらも一般紙を賑わした。
Nature誌の2論文に共通するキーワードはZinc Finger Nuclease :ZFN(亜鉛フィンガーヌクレアーゼ)だ。ZFNとは、DNA結合モチーフの一種である核酸分解酵素である。02年に米国ユタ大学の研究者が、特定のDNA配列を認識して、それに結合するタンパク質ドメインのZF(亜鉛フィンガー)を利用し、ゲノム領域の前後のスポットでDNAを正確に切断する酵素にZFを結びつけたZFNを用いた実験を開始する。分類上はジーンターゲッティング技術の一種であり、遺伝子治療分野でも非常に注目された試みだ。
ZFNは遺伝子組み換えを必要としているゲノム領域にピンポイントで目標を定めることを可能にし、その領域においてゲノムに導入される新しいDNAを供給できる。つまり、導入遺伝子がどこに入るかは運次第で分からない(もちろん選抜はされるのだが)、周辺遺伝子に悪影響があるのでは、といったGM技術への懸念を軽減できるかもしれないのだ。
はじめは、ショウジョウバエやほ乳類などの細胞でZFは有効に働くことが確認された。05年になって特定のDNAをターゲットにするZFが米国Sangamo BioSciences社 によって考案され、植物体へも応用の道が開かれる。カスタマイズされたZFの提供元は、現在のところZFNの商標権を持つ同社の独占となっている。
Natureに発表された1本目の論文を共同執筆したのは、このSangamo BioSciences社と米国Dow Agrosciences社の研究者グループだ。両社は05年から開発協力協定を結び、08年にはDowがZF技術の販売ライセンスをSangamoから得ている
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/abs/nature07992.html
TITLE: Precise genome modification in the crop species Zea mays using zinc-finger nucleases
SOURCE: Nature
DATE: Apr. 29, 2009
環境対策上、ブタやニワトリなどの非反芻動物である家畜の排泄物からリン(フィチン酸)を低減させることが求められている。しかし、家畜飼料として大量に消費されるトウモロコシにはIPK1という遺伝子が存在しており、リンを難消化性に導く酵素をコードしている。チームは、このIPK1 遺伝子をターゲットにとするZFを使って、除草剤耐性を持たせると同時にIPK1 遺伝子を破壊するバクテリア由来のDNAも付加した。
この一石二鳥を狙った試みは有効に働き、バクテリア由来の遺伝子は3%から100%の間の割合で IPK1 遺伝子を常に破壊し、同時に植物体に除草剤耐性を与え、これらの形質は後代種にも受け継がれた、とチームは報告している。
次に、Natureの2本目の論文は、米国ミネソタ大学とマサチューセッツ総合病院の研究者たちのグループの手になる。植物体に対するZFN利用に着目した彼らも、05年にこのアプローチを成功させ、ZFコンソーシアム を共同創設した。このコンソーシアムは、OPEN :Oligomerized Pool Engineering of ZFNと名付けられたプラットフォームを一般公開して、技術のオープンリソース化を目指しているようだ。
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/abs/nature07845.htmlTITLE: High-frequency modification of plant genes using engineered zinc-finger nucleases
SOURCE: Nature
DATE: Apr. 29, 2009
グループは、特定の除草剤に対する感受性をコントロールするタバコ植物の遺伝子に向かって酵素が進むよう設計し、除草剤耐性を高める遺伝子を付加した結果、ZFNにより細胞内に除草剤耐性を発現させることに成功した。「これは依然として GMOなのですが、組み換えはわずかです。我々は外来のDNAを加えずに、植物体自体のDNA配列にわずかな変更を与えただけなのですから」と研究者は言う。
処理された植物体のうち約2%が除草剤に耐性を持ち、遺伝子組み換えが起きていたことが認められた。このパーセンテージは、通常の遺伝子組み換え技術を使った場合の標準より高く、従来の突然変異技法よりもずっと効率的だ。研究者たちは、次のステップとしてシロイヌナズナとイネへの応用を考えているという。
上記2論文で例証されたZFNのすごいところは、特定のDNA配列をターゲットにして、遺伝子を付加する、抹消する、または変更することができ、かつ高い汎用性を持つかもしれない唯一の技術であるという点だ。他の農作物を対象とした試験で成功が積み重ねられれば、育種改良の主役に躍り出る可能性もあるだろう。
さて、PNASに発表された論文に移る。スペインとドイツの大学研究者チームが行った開発は、単一の植物体に複合的にビタミンを増やす可能性を示した最初の例となった。
http://www.pnas.org/content/early/2009/04/27/0901412106.abstract?sid=d8b0fbc2-5466-4e47-b9ba-35f2d54c8e25
TITLE: Transgenic multivitamin corn through biofortification of endosperm with three vitamins representing three distinct metabolic pathways
SOURCE: PNAS(the Proceedings of the National Academy of Sciences)
DATE: Apr. 27, 2009
使われた植物体は、途上国で主食となっているホワイトコーン(南アフリカで普通に栽培される品種M37W)だ。チームは、特にサハラ以南の途上国の食生活に不足している3つのキー栄養素(ビタミンAとCおよび葉酸)が強化されたトウモロコシ開発を目指した。なお、この資金はすべて公共機関から提供されている。
コメと大腸菌を含む他の生体の5つの遺伝子が、金の微粒子に付けられて、未成熟のトウモロコシ胚に撃ち込まれた(パーティクルガン法)。細胞分裂後、新しい5つの遺伝子がすべてゲノムに挿入されたことが確認され、4世代にわたり受け継がれた、とチームは報告した。チームは、10年には米国での圃場試験に進む意向だ。
遺伝子組み換えされたホワイトコーンは、ビタミンAの前駆体ベータカロチンを通常の169倍、ビタミンCを6倍、葉酸を2倍持っていた。在来の交雑育種を用いたトウモロコシの栄養強化も試みられてはいるがこれほどの増加量は得られていないし、同じトウモロコシを作ることも潜在的には可能だが、それには数百年かかる。
これが、「GM食品に対する抵抗を考慮するなら、在来育種の方がおそらくより良いのだが、ある場合には、遺伝子工学が唯一の選択になるだろう」と、メキシコにある国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)の研究者が、この開発を評価する所以だ。
一方、この事業へは大企業による種子支配論を使えない反対派は、「緑黄色野菜を採ればいいのに、わざわざ大腸菌入りのトウモロコシなんかのモルモットになるのはご免だ」とマリー・アントワネット(「パンがなければお菓子を食べれば」)式の批判を、相変わらず続ける。さらに、障害はこれだけではない。ゴールデンライスの開発者たちが嘆くようにクリヤーすべき規制の壁はあまりに高く、一部途上国自身のGMOに対する無理解も研究者たちの善意を阻み続ける。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)