GMOワールド
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
こちらの記事は以前に、日経BP社のFoodScienceに掲載されていた記事になります。
2008年6月4日、米国Monsanto社は、食糧危機や気候変動に対応する3つの貢献策を公表 した。このリリースは、日本モンサント社のホームページに翻訳されているので参照頂きたい。3本柱は、2030年までにトウモロコシ、ダイズ、ワタの反収を種子開発によって倍増させ、公的機関のコムギとイネの研究開発に資金提供する、エネルギー、肥料、水など自然資源の農業での使用を削減する、農業従事者の生活を改善する、となっている。
反収倍増計画のベースラインは、2000年の米国、アルゼンチン、ブラジルを加重平均して、1ヘクタールあたりトウモロコシ272.8ブッシェル、ダイズ98.8ブッシェル、ワタ3.5バールだった反収を、2030年までに各々550ブッシェル、197.5ブッシェル、7.0バールにするのだという。
参考までに2007年の1ヘクタール当たりの全米平均反収は、トウモロコシが382.5ブッシェル、ダイズが103.3ブッシェルである。これに対して、全国トウモロコシ生産者協会(NCGA)の反収コンテスト9部門別優勝者27名の平均反収は745ブッシェル(全米平均の1.95倍)、ダイズの反収世界記録保持者であるミズーリ州の農家は、実に 386.8ブッシェル(同3.75倍)を記録している。
もちろんコンテスト上位入賞やレコード達成の勝因は、種子選択のみにある訳ではない。しかし、一般的に反収向上技術に優れる米国でも平均反収の2〜4倍を記録する農家が存在することは、反収改善の余地を残す南米地域も加えれば、Monsanto社の目標達成は不可能な数字でもなさそうだ。
ところで、Monsanto社と宿敵スイスSyngenta社は、トウモロコシとダイズの技術に関するお互いのすべての訴訟を取り下げ、逆にクロスライセンスに同意したと先月発表した。この唐突な動きも、2年にわたり練られてきたこのリリースの前触れだったのかと今では理解できる。
環境はやや変わったが、依然GM化には抵抗感の強いコムギとイネに関しては、直接自社で開発を進めることを避け、公共研究機関の「収量増加に資する」研究に5年にわたり1千万ドルを寄贈するという方法で、直接的な風当たりを巧みに避けている。
二つ目の自然資源削減の意味するところは、干ばつ耐性など環境ストレス耐性や窒素肥料の削減とほぼ同義らしいが、そういう具体的な言い回しは慎重に避けられている。三つ目の特許の公開などを含む途上国農民の生活改善とともに、現在もっとも急がれているのに、実用化が遅れているアジェンダと言えるだろう。三つ目で干ばつ耐性トウモロコシ開発への協力がようやく謳われており、これは評価できる。反収倍増という派手な数値に隠されているが、現在、本当に大事なのはこちらの方ではないのかと筆者は思うから。
環境ストレス耐性の実用化が遅れている理由は、技術の難しさ以外にも、除草剤耐性や害虫抵抗性に比べ、企業戦略としては投資を一気に回収できるボナンザ的な大当たりが期待できない点にもあるかもしれない。従って、国際大企業より現実的に困窮している切実な地域での官・民の取り組みも目立つ。
未曾有の干ばつに喘ぐオーストラリアのコムギやオオムギはもとより、タンザニアでも干ばつ耐性トウモロコシの研究が進められている。最近の報道は、バングラデシュが09年から冠水耐性と耐塩性のGMイネ商業栽培を開始すると伝えている。ワタなどを除きGM商業化には慎重姿勢の中国も、研究開発には巨額の投資が行われており、10年以内に中国の穀物生産の半分はGMになるだろうという大胆な予想もある。
Monsanto社のリリースのタイミングを見てみよう。08年年6月3-5日、ローマで開催されたFAO(国連食糧農業機構)の食糧サミットにおいて、潘基文(バン・キムン)国連事務総長は、世界の食糧生産を引き上げるためには毎年150億ドルから200億ドルの投資が必要だと総括した。
同時に、高い利益水準を謳歌するMonsanto社はじめ農業部門各社は、政府やステークホルダーから研究開発にもっと投資するよう、以前からしきりに促されてきていた。 Monsanto社は、食糧サミットと自社リリースのタイミングは、偶然の一致にすぎないと述べているが、計算し尽くされた内容も併せ考えれば、できすぎた話との憶測は払拭できないだろう。
GMは、魔法の銀の銃弾でもなければ、フランケンシュタインでもない。あくまで育種のための一つのツールであり、他のあらゆる技術と同様に、ベネフィットもあればリスクもある。それらは推進・反対両派からの主張にまま見られるように決して一方的なものではない。従って、そのリスクアンドベネフィットの見合いから、適正なリスク評価を通じてベネフィットが勝れば利用すべきだ。
一部反対派による仮想リスクの声高な宣伝と無責任な一部メディアによる増幅で、技術そのものが使われる前に憤死してしまうことだけは耐え難く思えたのが、筆者が本稿を書き続けてきた理由の一つでもある。
ただし、たとえ結果的にフォローの風を送るとしても、Syngenta社のCEOが指摘した通り、食糧危機はGM推進のアジェンダとして露骨に使われるべきではない。これは、Monsanto社はじめ関係者も肝に銘じて欲しい。むしろ食糧危機がGMを再度見直す機会として傍から捉えられることによって、もう一度原点に戻り等身大のGM像が結ばれ、収まるべきところへ収まって行くことを筆者は密かに期待している。(GMOウオッチャー 宗谷 敏)